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2019年9月

2019年9月24日 (火)

千鹿谷鉱泉をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「千鹿谷鉱泉」をアップした。昔から伝わるこの鉱泉は生家に近いという事もあり、必ず取材したかった場所だった。江戸時代、秩父札所31番がある私が生まれた耕地から唐松峠を越えて千鹿谷鉱泉に至る道があって、多くの巡礼が歩いていた・・という話を聞いたことがあった。その話の真偽を確かめることは出来なかったが、多くの知らなかった話を聞かせていただいた。
 

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  高校時代に一度、社会人になってからも二度ほど訪れた事があった。対応してくれたのは取材した春子さんのお母さんだったと思う。素朴な昔ながらの鉱泉だった。今は新しく明るい浴槽になっている。昔の記憶を辿りながら話を聞くのは楽しいものだ。「ああ、そういう事だったのか・・」と新しい発見も多い。今回は本当にそんな話ばかりで、話題が広がるのが楽しかった。
 秩父事件関係の話は、昔話と映画の話が錯綜して意外な裏話につながった。千鹿谷の大将こと島崎嘉四郎についてはもっと知られて欲しい人物だ。
 

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 山あいのひっそりとした佇まいの建物。シュウカイドウの花が出迎えてくれる玄関を入る。玄関で700円を箱に入れて支払うといきなりイノシシの剥製が出迎えてくれる。上がって正面奥すぐに男湯があり、奥に女湯がある。脱衣所には乾燥したタオルが畳まれて積まれている。
 浴槽は二人がやっと入れるくらいの大きさだが、お湯は掛け流しで流れ続けている。一人で入ればゆったりと温泉の時間を独占できる。シャンプーも石鹸もあるが、気になる人は持参すればいい。
 上がり湯も水道の湯も全てお風呂と同じ源泉だ。飲むこともできる。芯から温まるお湯で、冷めても肌がツルツルしたままだ。
 

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 千鹿谷鉱泉は4年前に宿をやめた。春子さんが足を怪我して無理な作業ができなくなったからだ。400年続いた鉱泉宿は今、24時間無休の無人温泉になっている。この後はどうなるのかわからない。素晴らしいお湯を是非後世に残したいものだ。

 

 

 

 

2019年9月18日 (水)

西木3日目

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 3日目は初日に入った阿仁川の支流に入った。どこに入っても水が少ないので良い釣りは望めない。ならば、一番好きな川で最後の釣りをしようという単純な考えだった。
 いつものポイントに車を停め、支度して下流へと歩く。一日釣る長さだけ下流に歩き、脱渓点が車になる計算だから最後が楽だ。いつものポイントから入渓する。この川に来るたびに思うのは、なんと美しい渓流であるか・・・と言うこと。釣りの映画を撮るなら絶対にこの川で撮ろうと思う。この川で釣りをしている時間は自分が主人公の映画を見ているような気分になる。

 

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 で、肝心の釣果はと言うと、イワナが10尾ほど遊んでくれた。2日前と同じ場所でありながら、ヤマメが1尾も出なかった。同じ川でも毎日違うから仕方ないのだが、最後にヤマメの顔を見たかった。あの尺ヤマメもどこかにいるはずなのだが、気配すら感じなかった。まあこれが渓流釣りの面白さでもある。最後に25センチのイワナが釣れたので今年最後の釣りを終わりにした。
 それにしても、綺麗な川で釣りをするのがこんなにも楽しいということを実感した。
 

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 クリオンに戻って温泉で体を休める。最後の夕食は加藤さん、イナさんと3人だ。ここで二人からのサプライズメニューが出た。堰堤で釣れたというカジカを唐揚げにしてもらったものとイナさんが釣ったイワナの卵を酒と醤油で味付けし、一晩寝かせたものの2品。これがどちらも絶品だった。最後の最後に珍味をご馳走になった。ありがたいことだ。素直に二人に感謝。
 今年の秋田も素晴らしい釣りができた。あと何年続けられるかわからないが出来る間は続けたいものだ。そのためにも日々精進しなくてはならない。

 

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 翌日は帰るだけ。山形・東根の岡田さんのお墓参りをして二人と別れた。9時間走って夕方5時に家に到着。走行距離1300キロを走った釣り。FITもよく走ってくれた。

 

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西木2日目

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 2日目はいつもの桧内川の支流に入る。昨年、熊に遭遇した川なので、少し緊張しながらの釣りだった。一人だったので気持ちがビビっていたのか、魚の反応があるも釣れない時間が続いた。水が極端に少なく、この状態では釣りにはならないと大汗をかきながら遡行する。やっと釣れたと思ったら空飛ぶヤマメばかり。木っ端ヤマメが次から次に釣れる。これには困った。15センチオーバーはイワナ2尾のみ。あとは全部チビヤマメ。
 

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 中間の堰堤下でやっと大きなヤマメが釣れた。これでホッとして笑顔の自撮り。この大きさのヤマメが釣れれば大満足だ。そしていよいよ堰堤を越えて熊遭遇エリアに入る。ここからは気を引き締めて遡行する。熊鈴を鳴らし、腰のナガサを左手で掴みながらの釣り。余計な力が入っていると見えて魚は釣れずに最後の堰堤に到着。最後の打ち込みを続けていたら上空から声がする。
 加藤さん、イナさん、前鹿川さんが釣りにやって来たのだ。まさか今年もここで会うとは思わなかった。合流した3人に釣りは任せて見学した。しばらくチビばかりだったが、イナさんが26センチのイワナを、前鹿川さんが23センチのイワナを釣ったので笑顔をパチリ。いやあ素晴らしい。
 

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 イナさんに車まで送ってもらい、そのままクリオンに帰る。温泉で疲れを取り、休んでいるとすぐに6時になった。携帯に高橋さんから電話が入る。「もうみんな揃ってるよ〜」
 そう、二十年来の友人と宴会の時間だ。急いでレストラン「かたくり」に行くと、野中さん、布谷さん、沢山さん、阿部さん、高橋さんが待っていた。懐かしい人達と握手して再会を喜び合う。
 こうして年に二回旧交を温める機会があるのは本当に嬉しい。お酒が進み、会話が弾む。近況の報告やら今日の釣果やら熊の話やら次か次に話題が尽きない。

 

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 人と人の繋がりはありがたくすごいものだなあと思う。20年前に始まった都市住民との森林交流活動に「瀬音の森」が参加したのが始まりだった。森林ボランティア作業を年に二回行って地元の人たちと交流して来た。いつしかそれは西木の人たちに会うための活動になっていった。この人たちに会うために秋田までやってくる。そんな思いが凝縮した時間だった。
 みなさん、ありがとうございました。

 

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2019年9月14日 (土)

秋田に来ている

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 昨日から秋田に来ている。9時間走って仙北市のクリオンに泊まった。いつものメンバーとは今晩合流する。以前は前日車中泊で釣りをしていたのだが、今はもうそんな体力・気力がなくなった。温泉で体を休め、しっかり朝食を食べてから釣りに出かけた。
 今日はいつもの川、阿仁川の支流だ。
 

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 川に降りると水が少ない。晴れているし、厳しい釣りになりそうだ。案の定10時頃まで魚が釣れなくて焦ったが、10時以降にポンポンと釣れてくれて全部で15尾のヤマメとイワナが遊んでくれた。イワナの大きい個体は産卵のために上流へ行ってしまったようで、小さいイワナしか釣れなかった。その代わり、ヤマメは全部大きかった。大きいヤマメが釣れたので大満足の釣りだった。
 

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 それにしてもこの川の景色は素晴らしい。大きなイタヤカエデ・サワグルミ・トチノキなどが豊かな渓畔林を形成している。下層はシダが密生し、灌木も豊かだ。何より木が大きいので毛針が木に引っかからないのが嬉しい。気分良く毛針を振り込むことが出来る。
 淵が少ないのでエサ釣りの人が入らないのがいい。瀬の多い浅い川は毛針釣りの天国だ。おまけに魚が多いのだから言うことはない。毎年、この川を歩くのが楽しみで秋田まで足を伸ばす。
 

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 6時間釣りをして脱渓しようとした場所で、なんと尺ヤマメが釣れた。浅い瀬だったので根がかりかと思ったら魚だった。下流に走られたのだが、なんとか引きずり上げた。いやあ痺れるやりとりだった。でかいヤマメは圧力が違う。よく外れないで上がってくれた。
 この1尾で大満足。意気揚々と杣道を登って車に着いた。いやあいい釣りができた。
 
 明日・明後日と今年最後の釣りを楽しみたい。

 

 

 

 

 

2019年9月 8日 (日)

「山芋ステーキ」をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「山芋ステーキ」をアップした。この取材をしたのは大島瑠美子さん(77歳)だったが、そのパワフルな行動力に驚かされた。料理の取材だったのだが、話は多岐にわたり、次から次に話題が変わり、焦点を絞るのが大変だった。
 現役の町議会議員ということもあり、言いたいことが山ほどある瑠美子さんだった。話題は次々に変化し、止まることがない。聞きたいことの答えがすぐに違う話になってしまうので困った。
 

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 今回は山芋ステーキの話とカフェの二階にある「銘仙館」の話に絞って聞こうと思って取材に入ったのだが、カフェの話、古本の話、古物商の話、地域の話とどんどん広がってゆく。軌道修正しながら話を聞き、料理作りに入ってもらう。料理作りも早いこと早いこと。ささっと下準備して、ソースの説明をしながら材料を加工し、メモしている間に消えて倉庫に走っていたりと、とにかく忙しかった。「簡単にできるのと美味しいのが両立しないと商売にならないの・・」などと自らのポリシーがさらりと出てくる。忙しくて緊張感のある取材だった。
 

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 文章をまとめながら、「これで本当に瑠美子さんが言いたかったことを書けているんだろうか・・」と疑心暗鬼になったが、全力で取り組んだ結果だから批判は甘んじて受けたいと思う。忙しい取材の時はどうしても後日そんな葛藤が起こる。絵はよく描けたので大満足。文章は本人に確認してもらうしかない。
 それにしても77歳にしてこのパワフルさはすごい。やりたい事が山ほどあるし、実際にやっている。地域に欠かせない人なのだと思う。率先垂範の典型的な人だった。
 

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 二階の「銘仙館」は古い木製の織物関連機械が実際に触れる貴重な博物館だ。説明文も読みやすいし、種類も実に豊富だ。大正時代の着物、お祭り関連の着物、銘仙の織り柄見本になるような生地など見所が多い。「若い人に見てもらいたいんだけど、あんまり興味がないみたいで・・」と少し寂しそうだ。自分の家の記憶として、長瀞町の記録として貴重な博物館だと思う。できれば多くの人に見てもらいたいものだと思う。

 

 

 

 

2019年9月 5日 (木)

千鹿谷鉱泉を取材

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 9月4日、秩父市上吉田の千鹿谷(ちがや)にある千鹿谷鉱泉を取材した。取材したのは坂本春子さん(77歳)で、千鹿谷鉱泉の歴史や現在の状況について話を聞かせていただいた。
 千鹿谷鉱泉の歴史は古く、400年前に開湯しており、江戸時代の「秩父7湯」の一つに数えられて有名なお湯だ。日尾城主の隠し湯として春子さんのご先祖が湯を作り、守り伝えて来た。現在は宿泊業務はやっておらず、お風呂の営業だけになっている。無人で24時間自由に入れる秘湯としてネット上でも人気になっている。

 

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 温泉に入りたい人は700円を自分で払って勝手に入る。男湯・女湯があり、常時源泉かけ流しの天然温泉だ。鉱泉をボイラーで加温して適温にして流している。
 家の裏手の山から源泉が湧いており、タンクを三つ満たしてそのままボイラーに流し、自動的に適温にしてお風呂に流すシステムになっている。ボイラーは24時間稼働しており、無人ということもあり、24時間入浴が可能だ。月に20人から30人くらいの利用者があり、必要経費を回収するのがギリギリの線だという。利用者が増えるのを期待しているが、宣伝もできないので難しいとのこと。少しでも利用する人が増えてくれればと思う。
 

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 昔から千鹿谷鉱泉は「薬湯」として知られており、あせもや水虫によく効くと言われている。無色透明微硫化水無臭の鉱泉で加温するだけで温泉になる。日尾城主の隠し湯として始まったが、農休みなどでは近隣の庶民に使われ、江戸時代には札所巡礼の湯としても利用されていた。
 実際に入ってみるとさらりとした湯は体を芯から暖めてくれ、上がった後のスベスベ感は美人の湯といってもいいくらいだった。誰もいない家でお風呂に入っている感覚も新しい。決して新しい建物ではないが、お風呂は綺麗で清潔だ。
 

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 千鹿谷鉱泉は秩父事件の現場でもある。明治17年9月27日、井上伝蔵、落合寅市、高岸善吉、大野福次郎の秘密会議が行われ、蜂起による解決を決めた場所だ。また事件で大活躍した「千鹿谷の大将」こと島崎嘉四郎と弟の弥十郎の出身地でもある。千鹿谷集落はもともと日尾城に詰めていた武士の子孫で作られており、刀なども各家にたくさんあった。秩父事件で大活躍した島崎嘉四郎と弟の弥十郎の家は常に警察の監視が来ていて長い間家の人は大変だったという。今は80代のおばあちゃんが一人で家を守っている。
 

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 取材の後、千鹿谷集落を見に車で奥まで走った。奥山に隠れるように何軒かの家の軒先が見えた。普通の大きさではない巨大なお墓が山に広がっていてびっくりした。峠に抜ける道をどこで間違えたかぐるりと回って元の道に戻ってしまい、狐につままれたような不思議な気分になった。ここに400年住み続けて来た人たちにはどんな歴史が伝えられているのだろうか・・・秩父は深い。

 

 

 

 

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