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2019年4月17日 (水)

飛鳥の記憶を歩く

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 奈良2日目、飛鳥の里を歩く旅。まずは一番行って見たかった場所、甘樫丘(あまかしのおか)に向かう。公園になっている丘を登ると展望台からは目の前に大和三山が見え、眼下に飛鳥の里が広がっている。のどかな田園風景だが、この1キロ四方ほどの狭い平地が激動の飛鳥時代の舞台だった。実際に見ると、その都の規模がいかに小さかったかがよくわかる。今で言えば東京や京都に匹敵する都会だった場所。丘を下って、これからその里を歩く。

 

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 万葉文化館に車を置き、歩いて飛鳥寺へと向かう。のどかに広がる田んぼにはレンゲの花が綺麗に咲いている。飛鳥寺には丈六の大仏がある。止利仏師(とりぶっし)の作と伝えられる撮影可の珍しい仏像だ。顔以外は残念な作りだが、伸びやかな作風がいかにも飛鳥時代のものらしい。
 近くに蘇我入鹿(そがのいるか)の首塚がある。甘樫丘と飛鳥寺の挟まれた場所で首塚に手を合わせていると、不思議な感覚になる。ここが乙巳の変の舞台で、入鹿亡き後、飛鳥寺の中大兄皇子(なかのおおえのみこ)と甘樫丘の蘇我蝦夷(そがのえみし)が対峙していた風雲急を告げる場所だった。のどかな景色の中に古代の激動を思うのも飛鳥の楽しみ方の一つだ。
 

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 飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)に行く。長い階段を登った丘の上の神社は荘厳な佇まいだった。訪れる人も少なく、静寂の空間は背がしゃんと伸びる空気感に包まれていた。
 周辺の家々が素晴らしかった。重厚な屋根には七福神の屋根瓦が付けられていたり、歴史の厚さが家の作りにも現れている。横の田んぼはレンゲの花畑で、民家との取り合わせが美しい。
 聖徳太子の生誕地と言われている橘寺に行く。境内の花も綺麗だったが、往生院の花の天井画が素晴らしかった。その数260枚とのこと。天井が花に溢れていた。

 

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 道を少し戻って石舞台古墳へ行く。ここは石室の内部を見たかったので楽しみだった。巨大な花崗岩をどう削ったのか、どう運んだのか、どう組み立てたのか・・・謎ばかりだが、その巨大さと精緻さと労力に圧倒された。古代の人々がわらわらと出てくるようだった。
 橿原市内に戻り、橿原神宮へ行く。明治に作られた新しい神宮は、綺麗で広大で静かだった。風に楠の葉がハラハラと散り、葉の雨のようだった。常緑樹の葉がこれほど散るのを見たのは初めてだった。参拝後に食べた焼きそばが旨かった。
 

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 少し車を走らせて聖林寺に向かう。ここには国宝の十一面観音像がある。雨が降り出した山里に山城のような聖林寺が建っていた。十一面観音像もよかったが、その前室にあった阿弥陀如来坐像が素晴らしかった。柔和な姿と顔をいつまでも見ていたいと思わせる素晴らしい仏像だった。こういう仏像があるから奈良はいい。やはり仏像は博物館ではなく、お寺で両手を合わせながら観るのが本来の姿だと感じた。本日最後に素晴らしい仏像に会えて感謝。夢に出て欲しい。

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