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2019年6月

2019年6月30日 (日)

再開の森草刈り

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 6月30日、仙北市西木町・小波内の「再開の森」にて草刈りボランティアを行った。毎年この時期にやっている作業だが、今年で20年目になる。瀬音からは加藤さん・イナさん・前鹿川さん・ぽんたさん・原渓さん・ひらり〜さん・オールドビーンさん・kurooの8名が参加した。
 高橋さん、野中さんほか小波内地区のみなさんが参加しての草刈り作業は8時半から始まった。

 

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 猫さんと土筆さんのコブシの木、岡田さんのヤマザクラの木も順調に育っている。その木の周辺だけは自分で草刈り機を使って丁寧に草刈りをした。亡くなった瀬音メンバーの記念木があるのはここだけなので毎年ここで草刈りをする。日頃は小波内地区のみなさんが手を入れてくれるので荒れずに森が育っている。それにしてもブナの元気なこと。すくすくと伸びていて気持ちいい。
 

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 小雨の中の作業で大汗をかいた。大勢で作業するのであっという間に森の草刈りは終わり、駐車スペースや川原方面も草刈りが進んだ。草刈り機のエンジン音が響き渡って賑やかだった草刈りも10時半には綺麗に終わった。
 集落会館に移動して昼食を食べることになった。製材所の駐車場に車を停めて集落会館に入る。集落会館の欄間に20年前の写真が掲げられていた。「再開の森」最初の植樹記念写真だった。懐かしい顔がいっぱい写っていてみんなで見入ってしまった。猫さん・土筆さん・岡田さん・澤ジュリーみんなここでブナの木を植えていた。写真のおかげで色々な事を思い出した。
 

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 食事を終えてみなさんと別れ、一人車で山形に向かう。途中の道の駅で花を買い、東根のお寺を目指す。岡田さんのお墓に生花を供え手を合わせる。これも毎年のことだ。車で通える間は続けたいと思う。
 今日は赤湯温泉に泊まり、明日ゆっくり帰る。

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桧木内川支流で釣り

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 6月29日、ひらり〜さんと昨年クマを見た桧木内川支流で釣りをした。クマを見ているので一人では少々心細かったので、ひらり〜さんに同行してもらった。クマ鈴とナガサを腰に装着して万全の備えはしたつもりだ。
 川はおとといの大雨で増水していたが、渡渉できないほどではなく期待が膨らんだ。しかし期待と裏腹に魚は出ない。これだけ水が出ていれば魚も出るはずなんだが、少々焦りも出てきた頃いきなりヤマメが出た。ボウズがなくなってホッとした。
 

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 ひらり〜さんも順調に釣る。今日はひらり〜さんの方が型がいい。焦る気持ちはあるのだがこれは本当にどうしようもない。水量は多いのだが、魚が少ない。この川でこんなに釣れないのは珍しい。
 そうこうするうちに昨年熊に出遭った場所に来た。少し緊張したが熊が出ることはなかった。
 

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 最後の堰堤も魚の反応はなかった。増水していると魚は底に沈んでいるようだ。ここでいきなり雨が降って来た。いきなりの本降りで帰り道は土砂降り。車までの40分でずぶ濡れになってしまった。予報通りの雨だったがこんなに大雨になるとは思わなかった。

 

 

 

 

2019年6月29日 (土)

白いお犬様像

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 6月29日、仙北市西木・堀内(ほりない)地区の山の神様を探しに行った。
 お犬様の事を調べているうちに「オオカミは大神」という本に、仙北市・上桧木内に三峰様(さんぽうさま)と呼ばれている祠があって、そこに白い狼像と山の神様が祀られていると書いてあった。なんとか見たくて知り合いに聞いたのだが、わからなかった。
 クリオンで偶然会った野中さんにその話をしたところ、「見たことがあるような気がする・・」とのこと。調べて頂き、朝8時に待ち合わせて祠を探しに行った。
 

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  堀内の林道を奥に走り、集落の人以外は進入禁止という林道へと進む。道は荒れていてフィットでは最後まで走れるかわからないような林道だった。慎重に走り、しばらく行ったところで野中さんの軽トラが止まった。聞くと、ここから山道を登るとのこと。長靴を履き、草刈機で刈払いながら進む野中さんの後を歩く。周辺はまるで畑のようにワラビがたくさん出ているが野中さんは見向きもせずに刈り払う。道が上り坂になり、大きな杉の木に囲まれた赤い小さな祠が見えて来た。
 

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 「ここがそうだと思うんだいね」と言われて中を覗くと白い石の祠があり、その中に白い狼像と女の山神様が納められていた。本の写真そのもので、まさにこれが探していたお犬様像だった。
 地元のお年寄りの話では、ここは昔牧場で馬を飼っていた。狼が馬に悪さをしないように狼像を祀ったのだという。お犬様を四つ足除けに祀る秩父地方とは少し違う理由があるようだ。それにしても三峯信仰が遠く東北の各地まで伝わっていたということが信じられない。
 

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 二十年くらい西木に通っているが、こうして昔から繋がりがあった場所だという事がわかり、なんだか不思議な気がした。山神様は上品なお顔の女神様で、白い二頭の狼像に守られているかのようだ。いつ頃作られたものだろうか、色が落ちかけているが、この存在感がすごい。
 地区の人たちに長く守られて来た祠なのだと思う。横に何かの石碑が立っているのだが、何の石碑だかわからない。周囲の杉はゆうに百年は超えている巨木だ。桜の木も大きく、何本もある。
 

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 西木に来る目的の一つを発見できて本当に良かった。偶然知ってる野中さんがいなかったら見つけることは出来なかったと思う。野中さんに感謝したい。

 

 

 

 

2019年6月28日 (金)

西木に来ている

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 秋田県仙北市西木のクリオンに宿泊して、今朝から釣りをしていた。毎年6月に再開の森の草刈りをするのが恒例になっている。瀬音の森時代に植栽したブナや山桜のその後の管理を兼ねている。
 作業は日曜日なのだが、前二日間を釣りに当てている。一年間楽しみにしていた釣りだ。秋田は昨日から大雨で、釣りができるか心配だったのだが、朝には小雨になった。川は増水して濁流になっている。午後には雨も止むようだからと車を走らせて阿仁川の支流に向かう。

 

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 毎年この川で釣りをするのを楽しみにしている。渓相がいい、渓畔林がいい、釣れる魚の色がいい。まるでいいことづくめの川なのだ。今日は雨で増水していて流れがボーズになっている。場所を選ばないと川を渡ることができない水量だ。濁りも入っていて、毛鉤では難しそうだった。
 それでもすぐにヤマメが出てくれたので安心した。小雨が降ったり止んだりという不安定な天気で、カッパを着るかどうするか迷う空模様だった。
 

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 午後からは突然青空になり急に暑くなった。雨予報はすっかり外れたようだ。晴れてくれればありがたいのだが、魚の食いは悪くなる。毛針に出るのだがくわえずにUターンしてしまう魚が多くなるのが困ったことだ。
 尺はあろうかというイワナがグワッと出たのだが毛針をくわえずに反転してしまった。こんな時は天を仰ぐしかない。「食えよ・・・」と愚痴が出る。
 

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 2時半まで釣って15くらいのヤマメとイワナが遊んでくれた。遊ばれた魚は10くらいだったか。満足したので脱渓する。斜面を登り始めたら、なんだか踏み跡がある。これはラッキーと踏み跡を辿って百メートルほどの急斜面を登る。最後の藪を抜けたら、なんとそこに自分の車があった。
 昨年も同じ場所で同じことをやった。あの時はがむしゃらに登ったのだが、今回は踏み跡で同じところに出た。こんなこともあるんだなあ。道を歩かずに車に到着。ラッキーな終わり方。

 

 

 

 

2019年6月24日 (月)

絵を届ける

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 6月15日、「おいなりさん」の絵を届けに長瀞に行った。絵を届けに向かった場所は「かわらんち」という野上(のがみ)のカフェだった。ここはミキさんと大島瑠美子さんが運営している銘仙館が二階に併設されている。大島さんもミキさんも家が織物をやっていた関係で、道具類や布地・着物などが大量にあった。それを展示して、実際に触れる博物館にしたという次第。
 

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 1階のカフェでミキさんに絵を渡してファイルを見ているとすぐに瑠美子さんもやって来て話が弾んだ。二階の銘仙館を案内していただき、珍しい道具や着物を見させて頂いた。
 展示されている着物は明治時代から昭和までの歴史あるものばかり。かい巻きやねんねこ・モンペなど懐かしい着物がいっぱいだった。木製の糸ぐり機は全部実際に動かす事ができる。子供達に使ってもらうのが楽しいと瑠美子さん。
 

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 カフェで瑠美子さん特製の山芋ステーキ御膳をいただく。色々工夫して長瀞の名物にしたいのだが、手間がかかるので広がっていないと笑う。後日取材をさせて頂きたい旨を伝えると笑って了解してくれた。瑠美子さんは77歳ながら活発な活動家で長瀞町の町議でもある。話も楽しく、次々と話題が変わるのでついてゆくのが大変だった。世の中には元気な人がいるものだ。
 カフェには書籍もたくさん置いてあり、瑠美子さんが「山里の記憶」を全巻欲しいと言ってくれたので、車に積んであった本を渡すととても喜んでいた。
 

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 ミキさんも楽しかったようで「なんだか一週間分くらい話したような気がする」と言ってくれた。
新しい出会いを演出して頂きありがたかった。こういう出会いがあるから楽しい。

 

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2019年6月19日 (水)

おいなりさんをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「おいなりさん」をアップした。
 この取材は本当に久しぶりの取材だった。2月末から絵を描けなくなり、取材することもできなくなり、このまま絵が描けなくなってしまうような状態だった。突然のことでどうしようもなく、ただ時間が流れるままに漂っていた。
 以前、魚の絵を描いていた時にもこんな事があった。何の前触れもなく手が止まり、絵を描く事が出来なくなった。結局、魚の絵は一年間で終わった。その後は全く魚の絵が描けないままだ。
 いずれ絵を描けなくなる時期が来ることはわかっていたので「これがそうなのか・・・」と半分諦めにも似た感情が湧いていた。周りからは「まあ、少し休めってことなんじゃないの?」などと慰められていたが、本人はもう終わりかもしれないと感じていた。

 

 それでも急に取材の話が舞い込んで来て、あれよあれよという間に絵が出来上がった。4ヶ月ぶりの作画は順調とは言い難かったが、出来上がりには満足している。おいなりさんの色が素晴らしい色に仕上がった。まだ神様は絵を描いていいよと言ってくれている。ありがたいことだ。

 

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 この取材で村田ミキさんの話を聞き、長瀞の町と宝登山神社のつながりの深さを知った。講の話や御眷属の話、お祭りの話などなど。土地と人と寺社のつながりはどこにでもある話だが、秩父では特に濃いような気がする。
 裏の畑に一緒に暮らした猫のお墓があり、毎日一個の小石を供えて手を合わせるミキさん。こういう弔い方もあるのだ・・と感動した。お墓にはミキさんが手を合わせた数だけ小石が塚になっている。花木園のような畑の隅にエビネが生えていたり、サルナシの実が大量に成っていたりした。
 

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 家例の取材だったのだが、絵にするのはおいなりさんにした。「何かっていうとおいなりさんを作ってたんだぃねぇ・・」というミキさんの言葉から提案したもので、急な話に対応していただきありがたかった。絵はおいなりさんだけだが、家例の話は充実していて文章にするのが難しかった。紙面に限りがあるので、その範囲でまとめなければならず、言葉足らずになってしまった。ミキさんの昔話をあまり書けなかったのも心残りだ。昭和30年代の雰囲気が少しでも伝われば嬉しい。

 

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2019年6月15日 (土)

お姿を刷る

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 6月15日、秩父市の荒川地区にある古池(ふるいけ)耕地に磯田喜次(よしつぐ)さん(66歳)を訪ねた。磯田さんは古池耕地の総代長を勤めている人で、猪狩神社の運営を中心になってまとめている。今日は猪狩神社で発行している「お姿」と呼ばれるお犬様のお札を刷る作業を取材した。
 猪狩神社は古池耕地11軒の氏子だけで運営している神社で、猪狩講という講の受け入れも氏子だけで行なっている。講のお札は年に一回、4月の大祭で取り替えるのだが、その時も百人以上の来場者を耕地の氏子だけで接待しているとのこと。

 

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 お犬様のお札は秩父の多くの神社が発行しているが、氏子が手刷りで発行するのはここだけだと思う。とても珍しい作業なので興味深く見させてもらった。磯田さんは、慎重に版木を出してインクをつけ、和紙を乗せてバレンで刷る。出来上がったお札に朱印の神璽を丁寧に押して完成となる。
 手刷りのお札はそれだけでありがたく感じるし、これが何代も続いてることに驚かされた。お犬様のお札の他にもたくさんのお札があり、全て手刷りで発行している。何種類もの版木は新聞紙に包まれて保管されており、それを開ける時のドキドキ感がすごかった。
 

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 お札の取材を終えて磯田さんと猪狩神社に向かう。昨年9月の台風で大鳥居が倒壊し、まだ再建されていない。拝殿近くにもう少し小さい形で作ろうかと話し合っているとのこと。
 雨の神社は独特の静寂感があって気持ちいい。長い階段を上ると左右にお犬様の像がある。とてもリアルで迫力のあるお犬様だ。お犬様と言っても狼像であり、この像を運搬するときに本物の狼に囲まれたという伝説を持つお犬様像だ。像は不思議な威圧感がある。

 

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 神社拝殿の中に入れていただき、見事な彫刻を拝見した。驚かされたのは内部がとても綺麗だったこと。11軒の氏子だけで運営している神社とは思えない綺麗さだった。隣の社務所も拝見し、お犬様の掛け軸や明治時代と思しき神社図に驚かされた。
 お犬様の信仰は宝登山神社からこの猪狩神社に続き、三峯神社まで続く。ヤマトタケル伝承に狼の伝承が加わり、信仰へと形を変えて来た。講という存在がそれを支えて来たことは間違いない。講の話も聞いたがまだ少しわからないことがある。間違いないことはお犬様のお札が霊験あらたかだということだ。そうでなければこれほど続くことは考えられない。昔から続いている信仰を地元の人間でありながら知らなかった事が悔しい。

 

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 今後、夏祭りのフセギや秋の奥宮祭りを取材しながら、この小さな耕地の大きな神社の話を掘り下げてみたいと思う。

 

 

 

 

2019年6月12日 (水)

家例の取材

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 6月11日、長瀞町長瀞、宝登山神社近くの旧家にお住いの村田ミキさん(86歳)を訪ねた。天明四年に建てたという家は、235年の時を経て今なおしっかりと時を刻んでいる。
 ミキさんから昭和30年代の家例について話を聞いた。村田家は宝登山神社の大鳥居の近くで昔の国道に面して建っている。織物業をやっていたという家だが、山も畑もあり、忙しい嫁時代だった。 
 家例は宝登山神社のお祭りや行事に影響されて神社と共にある生活だった。当時の長瀞で宝登山神社の氏子という、ある意味「都会」での暮らしに興味があった。
 

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 お正月の家例はお蕎麦を食べることから始まり、信仰深いおじいさんの厳しい指導で細かい作業が続いた。年末についたお餅は食べる数がきちんと決まっていた。
 2月の節分、お札と升を神社からいただいて家で豆を撒いた。豆の数も決まっていて、年の数だけ撒くのが決まりだった。豆は囲炉裏でホーロクを使って焼いた。
 がらぎっちょと呼んでいたサイカチの木の周辺に撒いた豆をまとめて供えたものだった。イワシの頭を焼いて竹串にさしてとぼう(玄関口)に飾ったものだった。そして、何かというとおいなりさんを作って食べた。おいなりさんはご馳走だった。
 

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 一年中色々な場面で作られたおいなりさんを再現してもらうことになった。娘の征子(ゆきこ)さんが協力してくれてテキパキと作業が進み、居間のテーブルでおいなりさん作りが始まった。ミキさんは話好きでおいなりさんを作りながらも話が止まらない。
 色々な話を聞きながら出来上がるおいなりさんが実に美味そうだった。懐かしい香りについお腹が鳴ってしまい笑ってごまかした。出来上がったおいなりさんは本当に美味かった。
 

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 話の中で講の話が出た。村田家は宝古久講(ほうこくこう)という宝登山神社の講に入っている。昔は40軒ほどが参加していたが今は7軒だけになってしまった。毎年4月18日が御眷属様を取り替える儀式になっている。宝登山の御眷属はお犬様だ。別にお犬様のお札もある。御眷属は木箱を和紙で包んだ中に入っていて、これを毎年取り替える「お犬替え」神事が大事な神事だ。
 神棚から大事そうに下ろしたものを拝見した。息子さんの名前が書き込まれている。この家だけの御眷属様だ。宝登山神社だけでなく秩父全体に広がる「お犬様」信仰の一端を垣間見ることができて嬉しかった。
 

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 旧家の家例は実に細かくたくさんの行事に満ちていた。この詳細を限られた文字数でまとめるのは難しいかもしれないが、できるだけ丁寧にまとめたいと思う。
 3ヶ月ぶりの取材は久しぶりで緊張した。色々あったけれど、なんとか元の場所に戻って来られた気がする。これから忙しい作業が続くが、嬉しい忙しさになりそうだ。

 

 

 

 

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