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2020年2月

2020年2月26日 (水)

水戸の偕楽園

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 2月25日、水戸の偕楽園に梅の花を見に行った。偕楽園の梅が満開になったというニュースを見て出かけたのだが、まだ5分から7分の開き具合だった。まあ、桜よりも花も小さいし、華やかさは少ないが楽しい花見ができた。
 三連休を避けて人の少ない平日に行ったのだが、かなりの人出だった。ガイドさんの話によると例年の3月10日くらいの開き具合で過去一番早い開花状況とのこと。桜の花も早く咲くだろうと言っていた。ホームページの写真に惹かれて行ったのだが、この写真はどうやらドローンで撮影したもののようで、実際に見ることはできなかった。ガイドさんも説明に困っていた。
 

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 正直な所、今まで梅の花見というのをきちんとした事がなかった。カミさんから「梅の花もいいもんだよ」と言われて来たのだが、本当に梅の花見の楽しさを実感することになった。
 梅の花は見るのではなく香りを楽しむものだった。梅の花には野梅系・杏系・すもも系などの違いがある。また枝垂れ梅も様々な品種があり、紅白の違いもある。それぞれの香りが微妙に違う。手を使わず花に鼻を近づけて香りを楽しむ。桜にはない楽しみ方だ。
 しだれ系や杏系は香りが濃く、白梅やすもも系の梅は爽やかな香りがする。一番良かったのは白梅の八重咲きだった。上品で甘い香りが周辺に漂い、幸せな気持ちになる。
 

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 もう一つの見所は梅の木だった。「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるくらい梅の木は選定しながら育てるもの。偕楽園ともなると、一本一本がまるで盆栽のように手入れされていて何百年という風格を感じさせてくれる。南画の主題になるのは、やはり梅であり、桜ではない事がよくわかる。園内を回りながら様々な老木の姿を鑑賞するのも梅園ならでなの楽しみ方だった。
 

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 時節柄混雑を避け、好文亭には寄らなかった。まだ誰もいない茶屋の奥で頼んだ食事は水戸ならこれということで「納豆そば」カミさんは偕楽園ということで「梅うどん」。どちらも美味しかった。
 茶屋内部に徳川斉昭公が決めたという「水戸八景」の絵が八枚掲げられていた。江戸時代の水戸藩の風情を忍ばせる版画だった。
 斉昭公が弓の材料にするために京都から移設したという孟宗竹の林を見て、静かな風情を楽しんだ。梅の花の香りがほのかに漂う偕楽園。梅の花見もいいものだと、この歳になって知るとは思わなかった。静かで雅な花見だった。

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2020年2月23日 (日)

ふき味噌をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「ふき味噌」をアップした。
 この取材で驚いたのは吉田阿熊の室久保という耕地がとても明るく暖かい場所だったこと。阿熊は谷筋の道を走った事しかなく、この耕地を訪れたのは初めてだった。深い谷筋の道は狭く急峻な山に囲まれて暗い印象があったのだが、この耕地は随分と違う印象だった。天空の村と言われる上日野沢とよく似た印象の耕地だった。
 

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 その昔、秩父の人々は日当たりの良い所から住み始めた。家も畑も山の上の方が日当たりは良い。昔の人々は山の日当たりの良い場所に住み、山を越える峠道が生活の道だった。今は車が移動の手段になっているから谷筋を切り開いて道路を開削したが、昔の人が谷筋に家を建てることはなかった。何より谷筋は日当たりが悪いからだ。村で一番偉い人の家は一番日当たりが良い場所に建っている。
ただ、人が増えると家や畑に困る事が多かった。分家したりしても畑のない家があったりしたのは仕方ない事だった。
 

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 取材した今井くにさん(92歳)の家も新しい家だった。畑はふた尾根越えた遠い場所に借りるしかなかった。片道40分の山道を背負子で荷物を背負って畑に通う毎日は厳しいものだった。子供達を育てるためには他に方法がなかった。
 92歳まで生きて、医者にかかることもなく、毎日の台所仕事ができる。健康に生まれた事が一番の宝物だと言うくにさんの言葉が心に残った。謙虚に淡々と生きる。素晴らしい事だと思った。
 

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 春の香り高いふき味噌を昼ごはんでいただき、デザートにここで採れたというミカンもいただいた。阿熊でミカンが採れるとは知らなかったので驚きだった。甘さと酸味のバランスがとても良い美味しいミカンだった。息子の金一さんが焼いてくれたヤマメの炭火焼もご馳走だったし、贅沢な春の昼ごはんだった。
 帰り道、耕地の入り口で車を停めて写真を撮っていたら、蝋梅の香りが強く漂って来た。見上げると大きな蝋梅の林が石垣の上から覆いかぶさるように広がっていた。改めて暖かい場所なんだと実感した。フキノトウでふき味噌、ミカンに蝋梅の香り・・・新しい阿熊の魅力を見つけた。

 

 

 

 

2020年2月11日 (火)

ふき味噌の取材

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 2月11日、秩父市・吉田阿熊にふき味噌の取材に行った。取材したのは今井くにさん(92歳)で、早くも出始めたフキノトウを使ってふき味噌を作る様子を見させていただいた。
 くにさんの家は吉田阿熊の室久保という耕地にある。山の奥ではあるがとても日当たりがよく、暖かい耕地だ。日当たりが良いので早くもフキノトウがあちこちに顔を出していた。
 

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 くにさんはそんなフキノトウを摘んで大量に刻み、油で炒め、味噌と砂糖で味付けするふき味噌を作ってくれた。ふき味噌は毎年作っているという言葉の通り作業は迷いなく滑らかだった。92歳でも台所仕事は自分の仕事だと毎日台所に立つくにさん。しっかりと自立した姿を見ているだけでも励まされた気がした。
 

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 息子の金一さんが囲炉裏で炭を熾し自分で釣ったヤマメを塩焼きにしてくれた。お昼はふき味噌とヤマメの塩焼きという豪華なご馳走だった。ふき味噌は味付けも完璧でほのかに苦い春の味を堪能させてもらった。味付けは目分量だからと謙遜していたくにさんだったが、毎年作っているふき味噌だけに間違うはずもなかった。食べきれなかった分はお土産にいただいた。
 近所で採れるというみかんもご馳走になった。みかんが採れる程暖かい場所だということも初めて知った。吉田阿熊といえば山奥の狭い耕地というイメージがあったが、随分と明るい場所だったのも驚きだった。
 

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 息子の金一さんと釣りの話をしたり、秩父事件の映画「草の乱」の話をしたりとても充実した取材だった。金一さんは草の乱の撮影時にスタッフの送迎バス運転手をしていたそうで、撮影の裏話や自分が中心になって行ったスチール写真撮影の話などしてくれ、分厚いアルバムも見せてくれた。どれも映画撮影時の貴重な写真ばかりで素晴らしいものだった。金一さんは郷土写真家で、居間の鴨居にはたくさんの表彰状が並んでいた。
 

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 取材を終えた帰り道は阿熊川の上流へと走り、上日野沢を通って帰って来た。秩父事件の時に頻繁に使われた道でもあり、当時とは違うだろうけれど志士達が駆け抜けた姿を思いながらの山中ドライブを楽しんだ。

 

 

 

 

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