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2018年11月

2018年11月28日 (水)

「ゆず巻き」をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「ゆず巻き」をアップした。取材した北エイ子さんは料理上手で有名な人だった。たくさん出されたお茶請けはみんな美味しく、ひと工夫されたものだった。河原沢では「氷柱」や「よってがっせー委員会」の活動で女性達の料理を発表する場が多い。そんな地域ならではの料理への工夫が感じられた。もちろん、エイ子さんの料理に対する情熱がそうさせている事は間違いない。
 
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 中でも驚いたのはらっきょう酢の使い方だった。らっきょう酢を使った梅干し作りという話を聞いたときは「えっ?」っと思ったのだが、実際に食べてみたら納得した。しっかりと梅干しになっていて、塩を使っていないから梅の味がしっかり出ている。塩分ゼロの梅干しはすごい可能性を秘めているのではないかと思った。
 他にも様々な料理の工夫を話してくれたが、本当に料理に関して情熱を持っている人だなあと感心した。こういう人が増えれば郷土料理もどんどん新しいものが出来てくるに違いない。
 庭のシュウカイドウの花もイロハモミジの葉も料理の飾りにするという。家の周囲の自然が料理を彩るというのも面白い。出来上がったゆず巻きをタッパーに詰めて頂き、お土産にした。お茶請け料理もたくさんお土産でいただいた。
 
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 取材を終えてエイ子さんの家の前から山越えする「茅の坂峠」を走った。エイ子さんが「通行止めになっていないから通れると思うよ…」と言っていたので走ったのだが、途中で後悔するような厳しい峠道だった。ほとんど車が通っていない道で、落葉が道路を埋め尽くしていた。時速20キロくらいで慎重に越えたのだが、こんな道で事故でも起こしたら帰ることも出来ないと思うような道だった。そんな山越えの道だからこそ紅葉は見事だった。
 昔からこの道は河原沢と倉尾を結ぶ大切な道だった。この山道を越えて花嫁行列が行き交った。鉱山の横流し物資がこの道を運ばれて倉尾へと向かった。倉尾神社の横に出た時はホッとしたが、昔の人は凄かったものだと実感した。
 
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 一週間後、保存しておいたゆず巻きを冷蔵庫から出して食べた。じつに爽やかで美味しいゆず巻きだった。さっぱりとした味はお酒のアテにも良かったし、おかずとして口直しには最高だった。正月のおせち料理に作ってみることにした。
 
 
 
 

2018年11月23日 (金)

「栃本蕎麦を守る」をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「栃本蕎麦を守る」をアップした。取材した阿左美竹久さん(70歳)は本業が大工さんで阿左美工務店を経営している。久那の村社であった葛木神社や秩父札所25番久昌寺の御手伴寺や弁天堂を建築した。蕎麦の取材後に案内していただき、地区の歴史などを聞きながら参拝した。31番札所近くに生まれながら、秩父札所巡りをしていない身としては貴重な体験になった。
 
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 武久さんが30年以上栃本蕎麦を作り続けているのは、お母さんが栃本蕎麦が好きだったからという理由だった。取材中にも「昔からの原種を守るのは大事な事だと思うんだ」と話してくれた。蕎麦の脱穀をするために古い足踏み式脱穀機を修理して使っている。機械を直すのは得意で、壊れた脱穀機の歯をビニールハウス固定金具を改造して作り直した。
 昔の人の手作業に憧れると言い、自分で編んだスカリを見せてくれた。また、カラムシの繊維束を干していて、今度はこれでスカリを編みたいのだと話してくれた。カラムシの繊維を初めて見たが、これほどしなやかで強靱なものだとは知らなかった。良いスカリが出来そうだ。
 
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 奥さんの澄江(としえ)さんも郷土料理に興味があって勉強中とのこと。納屋に干してあった芋がらを戻して煮物を作ったくれたのがじつに旨かった。軒先の吊るし柿も自分でやったとのこと。これからも色々な郷土料理を作ってみたいという。そのための参考書として山里の記憶が役立っているとのこと。こんな形で自分の本が役立つとは思ってもいなかったので嬉しかった。
 
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 蕎麦の取材に行って、蕎麦以外の様々な物や味に触れた取材だった。山里はすっかり秋が濃くなって紅葉が見事だった。今年の紅葉はいつもより色が濃く、きれいな気がする。夏の暑さが影響しているのかもしれないが、あれほど暑かった夏の日が懐かしく思えるほどだった。
 季節は確実に移り、山裾を歩くと四季の変化を実感する。良い人や景色に巡り会う事が自分を豊かにしてくれる。そんな充実した取材だった。
 
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2018年11月18日 (日)

ゆず巻きの取材

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 11月15日、小鹿野の河原沢にゆず巻きの取材に行った。取材したのは北エイ子さん(71歳)で、新鮮なゆずを使ったゆず巻きを作っていただいた。ゆず巻きは秩父地方で冬に作られるお茶請けだ。お正月のおせち料理としても作られる手軽な料理だ。
 大根と柚子があるこの時期ならではの料理で、昔はどこの家でも作られていた。最近は農協でらっきょう酢を売っていて、それを使うと誰でも美味しいゆず巻きが簡単に作れる。
 
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 ゆずは新鮮なものの皮を使う。スプーンで皮についた白い柔らかい部分をこそぎおとす。白い部分は苦みが強いので黄色い皮部分だけを使うようにする。包丁で拍子木に切り揃える。
 大根は二ミリくらいの薄さにスライスし、半日ほど天日で干して柔らかくする。干した方が柔らかくなって柚子を巻きやすくなる。エイ子さんは干した方が出来上がった時の歯ごたえがいいと言う。この辺は作る人の好みによる。
 
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 柚子を芯に大根を巻き、楊枝で刺して止める。三本並べて一組とし、キッチンバサミで柚子の出っ張った部分を切り落として整形し、タッパーに並べる。上かららっきょう酢を注げば出来上がり。簡単だ。一週間おけばおいしく食べられる。大根から透けて見える柚子の黄色がきれいだ。
 昔は柚子を大根に巻き、それを藁で編み上げて軒先にぶら下げて干していた事もある。甘酢に浸して戻して作る料理で、それが冬の風物詩にもなっていたものだが、今はラッキョウ酢とタッパーのお陰で簡単に作れる料理になった。
 
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 エイ子さんは料理上手でたくさんのお茶請けを出していただいた。ジャガイモの煮炒め、こんにゃくと椎茸の煮物、インゲンの煮物、白菜の浅漬け、大根の甘酢漬け、ゴーヤのかりんとう、らっきょう酢の梅干しなどなど。普通の料理に一手間加えた料理ばかりだった。
 民宿宮本荘で料理の仕事をしていると聞いて納得した。また、十四年間秩父中を農協のまごころ食材の配達で回る仕事をしていた。その時に行く先々で美味しいお茶請けを出され、すぐに自分でも作って研究して工夫したという話にも納得した。
 
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 進化する郷土料理。エイ子さんのような人がまだまだたくさんいるのだろうと思う。
 
 
 
 
 

2018年11月10日 (土)

栃本蕎麦の取材

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 11月9日、秩父の久那に栃本蕎麦の取材に行った。取材したのは阿左美武久さん(70歳)で、30年間守り栽培している栃本在来種の蕎麦の話を聞かせていただいた。前日から収穫作業に入っていて、奥さんと一緒に刈り取り作業をするところだった。
 在来種の蕎麦は一般の蕎麦に比べると茎は細く育てにくいとのこと。今年は大きな台風があり、倒伏してしまったため、草に覆われ刈り取りも大変そうだった。
 
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 刈り取った蕎麦は、武久さんが作り直した足踏み式脱穀機で脱穀し、一度水洗いして泥や石を取り除き天日乾燥する。天気の良い日に4日ほど乾燥させればカラカラになり何年も保存できる。蕎麦は保存食だからと説明してくれた。
 武久さんは栃本と関連はないのだが、栃本から近所に越して来たおばあちゃんが武久さんのお母さんに伝えてくれた蕎麦だった。お母さんがこの蕎麦を好きだった事で、ずっと栽培を続けているとのこと。在来種の蕎麦をこうして育てている人は少なく、栃本でもなくなりつつある品種だ。今年の出来が良くなかったので、来年は場所を変えて栽培する予定だ。連作障害の予防にもなるので、来年を楽しみにしているという。
 
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 納屋で栃本蕎麦と一般の蕎麦を比べてみた。栃本蕎麦は粒が小さいが丸みを帯びていて普通の蕎麦よりも製粉した時の収量が多いという。食べてみると栃本蕎麦の方が甘い。内皮の内側が緑色で、蕎麦粉にして蕎麦を打つと緑がかった生地になるという。
 自宅で奥さんがそばがきを作ってくれた。鍋に湯を沸かし、蕎麦粉をいれてかき回すと蕎麦の香りが立ち、すぐにそばがきが出来上がった。醤油とわさびを添えて食べてみた。ぷりぷりの食感は口に入れるとふわりと溶ける。久し振りに食べたそばがきはじつに旨かった。
 
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 話を聞いているうちに昼になり、栃本蕎麦を手打ち蕎麦にしていただいた。天ぷら付きの豪華な昼食に恐縮してしまったが、栃本蕎麦は素朴な味でじつに旨かった。武久さんは「まだまだ蕎麦打ちは修行中で…」と謙遜するが、9割蕎麦でこの喉ごしは素晴らしい。栃本蕎麦をどうやったら美味しく食べられるかを追求している姿が素晴らしかった。
 
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 武久さんは大工で神社やお寺さんを建築していた。近くの村社だった葛木神社や秩父札所25番久昌寺の総門や弁天堂などを建築している人だった。案内していただき、紅葉の素晴らしい風景の中をお参りすることができた。仁王様の指を修理した話や弁天堂が池の中にあった話など、知らない事ばかりで楽しいお参りだった。
 
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2018年11月 8日 (木)

小菅の山小屋

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 11月7日、取材が伸びて空いたので小菅の山小屋に行ってきた。奥多摩は紅葉の盛りで素晴らしい景色を見ることができた。天気があいにくの天気だったが、霧雨の中を山登りするのもいいものだった。山の紅葉も素晴らしく、きつい登りも苦にならなかった。
 山小屋は前回のまま何の問題もなかった。水場も良好で、すぐにタンクに水が溜まった。今日は日帰りなので、水は焚き火の火を消すときに使う。
 
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 今回、山小屋でやろうと思ったのが室内の片付け。設立時から使っていた調理棚を解体すること。何が置いてあるかわからないままだったので、備品も全部チェックした。燃やせる物は燃やし、使える物は整理して収納した。
 結果、室内がずいぶんとスッキリした。棚があるから荷物が増える。同じ様なホーローの鍋食器セットが何組もあり、処理に困る。使えないことないが、多分誰も使わない。少しずつこういう備品を運び下ろすことが必要だ。大工道具も使えないものばかりで、ほとんどがゴミに近い。建築する時に使ったものだから、もう十何年も放置したままになっている。これも使うことはない。
 
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 調理棚の解体が終わり、作業が一段落したのであとは焚き火タイム。拾ってきた杉の枝を燃やして焚き火をする。静かな山の中で焚き火の炎を見ながらまったりと過ごすのはじつにいいものだ。この場所があと一年でなくなるのかと思うともったいない気もするが仕方ない。
 風もなく湿った空気だったが、何も考えずに焚き火をする贅沢な時間が過ぎて行く。11時に山に登り、3時まで焚き火をしていた。運んだ杉の枝を全部燃やして焚き火終了。タンクの水をドバドバかけて消火する。
 
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 解体した調理棚の材木は山小屋の中に入れて置いた。次回来た人が焚き火で使えるように乾燥状態にしておく。ガス缶やファブリーズの缶をザックに収め、鍵をかけて挨拶をして下山する。これから小菅の湯で温まって帰る。
 
 
 
 
 

2018年11月 2日 (金)

紅葉の日光へ

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 10月31日、11月1日の二日間、紅葉の日光を旅してきた。目的は二社一寺を参拝することと紅葉を見ること。朝8時に家を出て東北道から日光道路へと走り、日光インターで下りる。輪王寺の駐車場を目指したのだが、市内が大渋滞。大型バスが異常に多く、歩いている人も外国人ばかり。この時期に来た事を少々後悔する。
 
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 何とか駐車場に車を停め、まずは二荒山神社へ参拝する。東照宮のチケット売り場は長蛇の列で当分入れそうもない。久し振りの二荒山神社は静かでゆっくりお参りできたので良かった。茅の輪くぐりをして参拝し、カミさんはご朱印を頂く。
 次は常行堂を参拝する。孔雀に乗った阿弥陀様という珍しい仏像に驚かされた。続いて第猷院(たいゆういん)に参拝する。高い石段の上にある三代家光公を祀った廟。紅葉の木々に囲まれて豪華な廟が佇んでいる様は素晴らしかった。彫刻が豪華で目を奪われた。もしかしたら東照宮よりも精緻で豪華な装飾に包まれた場所かもしれない。余韻が残る参拝だった。
 
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 まだ東照宮は入れそうにないので輪王寺三仏堂へお参りする。三仏堂は今大がかりな工事中で巨大なビル状の建物に覆われているが内部は普通に見られる。巨大な千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音に見おろされ、ここが修験の聖地だった事を知る。それぞれ日光三山をお姿にした金色の巨大な仏像は古来の信仰の大きな力を教えてくれる。
 背後の護摩堂に参拝し厳粛な気持ちになるのも自分がそんな年頃になったせいなのだろう。
 
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 やっと空いてきたチケット売り場でチケットを購入し、東照宮に参拝する。どこもかしこも人だらけ。団体の客が多く、ガイドの説明が折り重なるように耳に入ってくる。この人達は毎日これをやっているのだろうなあ…などと思いながら人波と共に流れて行く。それにしても階段が多い。東照宮奥宮を回って下りてきたら足がガタガタになってしまった。歳をとってからの日光参拝は大変なことになる。若いうちに行っておいた方がいい。
 三猿、陽明門、眠猫、鳴龍の有名地点は特に人でごった返していて大変な有様だった。どこも折り重なるように人がいて、老人、外国人、小学生、中国人団体などすごい人達が入り乱れて写真を撮ろうとしている様が面白かった。(鳴龍は撮影不可)
 
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 今日の宿はほぼ境内の東観荘。何故か空いていて予約できた宿。古い造りだが、温泉は新しくて快適だった。料理では日光(ひみつ)豚のしゃぶしゃぶが美味しかった。値段を考えると良い宿だったように思う。宿前の紅葉が素晴らしかった。
 二日目は宿に車をおいて再度輪王寺へ参拝。朝の静かな空気の中を神橋へと歩き、ひと気のない紅葉の散策を楽しんだ。神橋は実際に渡ってみると、よくこんな巨大な橋を架けたものだと思う大きさだった。大谷川の水量は多く、昔の工事を考えると、信仰の力としか言いようがない。橋近くの金谷ホテルベーカリーで食パンを買う。
 
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 車は中禅寺湖を目指して走る。第二いろは坂の紅葉が素晴らしかったのだが、途中で停まる事が出来ず写真が一枚も撮れなかったのは残念だった。中禅寺湖畔はちょうど紅葉の盛りで本当にきれいな景色が見られた。
 湖畔の日光山中善寺で生えたままのカツラの木を彫ったという千手観音を参拝する。立木観音の名前の由来だ。勝道上人の像にも心を打たれた。中禅寺湖から望む白根山の山頂が真っ白の雪で覆われている。昨夜の雪だったそうな。山はすでに冬の装いになっている。
 
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 二荒山神社中宮祠(ちゅうぐうし)に参拝する。ここには中宮祠のイチイという名木がある。巨大なイチイの木は白木造りの山霊宮(やまのみや)裏手にあった。手を合わせて長寿を祈願する。これだけの大きさに育つまでいったい何年かかっただろうか。気が遠くなる。
 中宮祠は男体山の登山口に当たり、男体山がご神体となっている。登山祈願や安全のお守りがたくさんあった。神楽殿に多くの大黒様が祀られていたのも面白かった。
 
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 午後も時間が進んできたのでそろそろ山越えの道に向かう。奥日光から金精峠を越えて沼田へ向かう。金精峠に登る道の景色が素晴らしかった。道の横に昨夜の雪が残っているのが気がかりだった。途中の茶屋で休憩し、雪山の写真などを撮っていた。茶屋から走り出してすぐだった。気温は二度、道がツルツルに凍っている。これには驚いた。雪が降ったというのは知っていたが、まさか道が凍っているとは思わなかった。バイクのお兄さんは何人も押して歩いている。自転車のお兄さんも乗るのをあきらめて歩いている。タイヤはノーマルだし、こちらも同じ様なもの。時速30キロで慎重に走る。対向車も同じ様に低速で慎重な運転だ。
 一キロほどの凍った道を通り過ぎて心底ホッとした。こんな所で事故でも起こしたら大変なことになる。この時期の山越えはこういう事があるから怖い。
 金精峠を下って丸沼高原の看板が出て来た。スキー場のレストハウスで休憩する。ここは昔毎週のようにスキーで通った場所。懐かしくてずっと景色を眺めていた。レストハウスのスキー場が眺められる席でコーヒーを飲みながら昔の友人達の話をするのが楽しかった。
 
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 まぶしい逆光の中を沼田まで走り、関越に乗る。途中の景色やお店に記憶が残っており、昔をいろいろ思い出して楽しかった。関越は高坂で渋滞があると言っているので上里で休憩する。ゆっくり夕飯を食べてゆっくり休んで6時に出発したら渋滞も解消していて7時半には自宅に帰ることが出来た。無理せずゆっくり走るといいこともある。
 神社、お寺さん、紅葉、温泉、雪、懐かしい思い出の場所、中身の濃い二日間の旅だった。
 
 
 
 

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