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2021年5月17日 (月)

切り干し芋をアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「切り干し芋」をアップした。子供の頃、切り干しと言えば大根ではなくて切り干し芋の事だった。切り干し芋作りは晩秋の晴れた日に家族総出で行う一大イベントだった。
 芋を井戸水で洗い、かまどの大釜で茹でる。茹でた芋をスライサーで薄く切り、庭に広げたムシロの並べて干す。夕方まで干した芋はムシロを畳んで取り込み、翌日晴れたら広げて更に干す。これを何日も繰り返し、乾燥したら二階に取り込み、棚で熟成乾燥させる。正月のお飾りで使い、その後は好きな時に食べるおやつになる。
 

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 干している途中でつまみ食いするのは内緒で、見つかると怒られた。腹っぺらしの子供にとって、目の前に食えるものがあるのに我慢するのはしんどい事で、我慢できずに盗み食いをしたものだった。バレていたとは思うが、まあ大目に見てもらっていたようだ。
 出来上がって白く粉(こ)が吹いた干し芋はねっとりと甘く美味かった。多分、子供時代だけで一生分の干し芋を食べてしまったようで、今ではあまり食欲の湧かないものの一つになっている。
 

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 なぜか切り干し芋というとスライサーが思い出されて絵に描いた。この野菜スライサーはかなり古いものだったと思う。大きな丸い刃が回転して野菜を同じ厚さにスライスしてくれる。刃が回転する様が面白くて遊ぶように使っていたが、考えてみると危険な作業だったと思う。よく切れる刃だったから間違えると指や手など簡単に切れていただろう。よく事故もなく使っていたものだ。
 考えてみると他にも大きな刃物を使うことも多かった。実際に使わないと危なさはわからない。子供の時に刃物の危なさを体験しているから、大きな刃物も安全に使いこなす事が出来たのだと思う。
 

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 サツマイモは料理に使う事はなく、蒸かしたり焼いたりしてそのまま食べた。主食ではなかったが、よく食べるものの一つだった。学校のお弁当に持って行ったりもした。干し芋は手がかかっている分だけ美味く感じたが、いっぱい食べると胸焼けがして困ったものだった。
 干し芋は作って食べるものではなく、買って食べるものになってしまった。値段も安い。作る時の手間を考えると本当に安いと思うが、あまり手が伸びる事はない。やはり、一生分を子供時代に食べてしまったからだろう。

 

 

 

 

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