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2021年7月

2021年7月 6日 (火)

豆腐作りをアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「豆腐作り」をアップした。子どもの頃、豆腐作りは年の瀬の集落行事だった。正月に使う豆腐をみんなで共同の大鍋を使って作ったものだった。
 寒い朝にモウモウと立ち昇る湯気やカマドの煙突から立ち昇る煙、大人たちがキビキビと動き回る光景が日常でない雰囲気で楽しかった。熱湯を扱うし、失敗できない作業だし、子どもたちには手出しができない豆腐作りの一日だった。

 

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 それでも、あの豆乳の甘い香りがする湯気に顔を突っ込んだり、バケツを運ぶのを手伝ったり、大人の気分を味わいたい思いで邪魔しない程度に手伝いを狙ったりした。豆乳がおぼろ状に固まったり、型枠から豆腐が出てきたときなど手品を見ているような不思議な気持ちになったことを思い出す。湯気と香りと熱気とが相まって忘れられない子どもの頃の光景だ。

 

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 思えば、自分の畑で作った大豆を自分ですって生呉にし、煮て、漉して、固めて、豆腐にする。恐ろしく手間のかかるスローフードだった豆腐。年に一度しか食べられないご馳走だった豆腐。大豆の味と香りがぎゅっと詰まった硬い豆腐は本当にご馳走だった。布巾を外して切ったまだ温かいかけらを口に頬張った幸せ。あの温かく濃い味と香りは作った人間にしかわからない幸せな味だった。

 

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 最近はどのスーパーでも手軽に手に入るのでそれほどありがたさは感じないが、本来の豆腐はすごいご馳走だったのだと昔の事を描いてみた。大人たちが共同で動き回って豆腐作りに夢中になる。お正月前のウキウキした気分も相まって、妙に楽しかった記憶がある。
 多分ものすごく寒かったのだと思うが、立ち昇る煙や湯気や熱気の方が記憶に残っている。正月にどんな料理にしたのかは記憶になく、作った時にかけらを頬張った美味さだけが残っている。それほど強烈な美味さだった。あれは本当にご馳走だった。

 

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2021年7月 1日 (木)

雨の止み間に

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 一年の半分が終わる日、テニスも中止になったので雨の止み間を狙ってホームリバーに行った。考えることは皆同じようで、朝8時の駐車場には先行の車が5台も止まっていた。先行者が五人以上もいるのか・・・と暗澹たる気分になるが、まあ仕方がない。
 林道を歩きながらどこから入るか迷う。結局三の橋まで歩いて入渓したが、あまりの渇水に驚いた。平水の半分くらいだろうか。ポイントがほとんどなくなっている。そのまま釣り上がるが、全く反応がない。四の橋までに全く魚は反応しなかった。

 

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 午前中は全く魚の姿を見ないで終わった。これはボウズか・・とイヤな予感が浮かぶ。天気は曇りでポツポツ小雨が降るような釣りにはいい天気なのだが、とにかく水が少ない。
 下流に歩いて下り、ニノ橋から再入渓する。いつものポイントが渇水のせいで釣りにならない。足早に上流に遡行する。ここでやっと岩魚が出た。ありがたやありがたや、これでボウズを免れた。
 丁寧にポイントを攻めるのだが魚が出ない。走る魚もない。渇水して先行者がいては、さすがにこの川でも難しい。

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 三の橋までに三尾の岩魚が出てくれて今日の釣りは終わり。脱渓して林道を下る足の重いこと。上から下まで折り返して・・よくまあ一日歩いた。渓畔林の緑に癒される帰り道、巨大な天然ヒノキを発見した。すごい木があったものだ。緑を濃くした山肌にポツリポツリと真っ白く枝を広げているのはヤマボウシだ。この時期だけの存在感がすごい。
 途中で20匹くらいのサルの集団に遭遇した。人間を怖がるでもなく悠々と移動して行くサルの群れ。自然が豊かな山だと今更ながらに感心した。まあ、彼らの庭で遊ばせてもらってる訳だからこちらが遠慮しなければいけないのは間違いない。

 

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 午後3時、駐車場に戻ると車が一台になっていた。みなさん釣れなかったようで早上がりだ。こういう日もあるさ。

 

 

 

 

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