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2021年8月

2021年8月25日 (水)

とおかんやをアップ

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瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「とおかんや」をアップした。小学生の頃11月10日の夜に歌を歌いながらワラ鉄砲を打ち鳴らす行事があった。耕地の家々を回り、モグラ退治と称して庭でワラ鉄砲を打ち鳴らし、駄賃をもらうというものだった。思い切り歌って騒いで駄賃をもらえるという楽しい行事で、朝から張り切ってワラ鉄砲作りをしたものだった。

 

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 他の耕地でもやっていて、歌が微妙に違っていたり、女の子が参加していたり、駄賃にお金がもらえたりと色々微妙に違っていたようだ。当時は自分の耕地でのことしか知らなかったから、他でどう行われていたかなどというのは随分後に知ったことだった。
 ワラ鉄砲そのものも、自分たちはワラ縄で作るだけだったが、他の耕地では、音をを良くするのと長持ちさせるためにクズツルを使ったり、ふじツルを使ったりしていたようだ。

 

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 子供だけの行事で、最後まで子供だけで終わった行事だった。子供が企画し、子供が主役で、駄賃も子供が自主的に分け合う。そんな行事が昔は多かったような気がする。大日堂でのおひまちなどもそうだし、正月に書き初めをしてからおひまちをするような地区もあった。家から米と野菜を持ち寄り、自分たちで料理して食べ、夜を遊んで明かす。全部子供だけでやるのだからすごかった。
 大人達もよくやらせたものだったし、学校の先生方も何も言わなかった。今だったらどうだろうか、多分、大人からダメ出しが出てやらせてもらえないだろう。「危険だ」「危ない」と言われて終わりだろう。今は子供を信じていない大人が多い。子供を信じきれない大人が多くなった。

 

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 子供達はしっかりしている。やらせれば大人並みのことがスラスラ出来る。「危険だ」「危ない」なら、危険にならない法、危なくならない法を教えれば良い。大事なことはやらせる事だ。昔の人はそこが分かっていたのではないだろうか。子供達も自分たちが立派な生活の戦力だという事を分かっていたし、一人前の自覚もしていた。
 子供の能力を伸ばすことに関しては昔の方がずっとずっと優れていたように思う。ここでいう能力は学力ではなく生きる力だ。

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 さて、この作品で三十五の作品が出来上がったのでしばらく絵描きはお休みになる。山里の記憶・第7巻の制作に入り、本作りの作業が始まる。11月の刊行を目指して細かい制作作業が続く。出来上がりをお楽しみに。

2021年8月16日 (月)

囲炉裏をアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「囲炉裏」をアップした。子供の頃、囲炉裏は家の中心だった。料理も食事も団欒も囲炉裏端で行われ、みんながいつも集まる場所だった。
 玄関を入ると土間があり、正面に囲炉裏端があった。板の間の六畳の中央に半間真四角の囲炉裏が切ってあり、いつも火が燃えて鉄瓶がかかっていた。直火なので煙が充満することもあったし、独特の鼻をつく匂いも漂っていた。煙の匂いは嫌いではなく、安心感がある匂いだった。

 

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 直火を扱うことで数多くの約束事があって、それを守らないとひどく怒られた。それは安全な暮らしを送る上で必要な事で、子供でも知らなければいけない事ばかりだった。
 大人のように火を扱うために真剣に火に向かい合った。薪作りから燃やす順番など、自分の手で火を作るのを無上の喜びに感じていた。火を操ることは難しく、思い通りにならないことも多かったが、納得の行く火燃しが出来た時の満足感はかけがえのないものだった。

 

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 囲炉裏はプロパンガスが来て、水道が出来て、台所が近代化するのに連れて使わなくなり、薪ストーブが設置されてその役目を終えた。薪ストーブの出現で囲炉裏より格段に安全になり、家の中に煙が充満することもなくなった。近代化という時代の流れは山里の台所を激変させた。その一番の変化は囲炉裏がなくなったことだと思う。
 時代の必然だったし、今更惜しむのも馬鹿らしいが、囲炉裏がなくなって失ったものも多い。家族の立ち位置が安定していたこと。座る場所も暗黙に決まっていて秩序がはっきりしていたものがなくなった。火を操る技術がなくなったこと。火の周りで遊ぶ楽しさがなくなったこと。火を見つめる安寧の時間がなくなったこと。その他いろいろ 

 

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 大鍋で作ったづりあげうどんをみんなでワイワイ言いながら食べたこと。もろこしまんじゅうを焼いてマッコでコンコンと灰を落としたこと。風向きで煙が回り、逃げるように動き回ったこと。ホウロクにラードを落とし、たらし焼きを作って食べたこと。子供時代の思い出は囲炉裏と共にあった。あの風景をもう見ることは出来ない。

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2021年8月12日 (木)

アジが来た

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 水曜日、昼4時間のテニスを終えてヘロヘロになって帰宅したら、JICKYさんからアジが来ていた。朝から釣りにでてたくさんのアジを釣ったとのこと、大きなクーラーボックスいっぱいで、こんなにたくさんもらったのに全然中身が減っていなかった、とカミさんが言っていた。
 
 風呂で汗を流してから早速調理開始。まずは捌く、捌く、捌く。この時期は魚の匂いが気になるのでまな板の上に新聞紙を広げてその上で捌く。頭や中骨、皮などをまとめて新聞紙で包み、袋に入れる。最後は全部まとめて冷凍する。
 

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 大きな2匹を刺身にする。三枚におろして中骨をとり、削ぎ切りにする。大葉の上に乗せれば見た目も涼しそうな刺身が出来上がった。
 

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 小さな2匹をなめろうにする。ミョウガ、ねぎ、大葉、ごまを刻み、三枚におろしたアジを刻み、味噌を加えてまな板の上で叩き混ぜ合わせる。これは絶品だった。
 

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 小さ目のアジ片身3枚で手まり寿司を作る。ご飯はポン酢で酢飯にする。刻んだ大葉とゴマを混ぜた酢飯を切り目を入れた片身で包み、ラップで丸めて冷蔵庫で冷やす。
 

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 大きなアジ3匹を薄味の煮付けにする。アジの裏で腹を切り内臓を出す。ぜいごを削いで。表に切り目を入れてフライパンで煮る。味付けはめんつゆとみりんのみ。さっぱりした煮物が出来上がった。
 

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 今日の料理はここまで。あれこれやって8時からのアジ三昧夕食。ビールが美味い。JICKYさんありがとう。
 明日はアジフライとなめろうとアジの卵とじを作る予定。

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2021年8月 3日 (火)

おこあげをアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「おこあげ」をアップした。中学生くらいまで家では養蚕をやっていた。秩父の農家はほとんどが養蚕をやっていたと思う。山にはたくさんの桑畑があり、朝飯前に桑の枝を切って運ぶのが子どもの仕事だった。学校に行く前に一仕事していたわけだ。
 養蚕の中で一番忙しいのが「おこあげ」と呼ばれる作業だった。正式には上蔟と書き、成熟した蚕を蚕カゴからマブシ(蔟)に移す作業だ。おこあげの日、子供は学校を休んで仕事を手伝うのがどの家でも当たり前だった。
 

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 忙しい1日だったから必死で働いたのだが、何より学校を休めることが特別な1日だった。当時、学校の休みはおこあげの日と八幡様のお祭りの日だけだった。学校で前日に先生に「先生、明日おこあげなんで休みます」と言えば「おお、そうか、頑張ってな」と言って休ませてくれた。
 家の一番大切な仕事なので真剣にやるのは当たり前だったが、何より学校を休めるのが嬉しくて、ルンルン気分で家に帰ったことを覚えている。
 

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 回転マブシを組み立てて二階の壁に立てかけて並べる。ボール紙製のマブシは折りたたみ式になっていて広げると四角になる。これを10段木枠にセットするのだが、子供は二人掛かりでやる大仕事だった。木枠が壊れていたり、ボール紙のマブシが破れていたりすると修理しながら組み立てた。
 おこあげの日は朝からとても忙しかった。子供の仕事も多かったので休む暇などなかった。助っ人の人もいていつもと違う1日だった。
 

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 春蚕(はるご)、夏蚕(なつご)、秋蚕(あきご)と年に三回の養蚕だった。桑畑もそう多くはなかったしこれが最大限だったと思う。桑の葉が出ている時期はずっと養蚕で明け暮れていた。
 現金収入の道がこれしかなかったから、どの家も同じように養蚕に励んでいた。中学生になった頃から世間の様子が変わってきた。ナイロンやテトロンなどの化学繊維が市場を席巻し、絹糸の需要は激減した。農家の様子もガラリと代わり、高度経済成長の波は田舎の農家も直撃した。土木工事や道路工事で働く人が増え、桑畑はソバ畑に変わった。
 古き良き時代だったのかもしれない。養蚕で働いたことは子供時代の記憶に鮮やかに残っている。

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