« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017年12月26日 (火)

年賀状を書いている

R0025467
 
 年賀状は住所と宛名と裏面に一行を手書きして出すと決めている。今年は全部で600枚以上の年賀状を書く予定だ。今日の段階で450枚を書いたからあと二日かかる予定。毎年一週間くらいは年賀状書きで年末の貴重な時間を使うことになる。
 裏面のテーマはイラストで描く。今年はレッズのアジアチャンピオンを祝して似顔絵を描いた。賛否はあると思うが、自分にとって最高の思い出なのでご容赦いただきたい。
 
 年賀状の名前を手書きにしているのは少しこだわりがある。住所と名前を書いている時間がその人を思い出す時間になるからだ。長い付き合いの人、最近知り合った人、年賀状だけのつきあいになってしまった人。一人一人に思い出があり、懐かしさがあり、笑顔がある。それを思い出しながら無沙汰のお詫びもかねて名前を書く。だから手書きでなければならない。年々字が下手になっているが、個人的な経年劣化なのでこればかりはどうしようもない。下手なりに頑張って書いている。
 
 毎年書く枚数が増える。山里の記憶の取材や秩父鉱山の取材が重なったので、今年は特に増えた。全員会って話した人ばかりだ。ほとんどの人がSNSやメールを知らない人々だ。メールで年賀状を済ませるなどという事はとても出来ない。
 新しい時代とは逆行してしている行為だとは思うのだが、他の方法は思いつかない。自分の思いを伝えるには、相手の環境に合わせなければ思いは伝わらない。当たり前の事だが、最近はそんな事を考えるのも時代遅れと言われそうで、少々気後れがする。
 
 いろいろあった一年を思い出し、来年が良い年になりますようにと願いをこめて年賀状を書く。大変だけれど、元旦に賀状が届くように頑張って書いている。
 
 
 
 

2017年12月24日 (日)

テニスと忘年会

R0025443
 
 12月23日、今年最後のテニスがあり、終了後忘年会となった。小豆沢テニスクラブの今年最後の試合は小豆沢公園テニスグラウンドにて行われた。穏やかで快晴のテニス日和だった。六人参加して二時間の試合だったので体は楽だった。相変わらずファーストサーブの確立が悪い。今年は何も改善されなかった。イージーミスも多く反省することが多い。
 
R0025449
 
R0025450
 
 3時に試合が終わり、加藤さんが予約した「天狗」で忘年会に突入。テニスの後のビールが旨いこと。テニスの話、釣りの話、病気の話で盛り上がる。出て来る料理を次々平らげ、焼酎のお湯割りを飲む。それにしてもみんな病気に詳しいので驚く。全員が薬を飲みながら酒を飲むという不良中年。健康なんだか不健康なんだか笑ってしまう。
 
R0025451
 
 いい気分になったところで会場を変更。二次会は板橋区役所前のカラオケ「バンバン」で歌う。四人で交代に歌い盛り上がる。知ってる歌が続くので、同世代のカラオケは楽しい。風邪も治ったので存分に歌う。楽しい時間だった。
 
R0025460
 
 来年もテニスを続けるのだから、少しは上達したいのだが、怪我をしないことを一番に考えているので無理はしない。こうして飲んで楽しめる仲間がいる事だけでも良しとしたい。
 ファーストサーブを何とかしたいものだが……まあ、仕方ないかな。
 
 
 
 

2017年12月18日 (月)

絵を届けて色々

R0025424
 
 12月17日、大滝の上中尾に「やたら漬け」の絵を届けに行った。寒い朝で、ノーマルタイヤの車は日蔭が怖い状態だったが、慎重にゆっくりと走った。遠くから見える奥山には雪雲がかかっていて山が真っ白になっている。雪が心配だったが、上中尾までは雪が降りていなかったので良かった。
 
 絵を届けたのは山中順子(まさこ)さん(85歳)で、絵をとても喜んでくれた。お茶請けがまたいっぱい出されて順子さんの料理話を聞かせてもらった。今朝焼いたという蒸しパンには栗とレーズンがいっぱい入っていた。花豆は柔らかく甘い。キュウリの塩麹漬けはサッパリと美味しい。ニンジンと茎ワカメの煮物は爽やかに甘い。そして、取材したやたら漬け。甘酒も出していただき、冷えた体が芯から温まった。
 
R0025427
 
R0025428
 
 昔、公民館の活動で地区の女性全員が参加して一人一品の料理を持ち寄って記録に残した事があった。その時の写真が出てきたので見てくれと言われて二冊のアルバムを開いた。
 氏名と料理名が記された写真が大量に収められていて、ページを開く毎に驚きが広がった。この地区にこれだけの人がいて、これだけの自慢料理があったという記録。本当に貴重な資料だと思った。見た事も聞いた事もない料理が次々に出て来る。昭和60年と書いてあったから、今から32年前の記録だ。
 店がない地域だったから料理は自分達で工夫するしかなかった。甘いお菓子やおやつも全部自分達の手で作った。そんな記録と記憶がここに納まっていた。聞けば参加者全員で少しずつ味わったとのこと。参加者はみなこれだけの料理が出ると思っていなかったのでとても驚いたという話だった。
 このような記録は今でも必要なのではないか…と思った。まとめる人が大変だろうと思うが、公民館の活動の一環でできないものだろうか。今を記録しておくことが将来大きな財産になるような気がした。
 
R0025431
 
R0025433
 
 帰りは実家に寄って野菜をもらい、道の駅で足りない野菜を買い求めた。野菜が高騰しているので秩父に行くときは必ず道の駅で買い物をする。安くで新鮮な野菜に助けらている。
 
 
 
 
 

秩父で忘年会

R0025409
 
 12月16日、秩父で忘年会。その前に午後1時半から小鹿野文化センターで「小鹿野ときめき生活推進大学」の講座を受講した。内容は森林インストラクターの山中正彦さんによる「山のくらしと植物」という講義。秩父生まれの人間ながら知らない事ばかりでとても勉強になった。山中さんの丁寧な解説と貴重な写真の数々はこれからの山里の記憶の取材にも活用出来そうで興味深いものだった。
 
R0025413
 
 4時半から「高砂ホルモン」での忘年会。参加者は吉瀬さん、kazuyaさん、長南さん、鵜住居さん、JICKYさんと私の六人。六人中四人が東京在住なのに、なぜ秩父で忘年会なのか。それは年に一回ホルモンと餃子を食べるため。
 秩父のホルモンはすっかり有名になってしまい、今は予約なしでは店に入れないほどになっている。このお店も有名店の一つで、ホルモンの種類も鮮度もすばらしかった。店内はホルモンを焼く煙でモウモウとしているが、客も慣れたもので誰も気にしない。約二時間でホルモン大盛り二皿を平らげた。痛風持ちとしてはホルモンはご法度なのだが、年に一度くらいは大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
 
R0025415
 
R0025417
 
 二次会は餃子の旨い中華屋さん。駅近くのこの店はkazuyaさんの顔なじみ。40個の餃子と焼きそば、野菜炒め、ラーメンなどが次々と胃袋に納まる。酒が回ってにぎやかになる。久し振りなのに普通に会話が出来るのがいい。いろいろ話したが酔って何を話したか覚えていない。まあ、こんな忘年会もいいものだ。
 9時過ぎ、それぞれに帰る場所へと別れる。ハイタッチなんてのも忘年会ならではの別れ方。駅でみんなと別れ、確実に二キロ太った体をホテルに運ぶ。あとは風呂に入って寝るだけ。それにしてもよく食った。
 
R0025423
 

2017年12月15日 (金)

やたら漬けをアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「やたら漬け」をアップした。取材した山中順子(まさこ)さんが命名したやたら漬けは十種類の野菜を夏から漬け込み、塩出しして刻み、調味した漬け汁に本漬けするという手間のかかる漬物だった。何でもかんでもやたらに漬けるから「やたら漬け」という名前らしい。
 毎年調味液の調合や野菜の種類を変えて美味しくなるように工夫している。昨年は、最後に振りかける焼酎をブランデーに変えたら、少しも黴びない美味しい漬物になった。今年は味付けを少し濃くしたとのこと。料理上手な人は常に工夫とともにある。
 
R0025337
 
 漬物以外の料理も驚かされた。手作りのコンニャク、栗の甘露煮、つとっこなどなど次から次に郷土料理が出てきて驚かされた。コンニャクや甘露煮は更に次の料理の材料となる。
 85歳の今でも畑で野菜を育て、様々な料理や漬物に加工する。果実は様々な果実酒に加工される。順子さんの漬物蔵はスローフードの展示室のようにも見えた。
 
R0025348
 
 ご主人の要三郎さんの話から耕地の守り神の事を知る。山中一統がここに運び安置したという神様は琴平神社と吉備神社。西日本の神様だ。どういう流れでここまで来たのか?この2柱の神様はいつからここで祀られているのか?疑問は次々に湧くが、目に映る姿は寂れて久しいものだった。
「俺たちで終わりになるんじゃないかねえ…」という要三郎さんの言葉が寂しそうだった。
 
R0025351
 
 奥秩父に限らず奥地の人口は減り続けている。高齢化も進み、子供の声を聞くこともない。ダムが出来て道が良くなり、気軽に通えるようになって更に過疎化が進んだ。滝沢ダムの工事中、最初に出来たループ橋の橋脚の巨大な姿を見上げて呆然とした事を思い出す。それなのに今はその上を普通に走っている。時の流れは残酷だ。自分の感情ですら薄くなり過去になり、それが当たり前だったように忘れてしまう。
 
 ここにこういう人がいるんだ……という一点だけでもこの作業を続けていきたい。
 
 
 
 

2017年12月 4日 (月)

栃餅作りの取材

R0025358
 
 12月4日、秩父の大滝に栃餅の取材に行った。取材したのは栃餅作り名人と言われている磯田エミ子さん(73歳)だった。風邪気味で体調が今ひとつだったのだが、二十日前から準備してもらっていた取材だったので無理して出かけた。
 栃餅は秩父の名物だが、その作り方はおそろしく手間の掛かるものだ。そして、名人と言われる人はかならず自分なりの作り方を持っている。厳密に言うと一人一人、家毎に作り方が違うと言っていい。
 
R0025367
 
 エミ子さんの栃餅は灰がポイントだという。カラカラに干した栃の実を二十日間かけて柔らかくする。樽の水を毎日替えるのだが、水を替える前に大きくかき回してアクと汚れを流す。ホースで水を注ぐと洗剤のような泡が出る。サポニンが抽出されている状態で、これが出来ないと苦みが消えない。
 二十日後、柔らかくなった栃の実を鍋で80度まで温め、すいのうで取り出す。そこにポイントとなる灰を二升程加え、鍋の湯も加えてかき回し、そのままひと晩放置する。この間に灰が効いて栃の実が食べられるようになる。灰がサポニンを分解する過程だ。エミ子さんは時々栃の実を取り出して確認する。灰が効いているかどうかを長年の勘で見極める。この見極めが難しい。何度やっても同じには出来ないという栃餅作りの肝になる部分だ。
 
R0025378
 
 いろいろ話を聞いた。今まで様々な人の栃餅作りを見てきたし、食べ比べてもきた。その中でもエミ子さんの栃餅は別格だった。苦くないのだ。しかし、栃の量が多く色は鮮やかなオレンジ色で食べると栃の香りが口に広がる。本当に食べやすくて旨い栃餅だった。
 エミ子さんにしつこく話を聞いたのだが、どうやら灰に違いないという結論になった。磯田家では栃餅作り用に日々灰を作っている。それも楢・クヌギ・ケヤキなどの良木だけを燃して作る灰だ。最近はなるべく心材だけを燃して灰を作っている。灰の種類によって灰の効きはずいぶん違うという。それは経験でわかるというのだ。
 一回に四升、12月だけで120キロの栃餅を作るというエミ子さんの言葉だから信憑席がある。普通の人はそれだけの量を作ることはない。
 
R0025382
 
 それにしても栃餅作りは難しい。取材していても疑問が出る事ばかりだ。こんなに手間をかけて作るのに、その大変さが伝わらないのももどかしい。自分では絶対に出来ない事だし、その難しさをどう伝えればいいのかと悩む。
 食べるとあんなに旨いのに、どうしたらあの味になるのかいくら考えてもわからない。経験によるもんだから……というエミ子さんの言葉に救われたような、打ちのめされたような複雑な思いだった。
 
R0025386
 

2017年12月 1日 (金)

やたら漬けの取材

R0025279
 
 11月30日、奥秩父・上中尾に漬物の取材に行った。取材したのは山中順子(まさこ)さん(85歳)だった。今回の取材には二年ほど時間がかかった。料理名人の順子さんを紹介してもらったのが二年前だった。その後何度も連絡を取り合ったのだが、折り合いが付かず、やっと今日取材することが出来た。
 というのも、今回取材した本人命名の「やたら漬け」はおそろしく時間のかかる漬物で、どのタイミングで取材したらいいか迷うものだった。何度も相談して今日の「本漬け」を取材することになった次第。
 
R0025286
 
 自分で栽培している夏野菜を収穫しながら別々に漬け込み、10月11日に全ての漬物を絞ってアクと水分を捨て、10種類の漬物を合わせる。そのまま樽に漬け込み、11月30日の今日、あらためて漬け汁に本漬けするというもの。
 野菜は10種類。キュウリ、ナス、ニンジン、大根、ゴボウ、ショウガ、ミョウガ、青紫蘇の実、レンコン、昆布となっている。レンコン・昆布以外は全て自家栽培の野菜だ。
 本漬けの漬け汁は醤油、白砂糖、黒砂糖、みりん、酢を合わせて煮立たせてから冷ましたもの。仕上げにブランデーを振りかけるというもの。本漬けして五日目に食べられるようになる。
 
R0025306
 
 お茶を頂きながら出されたお茶請けの種類と味に圧倒された。手作りコンニャクを使った白和え、同じくコンニャクとゴボウの煮物。キュウリの浅漬け、キュウリの佃煮、ゴーヤの佃煮、栗の甘露煮、つとっこ、きゃらぶきなどなど。
 どれも素朴で旨かった。料理名人と言われている順子さんの実力を実感したお茶請けばかりだった。お土産もたくさんいただいた。どんな料理も来た人に惜しげもなく配ってしまうのだという。「だからタッパーがすぐになくなっちゃうのよ」と笑う。
 
R0025337
 
 上中尾の琴平神社に参拝して栃本を回って帰路に着く。久し振りの栃本はもう冬の風情だった。相変わらず栃本関所前からの風景は美しい。
 秩父の紅葉は終わりに近づいている。集落はそろそろ冬支度に入る。正月や長い冬に向かって漬物が活躍する時期になった。順子さんの漬物蔵にはたくさんの漬物が食べる人が来るのを待っている。
 さて、五日後には本漬けの出来上がりを取材に行かなければならない。
 
R0025350
 

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »