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2021年2月

2021年2月28日 (日)

NHKの放送が決まった

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 先日、陸前高田市で二日間に渡って取材されたNHKの放送が決まった。
・NHK総合テレビ
・3月7日(日)午後3時から4時の一時間。
・タイトルは「10年たった今だから」

 NHK仙台放送局が制作した、一人の男性が震災の後遺症から立ち直る様を描いたドキュメンタリー番組だ。たまたまその男性が、私が10年前にやっていた「面影画ボランティア」で面影画を描いた人だった。奥様を震災で亡くされて、立ち直るために面影画を申し込んでくれた。

 

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 面影画の製作者として、当時の状況や被災した人々の話をどう向き合ったのか、という取材だった。NHKの計らいで、その男性とも10年ぶりに会うことができた。
 同じ歳の人だったので、ひと事でない思いがして記憶に残っていた人だった。カメラがあることも忘れて、当時の話や今の話をした。元気になられていてとても嬉しかった。

 

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 悲しみに蓋をして、新しい事を積み重ねてきたという。被災した人は皆同じだと思う。奥様との思い出の地に旅をして奥様に思いを馳せているとのこと。車には奥様の看護師時代の写真入りのネームプレートが下がっている。「いつも一緒だ」と笑う顔は明るかった。

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2021年2月19日 (金)

麦踏みをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「麦踏み」をアップした。子供の頃、真冬の寒い時にやる麦踏みは子供の仕事と言われていて、寒い山の畑で一日麦を踏むだけという辛い仕事だった。
 足の幅だけしか進めないという、子供にとっては地獄のような麦踏み。畑はとてつもなく広く感じ、永遠に終わらないんじゃないかと思える作業だった。

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 今から思えば、その必要性はよくわかる。そのおかげで大麦や小麦が収穫でき、食べることができた訳だから、恨む筋合いではない。しかし、遊び盛りの子供にとって、一日中畑に縛り付けられる過酷な作業だった。踏み跡を見ればちゃんとやってるかどうか一目でわかるし、手の抜きようがなかった。それでも、終えた時の達成感は子供ながら充実したものがあった。
 

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 この麦踏みの体験で実感したことがある。どんな仕事でも一つ一つやって行けば必ず終わる、という事だった。どんなに広く見えている畑でも一列一列踏んで行けば必ず終わりが来るという確信が作れた事だった。後年、とてつもなく大きな仕事に向かい合った時に「なあに、あの麦踏みに比べれば・・」と思えたのもこの経験があったからだ。自分の中に自信を持つ事ができた。
 

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 生活の為に、食べる為にやらざるを得なかった麦踏みだが、多くのものを与えてくれた。長い長い一日、麦を踏みながら色々なことを考えていたように思う。寒くて寒くて辛い作業だったけれど、忍耐という大切なことを教えてくれた。やり終えた時の達成感も自分だけのものだった。
 どんな事にも無駄なことはない。今までやった事が全部自分になっている。今更ながらそう思う。

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2021年2月16日 (火)

乾燥香茸を食べる

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 雨の日、陸前高田の吉田さんに頂いた乾燥香茸を料理して食べた。香茸を食べるのは初めてだったので興味津々で調理した。昨夜から水に浸けて戻した香茸は真っ黒だった。三度水を替え、もみ洗いしたがまだ黒い水が出る。仕方ないのでそのまま絞って刻む。

 

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 炊き込みご飯にしたいので合わせる材料を刻む。人参は短い千切り、油揚げは細かいみじん切り、食感の足しにシメジをぶつ切りにする。戻した香茸は一センチ位のぶつ切りにする。
 二合のお米(つや姫)を研いで炊飯器に入れ、大さじ二杯のお酒と醤油を加える。刻んだ材料を全部入れて混ぜ、蓋をしてスイッチを入れる。ご飯が炊ける時の香りがすごかった。部屋中に香茸の香りが充満する。ポルチーニ茸の香りと似ている香りがすごい。
 炊き上がったご飯は蓋を開けてしばらく放置した。炊きたての香りがすごくて、すぐ味わうには抵抗があったのと、少し冷めたほうが美味しいという吉田さんのアドバイスがあったからだ。

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 ご飯を炊いている間に吉田さんが勧めてくれた佃煮を作る。食感の足しにシメジを加え、小鍋で煮る。調味料は砂糖大さじ1、お酒大さじ3、みりん大さじ2、醤油大さじ2を加えて水気がなくなるまで煮る。途中でアクが出るので丁寧に取る。水分がなくなったら出来あがり。
 

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 炊き込みご飯を食べる。ひと口頬張っただけで香茸の香りが鼻に抜ける。この味と香りはパスタに合うかもしれない。真っ黒になるのが問題だが、味は素晴らしい。ご飯は加えた油揚げのおかげでツヤが出てモチモチになっている。人参はもう少し多くても良かったか。
 佃煮も美味しい。香りが立つのと柔らかい食感もいい。こちらは白いご飯の方が合いそうだ。お粥や雑炊にも合いそう。初めての香茸料理は大満足の味だった。頂き物に感謝。

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2021年2月15日 (月)

秩父紅を見る

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 2月14日、ムクゲ自然公園改め「Mahora稲穂山」に行った。オーナーの長谷川さんに秩父困民党の本を10冊注文されたので届けたのだ。ちょうど福寿草「秩父紅」が咲き始めている時期なので秩父紅を見るのも楽しみだった。首から「PCR陰性」カードをぶら下げての訪問だった。
 

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 入り口で長谷川さんに会い、年間パスポートを購入する。暑いくらいの天気で、上着を脱いで公園に入る。すぐにロウバイの香りが漂ってくる。この香りが春を運んでくる。
 秩父紅は三分咲きというところだが、大きな花弁をお日様に向かって広げている。黄色い福寿草も咲いている。顔を上げると赤や黄色のマンサクの花が咲いている。ここはもうすっかり春だ。

 

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 美術館ですごい展示会をやっていた。吉田ゆう子さんの「すみなれし〜古住家ひたすら」というペン画展だ。油絵もあるが、何と言ってもすごいのが大きな民家のペン画。古民家がまるで生きているような脈動感を放つ異彩なペン画だった。絵に惹きつけられ二時間も滞在してしまった。
 

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 Mahora稲穂山は山頂にまで開発が進み、1日ではとても回りきれない。今回は秩父紅の花エリアと美術館だけで時間いっぱいになってしまった。後日、改めて時間のある時に再訪したい。
 

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 美術館の前に「秩父事件記念碑」という顕彰碑が建っている。長谷川さんにその由来を聞いたところ、秩父事件の総理だった田代栄助の直系の子孫だとのこと。びっくりしてしまった。「秩父困民党」の本が出来上がり、田代栄助の子孫に本を届けることができた事になる。不思議な因縁に驚いてしまった。

 

 

 

 

2021年2月10日 (水)

陸前高田2日目

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 朝はゆっくり起きてアバッセに向かう。本屋で探していた本を買い、カフェでその本を読む。今日の取材は午後一時からなので午前中はゆっくり過ごす。
 昼は昨夜行けなかった鶴亀鮨でランチを食べる。久しぶりに会う大将はあい変わらず元気で、声が明るい。握り寿司を注文して待つ間に、大将の「愛よ愛よ・第2彈」の小冊子を読む。朝を食べなかったのでランチの握り寿司の美味いこと。

 

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 一時半から高田松原野球場の駐車場でNHKの取材を受ける。十年前に面影画を描いた阿部さんが来てくれて、合流するところからの取材だった。十年前とすっかり変わって元気になった阿部さんと話が弾む。撮影しているカメラを忘れて話し込んだ。懐かしい話が次から次に出てあっという間の時間だった。今度会う時は酒でも飲みながら語りましょうという事になった。
 ディレクターから放送の予定を聞く。3月7日午後3時から4時まで、一時間のNHK総合の番組だと言う。タイトルはまだ決まっていない。震災後十年を記録した番組になるとのこと

 

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 三時、クルーと別れてホテルに戻る。時折雪が舞う駐車場での取材だったので体が冷え切ってしまった。ホテルの部屋の暖かさがありがたい。夕方まで本を読んで、夜にはまた鶴亀鮨に行く。
 六時、タクシーを呼んで鶴亀鮨に向かう。大将が暖かく迎えてくれ、酒と肴がテーブルに並べられた。たまたま来ていたお客様が面影画を描かせていただいた吉田さん。久しぶりの挨拶を交わし、話に花が咲いた。大将の握ってくれた極上の寿司を食べながら酔仙の生酒を飲む。素晴らしい夕餉だった。吉田さんと再会を約してタクシーでホテルに帰る。

 

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 今日会った阿部さんも吉田さんも奥様を震災で亡くした方だ。二人とも悲しさが消えることはないと言っていた。悲しさに蓋をして、日々やるべき事に没頭して十年過ごして来たと言う。被災した人は皆同じ思いなのだと思う。
 図らずも同じ境遇の人と立て続けに話すことができた。十年前と何も変わっていないのだ。目に見える世界は復興しているように見えるが、人の心は十年前と何も変わらない。吉田さんは暇になった今の方がつらいと言っていた。

 

 

 

 

長い1日だった

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 陸前高田に来ている。今はやっとホテルで落ち着いたのだが、何とまあ色々あって長い1日だった。朝四時に家を出た時は順調だった。高速で福島まで走ったところで大雪で通行止めになって、そこから混乱が始まった。福島西インターで下ろされて国道四号線に向かったが大渋滞で全く動かない。雪はザンザン降っていて真っ白な世界だ。福島市内で二十センチくらいは積もっているだろう。

 八時、福島から浜通りの相馬に向かうため、大渋滞を迂回してナビが示した道は山越えの細い道。ここを抜けられなければ約束の待ち合わせ時間には着かない。たまに対向車がくるのでそれを頼りに山越えに向かう。タイヤが空転する真っ白い道を登る。途中の急カーブで除雪車と衝突しそうになったがギリギリで交わした。何とか吹雪の山越えをして大きな道に合流した時は本当にホッとした。

 合流した道が何と建設中の福島中央道路につながっていて、ラッキーなことにそのまま相馬に行けることがわかった。ナビにも載っていない高速道路だ。何と運がいいことか。
 中通りから浜通りへ一直線に下る。下るに連れて雪が少なくなり、相馬ではサンサンと太陽が昇っている。お日様のありがたさが身にしみる。相馬インターで十時半、あとはひたすら仙台を目指す。

 仙台から三陸道で陸前高田を目指す。順調だったのだが、気仙沼で高速道が途切れた。ナビにない道ばかりでどこに行ったらいいかわからず道に迷う。何とか45号線に出てそのまま走ったら三陸道が復活し、陸前高田まで走ることができた。こうして混乱した朝だったが、何とか待ち合わせの午後一時に約束の高寿園駐車場に到着できた。奇跡的な展開だった。FITよ、よく走ってくれた。

 

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 予定通り高寿園でNHKの取材を終え、仮設商店街の一室で打ち合わせ。氷上神社に参拝し、ホテルに到着したのが5時。コロナの影響で大浴場が閉鎖とのことで少し残念。夕食を鶴亀鮨で食べようと思って電話するが出ない。調べたら定休日だった。残念。急遽ホテルの夕食を申し込み、何とか夕食にありついた。何とまあ混乱した1日だったこと。

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2021年2月 7日 (日)

PCR検査・陰性

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 2月9日と10日の二日間、陸前高田市でNHK仙台放送局の取材を受けることになった。「面影画ボランティア」から十年。震災後のドキュメンタリー番組の取材とのこと。
 取材にあたり、NHKから「PCR検査を受けていただきます」と連絡があり、表題の結果になった次第。山手線の中吊り広告も出している某クリニックの唾液鑑定によるPCR検査だった。

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 NHKの取材をする際には関係者全員にこの検査が必要とのこと。すごいもんだなあと感心した。9日に車で陸前高田市に行くのだが、途中もなるべく人に接しないように行動しなければならない。
 7日で緊急事態宣言が解除されるのを見込んで日程を決められた取材だったが、宣言が延長されたので少し緊張感が増している。

 

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 陸前高田の友人に「9日に行くけど会えないかな」と連絡したところ、「今は外部の人には会えないので、申し訳ない」との返事。高齢者施設で働く人なので残念だが会うことは出来なそうだ。
 淡々と行って、淡々と取材を受け、淡々と帰ってくることになりそうだ。このご時世だから仕方ない事だけれど、何だかなあ・・・

 

 

 

 

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