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2018年3月13日 (火)

甲源一刀流・逸見道場

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 3月12日、小鹿野町・両神・小沢口の甲源一刀流・逸見道場を見学した。伺った時にちょうど御当主のご母堂がいらして、道場と資料館を丁寧に案内して下さった。
 道場は「耀武館(ようぶかん)」といい、築二百年を経ても保存状態は良く、埼玉県の文化財(史跡)に指定されている。江戸時代に建てられた武道場がそのままの形で残っているのはここだけだ。剣道をやっていた身としては憧れの場所でもある。
 ご母堂に許可を頂いて中に入らせて頂く。「耀武館」の扁額を前に正座してじっと耳を澄ませると、はるか昔にここで汗を流して剣を鍛錬していた若者の息遣いが聞こえるようだった。身が引き締まる時間でもあった。
 
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 正面の柱、ちょうど人間の首の高さがえぐれている。突きを秘剣とする奥義があり、その鍛錬のためかと推測される。高い天井にどれだけの声が反響していたのか、想像するに余りある。欄間に長刀・槍・棒などの武具が掛けられている。上段の間には木刀を掛ける棚がある。すべて実際に稽古で使われたものだ。
 江戸時代から延々と伝えられる剣の技。目で見ても多分奥義はわからない。しかし、この場所で鍛錬されていたことは間違いない。その空気を吸えただけでも心が引き締まる。
 
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 ご母堂は資料館も案内してくれた。別棟の資料館は二十畳くらいの広さで、ガラスケースには各種の古文書や写真、木刀などの現物が展示してあった。明治時代、靖国神社に奉納した額の下書きが大きく掲げられている。門弟3000人の名前が書き込まれた巨大な額だ。大八車に乗せて門弟が大勢で靖国神社まで運んだという。龍の彫り物も素晴らしいものだった。こうした奉納額は全国各地の神社に広く残っている。いかに多くの門人がいたかという事がわかる。
 
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 この家に輿入れした妻女の乗った女駕籠が展示されている。遠く群馬からの輿入れだったそうな。写真の妻女は婚礼衣装の胸に懐剣を差している。時代を感じさせる写真だった。
 ほかにも珍しい品々がたくさんあって目を奪われた。これだけの歴史が、生まれた場所のすぐ隣にあったのかと思うと嘆息するしかなかった。
 ご当主の父上が書いた本が二冊あった。「甲斐源氏・甲源一刀流逸見家」および「続編」の二冊を購入した。じっくり読んで、郷土の歴史を勉強したい。
 
 
 
 

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コメント

 秩父には武芸の歴史もあるのですね。
 奥が深いです。
 ところで、靖国神社は江戸時代には存在しませんから、別の神社のことか、でなければ額の奉納は明治半ば以降のことかと思われます。

吉瀬さん こんにちは
ご指摘ありがとうございます。逸見愛作教士の時代ですから明治時代の事でした。訂正しておきます。

私の生まれた旧両神村の自慢の歴史文化財です。額については群馬県の榛名神社か、伊香保神社に大きな甲源一刀流の献額を見た記憶があります。また真偽はともかく、我々昭和世代のマンガの大ヒーロー、赤胴鈴之助は武州秩父生まれと、先輩の漫画家さんから聞きましたが、赤胴鈴之助の先生の千葉周作が甲源一刀流の道場主と対戦し引き分けたという話があるとも聞きました。
 いずれにしろ、江戸時代に、相当の隆盛を誇った道場が西秩父の山村にあり、今もその建物が現存して頂いていることに感謝申し上げます。 71歳の秩父たろう

秩父たろう様
千葉周作の話は私も聞きました。
何れにしても当時の甲源一刀流は多くの門人がいて隆盛を極めていたようです。
書籍には道場の前庭で行われた決闘の様子なども書かれていて、当時の様子がリアルにわかりました。また多くの若者が幕末の闘争に倒れたことも知りました。
甲源一刀流は郷土の誇りだと思います。ぜひ一度立ち寄ってみてください。

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