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2018年6月11日 (月)

昔の道具たちをアップ

Dougutati
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「昔の道具たち」をアップした。この取材で驚かされたのは、何といっても表題の昔の道具たちだったのだが、他にもいろいろ新しい発見があった。小鹿野町出身の私には吉田町の貴布禰(きふね)神社がどんな神社だか知る由もなかったのだが、今回取材した茂一さんの家が神社の隣ということでいろいろ神社の歴史を知ることが出来たこと。椋神社に次ぐ社格だということでその歴史がよくわかった。
 
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 最も驚いたのは娘さんのご主人、田中さんに案内してもらった納屋の裏にあった「飯塚森蔵の墓」だった。飯塚森蔵は秩父事件の際、井上伝蔵と共に中心人物として活躍したが、追われる身となってどこかへ消えた人物。その後の人生が確定しない秩父事件の謎とされている人物だ。その森蔵の墓がなぜここにあるのか、田中さんに詳しく聞いたのだが、よくわからない。
 井上伝蔵の娘が荻野家の養女になり、その家が茂一さんの家の本家に当たるという。秩父事件の生々しい記憶に触れることが出来たのも大きな収穫だった。
 
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 もう一つ、田中さんから頂いた二冊の本。竹内弥太郎著「秩父吉田地方の民族散歩」と「続・秩父吉田地方の民族散歩」の二冊だ。著者が親戚ということで頂いた非売品の本とのこと。吉田地方の民俗行事・歳事がこと細かく記された貴重な内容に、思わず「欲しい」と言ったらすぐに親戚に電話してくれた。残念ながら在庫はないということで、諦めかけたのだが、田中さんが「譲りますよ」と言ってくれた。本当にありがたい事で、手に入らない本を手に入れることが出来た。田中さんにはお礼に拙著「秩父鉱山」と「山里の記憶5」を差し上げた。
 
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 取材のたびに思う事がある。この人に会わなかったらこんな事はおそらく知らないまま終わっていただろう、ということ。紹介してくれる人がいて取材が出来、絵を描いて喜ばれるのだが、本当に一番得をしているのは自分なのではないか、ということ。
 今回はそんな思いが如実に出た取材だった。本当にありがとうございました。
 
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コメント

 森蔵の墓石は井上にありますが、彼の後半生は未確定です。
 お墓近くには北海道に行ったという説明があったかと思いますが、四国・八幡浜から秩父事件後の戸籍が見つかっています。
http://www.yasutani.com/ccbziken/guide/simoyosi/simoyosi.htm

吉瀬さん こんにちは
北海道に行ったと書いてありました。四国の戸籍の事も聞きました。
何やら謎めいて、不思議な気がしました。
本気で戦って、本気で逃げて、最後まで生き抜いたのでしょう。
子孫の困窮も、あちこちで話を聞きます。
秩父事件の参加者がどれだけ必死だったか、今では考えられない事ですね。
それだけに後世に真実を残さなければと思います。

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