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2018年9月

2018年9月30日 (日)

鉱山バスをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「鉱山バス」をアップした。この取材は友人の千島さんから紹介されて「鉱山まで路線バスが走っていた事を残したいので」という主旨で取材をさせていただいた。取材した神辺竹次さん(88歳)はその主旨を理解してくれて、鉱山バスの話を中心に運転手として様々な場で経験したことを話してくれた。
 
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 終戦直後の混乱の中でたくましく生きて来た秩父の人々。色々な事があったことを知った。自動車がどう発展し、産業と関わり合って来たのか、様々な話からうかがい知ることが出来て、とても有意義な取材だった。自分の知らない世界の話を聞くのはとても楽しく、時間を忘れるような取材だった。
 取材した部屋には表彰状がたくさん掲げられており、自分が働いて来た歴史に高い自負を持っている事がうかがわれた。中でも埼玉県知事の表彰状は誇らしげに正面を飾っていた。
 
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 竹次さんは趣味の写真も素晴らしく、立派な作品がたくさんあった。中でも、お祭りの写真やSLの写真が素晴らしかった。鉱山バスの写真も自分で撮ったものと聞いて驚いた。
 たくさんの蔵書の中から串田孫一氏の写真集「秩父」を取りだして見せてくれた。表紙裏に直筆のサインが書かれているのにもビックリした。写真家としての作品に惚れ込んだという。
 
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 バスの話、昔の話、写真の話、それぞれに面白く時間を忘れた取材だった。
 
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 さて、この絵が出来上がったことで「山里の記憶・第六巻」の絵が全部完成したことになる。いよいよ本作りのスタートだ。これから二ヶ月間ほど集中して本作りに入る。出版社との打ち合わせや、レイアウト、補足の文章、全体のデザインなどやることが目白押しだ。がんばらなくちゃ。
 
 
 
 

2018年9月24日 (月)

キノコが来た

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 9月23日、JICKYさんから電話があり「キノコが採れたので届けます」とのこと。昼過ぎに「富士山に行ってきました」と二袋のキノコをいただいた。大きな固体がいっぱいのショウゲンジと食べ頃のハナイグチだった。どちらも丁寧に処理されていてゴミもついていない上物だった。ありがたく頂戴して夕食で食べた。
 
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 ショウゲンジの小ぶりな物は二分ほど茹でてザルに上げ、茹でたインゲンとゆで豚の細切りと合わせて盛り付ける。上に大根おろしをかける。小皿に取り、ポン酢をかけて食べるポン酢おろし和え。これはさっぱりとして美味しかった。ショウゲンジは茹でると三分の二くらいの大きさに縮まるのでそれを計算してお皿を選ぶ。さっぱりした味は、ビールでも日本酒でもよく合う。
 
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 大きなショウゲンジとハナイグチとエノキを鍋で煮る。しょうゆ出汁のきのこ汁を作る。茹でたうどんを丼に入れ、その上からきのこ汁をかければきのこうどんの出来上がり。少々胃が疲れていたのでうどんの夕飯が有難かった。ハナイグチは本当にうどんによく合うキノコだ。ツルツルした喉ごしが素晴らしい。
 
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 山に行かずに新鮮な天然のキノコが食べられる幸せ。JICKYさんには海の幸をお裾分けしてもらったり、こうしてキノコをお裾分けしてもらったり、本当に有難い。
 先週から今週にかけて様々なことがあり、精神的に少し参っていたのでこれをきっかけに立ち直りたい。きのこ汁はそんな気持ちにさせてくれるやさしい味だった。
 
 
 
 
 

2018年9月18日 (火)

今年最後の釣り

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 9月14日から17日まで秋田に行ってきた。今年最後の渓流釣りだった。実質三日間釣り三昧したのだが、それぞれ一日ごとにショックな出来事があった。初日の釣りは順調だったのだが、デジカメを水没させて昇天させてしまった。二日目は渓流で初めて熊に遭遇したこと。一対一で10メートルの距離。熊の素早さを体で実感した。三日目の釣りではサバ模様の魚が釣れたこと。見た瞬間に「何だか気持ち悪い…」と変な気分になった。
 
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 毎年九月に秋田に行くのが恒例になっている。今年も釣りとテニスを愛する六人の仲間が秋田の西木に集まった。こうして集まれるのはあと何年出来るかわからない事なので貴重な時間だ。クリオンの自炊棟に泊まるのも毎晩の飲み会もいつも通りだった。
 二日目の朝は「再会の森」で草刈りをして、猫さん土筆さんのコブシと岡田さんのヤマザクラに献花した。高橋さんにお願いして草刈り機を借りた。急なお願いに快く応じて頂き感謝している。二日目の夜には高橋さんと沢山さんに来て頂き宴会となった。
 
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 釣りは絶好調だった。初日は阿仁川の支流でいつもの釣り。28センチを頭に20くらいの魚が遊んでくれた。ここのヤマメはピンク色の肌が美しい。この川は本当に景色もきれいで、歩いていてまったく飽きない。景色に癒やされる川。まるで自分が物語の主人公になったような気分になる川だ。デジカメの水没さえなかったら最高の一日だったのに…
 二日目の釣りは桧木内川の支流。ここもいつもの川だが、今回は渋かった。魚は出るのだが毛鉤を確認して引き返すの繰り返し。こんな事は初めてだった。それでも27センチのヤマメを頭に9つの魚が出た。
 
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 脱渓点の近くで背後の藪から何かが飛び出して上流に走り、川をバシャバシャと渡って3メートルほどの崖を飛び上がった。黒い獣で明らかに「熊!」距離約10メートル。ビックリして棒立ちになり何も出来なかった。しかし熊の動きは速かった。あの速さで向かってこられたら正直なところ何も出来ない。逃げてくれて良かった。その後は釣りなど出来ずひたすら大声を発しながら脱渓点目指して走った。いやあビックリした。
 
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 三日目も桧木内川の支流でひらり〜さんと釣り。この川は短い区間に150センチほどの堰堤が連続する藪の川。堰堤を越えるのが面倒なので釣り人はあまり入らない川だ。ここで釣った魚が不気味だった。背中に明らかなサバ模様が入っている魚。ヤマメとイワナのハイブリッドとも言われているが、そうとう気持ち悪い魚だった。魚に罪はないのだが、こういう渓魚はよくない。閉塞した区間で近親交配の結果こうなったのか、ヤマメとイワナの交配なのか。いずれにしても堰堤という人工物による弊害には違いない。
 
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 四日目は朝食を食べて解散。私は一人なので山形経由で帰る。東根の浄国寺で岡田さんの墓参りをして米沢経由で東北道に入る。ところが矢板で事故渋滞。おまけに羽生でも事故渋滞という情報。西那須野塩原で高速を下り、4号線でひたすら走る。ずいぶん遠廻りをして圏央道のインターに出て家に帰るというとんでもないロングドライブ。家に帰ったのが7時半だったから11時間運転したことになる。走行距離1300キロの旅だった。
 
 
 
 

2018年9月11日 (火)

絵を届けて丸神の滝

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 9月10日、両神の滝前に絵を届けに行った。絵を届けたのは「甘酒まつり」の黒沢マサ子さんで、マサ子さんは絵をとても喜んでくれた。紹介者の山中正彦さん夫妻も来ていてにぎやかな四方山話がはじまった。ご主人の啓作さんは畑でヒペリカムの出荷準備をしていて忙しいとのこと。85歳の現役農家というのも素晴らしい。お茶を飲み、ぬか漬けのキュウリを食べながら楽しい時間を過ごした。
 
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 山中正彦さんが制作中だった「オヒョウ」のスカリバッグが完成した。材料の関係で背負いではなく手提げに作り上げたバッグは、内側に自分で漉いた和紙を使った素晴らしい出来上がりのバッグだった。手提げの持ち手部分に工夫が凝らされていて、編み目がそのまま補強を兼ねるという美しい出来上がりだ。
 
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 しっとりとした重厚感は藁やスゲの質感と明らかに違っている。木の皮を細く裂いて縄に編み、その細い縄でバッグを編み上げるという気が遠くなるような手順を経て出来上がるバッグ。正彦さんも「たぶんこれで最後じゃないかなぁ…」と言う。貴重な材料がこうして製品になって残る。山の手仕事の決勝だ。
 
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 すっかり話し込んでしまい昼を過ぎてしまった。マサ子さんに挨拶して家を出て、向かうのは丸神の滝。マサ子さんの家の川向こうの山にある滝だ。日本の滝百選にも選ばれている名瀑で、12m・14m・50mの3段の滝だ。ちょうど水量が多いということで期待して山道を登った。登り25分、下り30分の約一時間の山歩き。久し振りの山歩きだった。小菅の山小屋へ行く道のような急坂で汗が流れ出す。
 
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 丸神の滝は岩の上を流れ落ちるやさしい滝だった。幾筋もの線になって流れ落ちる水の白が緑の山から浮かび上がる。滝壺はなく再下段で浴びる水の飛沫もやさしい。下から滝を見上げながら反対斜面を急登する。大汗をかいて登った展望台からは三段の滝全体が眺められる。じつに優雅でやさしい滝だ。紅葉の頃が最高にいいという正彦さんの言葉が良くわかる。秋にもう一度見たいものだ。久し振りの山歩きに足をガクガクさせて車に戻った。
 
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 大汗をかいたので帰り道にある国民宿舎「両神荘」で温泉に入る。雨が降ってきた露天は貸し切りで誰もいない。静かな雨の景色と温泉を堪能した。
 
 
 
 
 

2018年9月 9日 (日)

「面影画」展 開催中

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 9月9日、鴻巣の埼玉県防災学習センターに行った。9月7日から30日までここの二階特別コーナーで「面影画」展が開催されているのを見るためだった。3月に埼玉県庁防災課から連絡があり、防災学習センターで面影画展を開きたいという要請があった。その後二回ほど打ち合わせをして9月の開催が決まった。企画を担当してくれたのが学芸員の石井さんで、今日は石井さんの案内で会場を見させていただいた。
 
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 二階の特設会場には石井さんが選んだ面影画がパネルになって並べられている。面影画を描いた時の取材文章「面影の記憶」は封筒に入れられた便箋にプリントしてある。来場者はまるで手紙を読むように文章を読み、その人となりを知る事ができる。東日本大震災で亡くなられた方一人一人に人生があり、それが突然断たれるのが震災だという事がわかる展示になっている。静かな会場でたくさんの人に、亡くなられた方一人一人と向き合ってもらいたいという石井さんの言葉だった。
 
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 先日の北海道の大きな地震で来場者が増えているという。この施設では東日本大震災の実際の揺れを機械で体験できる。この日も体験させてもらったのだが、地震の時にとっさに何が出来るかを客観的に知っておくのは必要な事だと思う。あまりに強烈な揺れの前に、日頃の自信は消し飛ぶ。あの揺れの中では、たぶん何も出来ない。なにも出来ない事を知っておくのも必要な事だ。カミさんも一緒だったので共通の理解が出来てよかった。
 
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 以下、防災学習センターの面影画展の案内
 
■「面影画」展 9月7日(金)→9月30日(日)9:00〜16:30
絵師・黒沢和義氏が、現地で依頼(ボランティア)を受け、東日本大震災で亡くなられた方を描いた「面影画」。エピソードと共に展示します。協力:黒沢和義氏
 
 
 
 

2018年9月 8日 (土)

甘酒まつりをアップ

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 ホームページの秩父山里の記憶コーナーに「甘酒まつり」をアップした。盆棚の取材をした山中正彦さんに「素朴なお祭りがあるんだけど…」と紹介されたのがこの甘酒祭りだった。甘酒を作るところから翌日のお祭りの様子を取材させて頂き、新鮮な感慨を受けた。山あい四軒だけ維持する薬師様の縁日。寺尾根の薬師様は火災に遭ったものを再建したもので、ご本尊は焼けた仏像二体と新しい木彫りの仏像二体が安置されている。
 
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 前述の山中正彦さんの著書「小森森林軌道」に薬師様やお祭りのことが詳細に書かれている。その昔の物流がどうだったのか、道が出来た歴史などが克明に書かれている。地域の歴史を克明に記録した貴重な本だ。
 
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 甘酒祭りを取材した黒沢マサ子さんが「もう何十年もやってるからねぇ…」とつぶやいた言葉が頭に残っている。四軒だけになっても続けていける熱のもとは何なのだろうか。山中正彦さんが「地域にとってこういう集まりが大切なんで続けなきゃって思うんですよ」と言っていた。この言葉が力強かった。人のつながりが小さなお祭りを守っている気がした。
 
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 本当に素朴なお祭りだった。尾根の薬師堂に籠もって甘酒を飲み、持参した料理の数々を食べながら四方山話をする。話し声と野鳥の鳴き声と沢の水音しか聞こえない。ときおり尾根を渡る風が緑の葉をそよがせるだけの静かな世界。
 甘酒を飲み、頂いた料理を食べ、ボーっと山を眺めていた。何も考えないこんな時間を持ったのは久し振りだった事に気が付く。四軒だけの縁日に飛び込んだ来訪者のやることはなく、ただその場の空気に浸るだけだった。
 
 
 
 
 

2018年9月 7日 (金)

鉱山バスの取材

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 9月7日、秩父の横瀬に鉱山バスの取材に行った。取材したのは神辺竹次さん(88歳)で、60歳の定年まで西武バスの運転手をしていた時の話を聞かせて頂いた。神辺さんは終戦直後からトラックの運転手をしており、その後西武バスの運転手になった。トラック運転手だった頃に秩父鉱山の鉱石運搬をしたこともあり、その経験を買われて鉱山往復の路線バス運転手を長くやってきた。当時の苦労話や様々な昔話を聞かせて頂いた。
 
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 丸通で働いていた頃、終戦直後の話だが、アメリカ車のタクシー運転手などもやり、その当時の自動車やスクーターの写真などもたくさん持っていた。20歳の頃から写真を撮るようになった竹次さん。写真を撮る人の常として、何故か自分の写真がない。昔の写真をたくさん引っ張り出して探すのだが、大勢で撮っている写真ばかりで、自分が働いている写真が一枚もない。これには困ってしまった。話を聞いたのはいいが、どうやって絵にまとめるか……
 
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 その昔、三角屋根のボンネットバスが鉱山と三峰口や秩父を往復していた。その後はキャブオーバーバスに変わり、リアエンジンバスへと変わってきた。その歴史を全部運転手として経験してきた竹次さん。部屋には県知事からの表彰状などがたくさん掲げられていた。
 路線バスも観光バスも運転して来た。終戦から復興する日本の姿や世相を様々なシーンで客観的に見てきた。今でも趣味の写真で様々な世界を切り取って楽しんでいる。まだまだ現役の88歳だった。
 
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 取材の後、両神に走る。守屋ぶどう園の守屋幸彦さんに「ぶどう栽培」の絵を届けた。幸彦さんは絵をとても喜んでくれた。ちょうどこの日守屋ぶどう園は最後の営業だった。全てのぶどうの収穫が終わり最後の片付けをしているところだった。例年よりもずいぶん早い終了だとのこと。先日の21号台風の強風にもさほど被害はなかったようだった。絵のお礼にと最後のぶどうをたくさん頂いて恐縮してしまった。来年の8月には客として買いに来ようと思う。
 
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