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2021年8月16日 (月)

囲炉裏をアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「囲炉裏」をアップした。子供の頃、囲炉裏は家の中心だった。料理も食事も団欒も囲炉裏端で行われ、みんながいつも集まる場所だった。
 玄関を入ると土間があり、正面に囲炉裏端があった。板の間の六畳の中央に半間真四角の囲炉裏が切ってあり、いつも火が燃えて鉄瓶がかかっていた。直火なので煙が充満することもあったし、独特の鼻をつく匂いも漂っていた。煙の匂いは嫌いではなく、安心感がある匂いだった。

 

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 直火を扱うことで数多くの約束事があって、それを守らないとひどく怒られた。それは安全な暮らしを送る上で必要な事で、子供でも知らなければいけない事ばかりだった。
 大人のように火を扱うために真剣に火に向かい合った。薪作りから燃やす順番など、自分の手で火を作るのを無上の喜びに感じていた。火を操ることは難しく、思い通りにならないことも多かったが、納得の行く火燃しが出来た時の満足感はかけがえのないものだった。

 

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 囲炉裏はプロパンガスが来て、水道が出来て、台所が近代化するのに連れて使わなくなり、薪ストーブが設置されてその役目を終えた。薪ストーブの出現で囲炉裏より格段に安全になり、家の中に煙が充満することもなくなった。近代化という時代の流れは山里の台所を激変させた。その一番の変化は囲炉裏がなくなったことだと思う。
 時代の必然だったし、今更惜しむのも馬鹿らしいが、囲炉裏がなくなって失ったものも多い。家族の立ち位置が安定していたこと。座る場所も暗黙に決まっていて秩序がはっきりしていたものがなくなった。火を操る技術がなくなったこと。火の周りで遊ぶ楽しさがなくなったこと。火を見つめる安寧の時間がなくなったこと。その他いろいろ 

 

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 大鍋で作ったづりあげうどんをみんなでワイワイ言いながら食べたこと。もろこしまんじゅうを焼いてマッコでコンコンと灰を落としたこと。風向きで煙が回り、逃げるように動き回ったこと。ホウロクにラードを落とし、たらし焼きを作って食べたこと。子供時代の思い出は囲炉裏と共にあった。あの風景をもう見ることは出来ない。

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コメント

 懐かしい「囲炉裏」を読ませていただきました。小さいころの我が家では、お爺さんが
定位置でキセルで煙草をうまそうに吸って、マッコでキセルをコンコンたたいていました。冬の「ずり上げうどん」は定番で、手作りの生醤油をかけただけの夕食でしたが、美味かった。今では想像できない大家族(10人)で、乾麺が数束アットいう間に無くなったのを思い出しました。
 我が家の近く(富田・八谷)では、玄関のことを「とぼう」と言っていました。私の小さい頃は自宅で結婚式を行い、嫁ぎ先の「とぼう(玄関)」で、「とぼう盃」があったのも思い出しました。

櫻井さん こんにちは
囲炉裏の風景は本当に懐かしいですね。うちでもずり上げうどんをよく食べました。農協で買ってきた乾麺や平麺を腹一杯食べていました。うちの方でも玄関は「とぼう」でした。
 さて、絵の方が35作品描き上がり、やっと本作りの作業に入っています。「山里の記憶・第7巻」は今年のうちに刊行を目指しています。
矢尾さんの原画展は来年2月3日から7日の予定です。多分、最後の原画展になるかと思います。近くなりましたら連絡いたします。お手伝いをお願いするかもしれません。宜しくお願い致します。

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