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2020年3月

2020年3月27日 (金)

立ち臼作りをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「立ち臼作り」をアップした。この取材で一番嬉しかったことは、秩父の伝説の木地師と言われている小椋弥市氏の縁に触れたことだった。「秩父の木地師たち」という本を恩師の故飯野頼治先生が出版したのが1995年の一月だった。小椋弥市氏への取材が一章に渡りまとめられていて、その中に秩父最後の木地師と書いてあった。
 

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 取材した中沢武夫さんの義父が小椋弥市氏だった。弥市氏制作の巨大な木鉢を見たときには、正直なところ手がふるえた。これだけの木鉢を作る人が秩父にいたのだと、伝説を裏付けられた気がした。恩師の仕事に触れることが出来たのも大きかった。この本は再販を予定していて、その表紙の絵を先生から依頼され、描いて渡してあったのだが、逝去されてかなわなかった。
 秩父の木地師の話は奥さんの峰子さんに聞くのが筋と考え、次回に持ち越しとした。峰子さんから父小椋弥市を始め秩父の木地師達の話を聞くのが楽しみだ。
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 立ち臼作りは武夫さんに言わせると「道楽でやってるんさぁ・・」とのことだったが、道具類を見たときに道楽でできるものではないと思った。幻の道具類がずらりと並んでいて壮観だった。特にササガンナとツボウチは自分でも使ったことがあるので興奮した。立ち臼は最後の仕上げ段階に入っていて、道具類を使う場面を見ることはできなかったが、楽しい取材だった。
 

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 山仕事をずっとやってきた武夫さん。若い時代の厳しい仕事から最近の会社でやっている仕事まで、まさに身一つで走り続けてきた人生だった。炭焼きから始まって、今では社員を何人も抱える「中沢グリーン企画」を経営している。「仕事じゃあ誰にも負けないよ」という自信がその言葉の端々にうかがえた。

 

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2020年3月15日 (日)

「ちちぶエフエム」出演終了

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 3月15日、「ちちぶエフエム」の生放送に出演して色々話して来た。放送30分前に局に到着し、打ち合わせに入る。パーソナリティーの山中さんと挨拶をして話し始めたら、なんと「私の祖父と祖母を描いてもらっているんですよ・・」と驚きの展開。聞くと「十文字小屋」の取材でお世話になった山中さんのお孫さんだった。こんな展開は予想していなかったのでびっくりだった。
 

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 新しい放送局なので内部がどんな感じなのか興味津々だった。壁一面にCDが並び、放送を聴きながら次の準備をしている。パーソナリティーが交代しながら新しい情報を届けているのが目の前で見られ、みんなで放送を作っている熱意が感じられた。
 若い人たちがこうして新しい事にチャレンジしている姿は本当に素晴らしい。影ながら応援したいと思った。「ちちぶエフエム」が長く続いて、秩父の文化として定着するように育って欲しい。
 

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 生放送は何度か経験しているので、特に緊張することもなく普通に話すことができた。山里の記憶を始めるきっかけ。山里の記憶をやっていたからこそできた東日本だ震災での「面影画」ボランティアの話。昨年見た映画「空の青さを知る人よ」で感じた山里の記憶への思いなどなど、過不足なく話すことが出来たと思う。パーソナリティーの山中さんが上手く話を引き出してくれたので、とても楽に話すことが出来た。さすがだなあと感心した。
 

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 秩父の良さを秩父の人はあまりわかっていない。むしろ、外にいる人の方が秩父の良さをわかっているのではないか・・・そんな思いを伝えたかった。
 自分が何を話したかはあまり覚えていないのでカミさんに聞くと「まあ、良かったんじゃない」という答えだったので、良かった事にする。

 

 

 

 

 

2020年3月11日 (水)

FM秩父に出演します

Tosponsor

 秩父で新しく開局した「ちちぶエフエム」から連絡があり、3月15日(日)午後2時からの1時間番組に生出演することが決まった。
 ちちぶエフエムの磯田さんから依頼があったもので、山里の記憶について話を聞きたいとのこと。どんな話になるかわからないが、聞ける環境にある方はぜひ周波数を合わせて聞いていただきたい。ちちぶエフエムが少しでも発展してくれれば嬉しい。
 
 ちちぶエフエムでは以前、ムクゲ公園で収録した番組に出演させてもらったことがあった。あの頃はまだ局が出来上がっておらず、ゲリラ的な放送だったように記憶している。
 こうして立派に立ち上がった新しい放送局で呼んでもらえることは素直に嬉しい。どんな話になるかわからないが素直に聞かれたことに答えたいと思う。
 
 磯田さんや出浦さんの「放送局を作るんだ!」と言う頑張りには本当に敬意を表するしかない。若いパワーが結集して新しい放送局が開局された。応援の意味も込めて協力したい。

 

 

 

立ち臼作りを取材

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 3月10日、小鹿野町両神の大塩野に立ち臼作りを取材に行った。取材したのは大塩野の中沢武夫さん(81歳)で、あいにくの雨模様だったが快く対応してもらった。
 中沢さんの義父は秩父最後の木地師と言われた小椋弥市さんで、様々な思い出の品を見せてもらった。直径90センチもある小椋弥市作の木鉢が二台も残っており、その出来栄えに感動した。材は栃木で福島県から買ってきたものだったという。なんという巨大な栃木だったかと驚かされた。多分直径二メートルはあったのではないかと思われる。
 

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 義父の話や昔話がとても貴重な話ばかりだった。山仕事で生計を立ててきた中沢さんの話は、今では考えられない厳しい仕事の連続だった。大滝の原生林伐採の仕事では白石山の山中に建てた山小屋で生活しながらの仕事だった。年に二度しか下界に下りずに仕事だけをしていたという。冬は酒が凍り、腰までの雪に悩まされながらの仕事だった。
 大滝で森林火災があり、仕事ができなくなって下山。その後は山仕事とトラック配送の仕事を掛け持ちして睡眠3時間で仕事をこなした。健康で、体力・気力が充実していたから出来た仕事だ。
 

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 今は「中沢グリーン企画」という会社を運営して、主に武蔵丘陵・森林公園の仕事をしているのだが、仕事は社員に任せて、自分は悠々自適に楽しいことをやっているのだと言う。今の時期はもっぱら狩猟に勤しんでいる。昨日も四頭の鹿を獲ったそうで、冷凍庫いっぱいの肉を見せてくれた。
 立ち臼作りは道楽で始めたのだが、北海道や新潟から注文が入るのでそろそろ本格的に作ろうかと道具類を揃えたところだと言う。製作中の立ち臼はほぼ掘り終わって、仕上げ削りと外側の鉋掛けが残っている状態だった。
 

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 道具類が素晴らしかった。木地師専門の道具が揃っていた。ツボウチは内部を削る手打ちカンナ。ヒラウチは平らな面を手打ちで削るカンナ。ササガンナは長い柄で細い歯が湾曲しているカンナ。これで内側の仕上げ削りをするカンナだ。ヨキも三種類あった。短い絵で厚い刃のヨキは浅い場所を削るもの。長い刃のヨキは深い穴を掘るもの。それぞれに用途が違う。
 材料はケヤキ。乾燥させてあるのでヒビは入らない。堅いケヤキをどうやって彫るのか聞いたら、水を張って内側を柔らかくして彫るのだと言う。なるほどなあと感心した。
 

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 お昼を過ぎた頃に奥さんが「赤飯があるから食べていきない・・」と声をかけてくれた。ひ孫のお食い初め用に作った赤飯だそうで、茶碗に山盛りでいただいた。キャラブキやわさび漬けもいただき、お腹いっぱいになってしまった。
 今回は武夫さんの話を中心にまとめるが、次回は奥さんに木地師の話や父・小椋弥市の話を聞き、木地師の話をまとめたいと思う。楽しみな取材が続く。

 

 

 

 

2020年3月 1日 (日)

絵を届けて、渓流解禁

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 2月29日、「ふき味噌」の絵を届けに秩父に行った。絵を届けたのは吉田阿熊の今井くにさん(92歳)で、くにさんは絵をとても喜んでくれた。ふっくらと美味しいタラシやきをいっぱい作って待っていてくれた。とても食べきれないので残りはお土産にいただいた。
 この日は「おがの紙漉き伝承俱楽部」の紙漉きを手伝いに行く予定だったのだが、新型コロナウイルスの影響で外部からの参加が不可能になり、急遽予定がなくなっていた。
 

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 この時とばかり国民宿舎「両神荘」の温泉にゆっくりと浸かって日頃の疲れを取ることにした。利用者も少なく大きな湯船で体を伸ばすのが気持ちよかった。両神荘の横に4月からボルダリングジムが出来るようで、大きな看板がかかっていた。
 兄の家に泊まり、久しぶりに酒を酌み交わした。明日の渓流解禁に同行することになっていたので早めに寝た。渓流解禁の日に出かけるのは初めてなので楽しみだった。
 

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 3月1日、秩父地方の渓流が解禁になった。解禁日が日曜日というのは珍しいそうで、たくさんの釣り人が来ているだろうという事だった。ローソンでおにぎりを買って川に走る。車が多い。朝6時半。気温は2度。川横の道路の停められる場所には何台もの車が停まっていた。他県ナンバーも多い。着替えながら兄が「魚より釣り人の方が多いんじゃね」と笑う。
 

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 胴ナガを履いて川に降りる。釣券も釣り道具もないので今日は見学だけ。兄の後ろから釣りを見守る。とにかく寒い。道路をひっきりなしに車が走る。釣り上がってくる釣り人はこちらの姿を見ると道路に上がり、通り過ぎてすぐに川に降りる。まあ、人が多い事。
 兄が粘った淵でやっとヤマメが釣れた。見るとヒレピンの天然ものだった。綺麗なヤマメでびっくりした。この時期でも全くサビは出ていなかった。

 

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 場所替えで車に戻ると別の車が停まっていた。車の人に話を聞くと、ルアーマン二人連れで、一尾しか釣れていないとのこと。とにかく水が少ないのでルアー釣りでは厳しそうだ。
 場所替えしてもどこも車が停まっていて入れそうな場所がない。ちょうど川から上がって来た兄の知り合いと話し込む。漁協の手伝いもやっている人で、昨日の放流も見ていたらしい。放流した場所でないと釣れないとのこと。なぜか放流場所はみんな知っていて人が集まっている。
 それからも釣れない時間が続いて、10時を過ぎたので私はヤマメを土産にもらって脱渓。帰路に着いた。
 

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 解禁日の釣りを初めて見たが、すごい人でびっくりした。魚より人が多いと聞いてはいたが、まあすごいもんだった。さてさてお土産のヤマメはどうやって食べようか。

 

 

 

 

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