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2021年4月 3日 (土)

もろこしまんじゅうをアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「もろこしまんじゅう」をアップした。トウモロコシは真夏に収穫し、軒下で乾燥させ、冬に食料として石臼で粉に碾(ひ)いた。ところが、このもろこし粉で作ったまんじゅうがマズかった。作りたては餡子のおかげでなんとか食べられたのだが、冷めるともう食べ物ではないようなマズさだった。今思い出しても、よくあれを食べたものだと思う。
 まんじゅうを作るまでもいろいろ大変だったのに、作った挙句に不味いと言われたのでは母親も情けなかったと思うが、こればかりは事実なので仕方がない。
 

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 昔のトウモロコシは家畜の飼料用のものだったと思う。品種改良もされておらず、ただひたすら硬いトウモロコシを栽培して食べていた。それでも、真夏に採りたてを茹でて食べるのは本当に旨かった。手伝った甲斐のある旨さで、これは楽しみの一つだった。
 収穫したトウモロコシは皮をむいて軒下の竹竿に結んで吊るした。どの家でも軒下には大量のトウモロコシがぶら下がっていた。どの家でも同じように干していたから、みんなあの不味いもろこしまんじゅうを食べていたのだと思う。今想像するとなんだか面白い。同年代の人と昔話をすると、必ずと言っていいくらいもろこしまんじゅうのマズさが出てくるのも面白い。
 

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 冷めたもろこしまんじゅうは囲炉裏の灰に埋めて焼いて食べた。囲炉裏の上で焼く方法もあったが、灰に埋めて焼いた方が旨かったように思う。全体が温まり、表面に少し焦げがあるくらいが旨かった。マッコ(囲炉裏の縁板)で叩いて灰を落とすのが常だった。もろこしまんじゅうといえば、囲炉裏とマッコが連想されるのは秩父の子供の共通したところだと思う。
 

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 ところが、この味はもう再現できない。不味いものの再現なんて意味はないのだが、材料が無いのだ。今のトウモロコシは昔とは比べ物にならないくらい美味い。山里の記憶の取材で「もろこしまんじゅう」を作ってもらって食べたが、全く違う味で実に美味かった。聞くと、昔のトウモロコシを栽培している人はなく、今はどんなトウモロコシでも美味いまんじゅうができるとのこと。昔の味を期待していた訳ではなかったが、少しがっかりした事を思い出す。ただ、匂いだけは同じだった。まんじゅうを割った時の匂いが懐かしい匂いだったので思わず「ああ、この匂いだ・・」と言葉に出た。
 

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 粗食といえば粗食だが、健康的だといえば確かに健康的だ。子供時代に自分の畑で採れたものだけを食べている訳だから体には最高だ。大人になって、病気もなく元気でいられるのは子供時代の粗食にあるのではないかと思う。過剰な栄養や甘さを体は欲しがっていたが、現実には何もなかった。粗食に耐えて野山を走り回っていたのだから元気な体に育つ訳だ。今から思うと、貧乏だった事が自分の体の基礎を作ってくれた訳で、貧乏に感謝しなければならない。

 

 

 

 

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コメント

現在とうもろこしを呼ばれているのはスイートコーンで、昔は誰も作っていなかったと思います。収穫したて(1時間以内くらい)のスイートコーンの甘さは、すごいものがあります。昔のものに近いのはもちとうもろこしとか甲州とうもろこしという種類で、硬くなるまで畑において収穫し、粉に挽いて食べます。とうもろこしはとても硬くて、小麦のようになるまで挽くのは至難の業だと思います。だいたい小さな粒になればヨシとします。もちもろこしは美味しくないので、カラスやたぬきも食べません。蒸かしたてのもろこし饅頭はおいしいですが、冷えたら美味しくないですね。私は、白持ちもろこしと黄色い甲州もろこしを作ってみましたが、挽くのが大変なのとあまり美味しくないので、作るのをやめてしまいました。

吉瀬さん こんにちは
やはり美味くないのですね。昔は石臼だったので本当にボソボソの食感でした。味も悪かったし記憶の中のまずいもの一番手です。大切な食料でしたが、こればかりは勘弁して欲しかった食べ物でした。

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