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2017年3月

2017年3月26日 (日)

さよならレガシィ

Kuroo
 
 15年間親しんだレガシィと別れることになった。レガシィ惜別の旅行記をやっとアップすることが出来た。以下、旅行記の巻頭言。
 
 紀伊半島一周の旅が終わった。十五年間生活を共にしたレガシィへの感謝の旅だった。熊野・那智・串本・龍神・高野山・吉野山・なばなの里と回って帰って来た。七泊八日、走行距離1756キロのドライブ。最後の旅の場所は神様と仏様を巡る旅になった。多くの神様・仏様にレガシィへの感謝を伝えた。                  
 瀬音の森の活動、釣り旅、東日本大震災のボランティア、秩父の山里への旅などなど、レガシィは私の人生の大きな部分を共に過ごしてくれた車だった。本当に感謝している。ありがとうレガシィ。
 
Taki
 
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2017年3月23日 (木)

囲炉裏の取材

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 23日、下吉田の粟野山に囲炉裏の取材に行った。取材したのは出浦清平さん(92歳)で、山の家にある囲炉裏で火を燃しながら、いろいろな昔話を聞いた。
 囲炉裏はずいぶん前から探していた。今、囲炉裏のある家は別荘とか民宿しかなく、また、あっても直火ではなく炭専用だったりして形だけのものになっている。実際に火を燃して使える囲炉裏は本当になくなっていた。今回はたまたま住んでいる家ではないが、実際に使える囲炉裏があると聞いて取材を申し込んだものだった。
 
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 清平さんは92歳という高齢ながら、今でも畑仕事をしており、腰が悪いくらいで何の問題もなく生活している。記憶力も確かで、昔の話も明瞭に覚えている人だった。
 竹切り出しの仕事、畑仕事、山道を往復した話、軍隊時代の話、本当にいろいろな話を聞かせていただいた。囲炉裏で火を燃しながらの昔話は、自分が若かった頃の思い出を蘇らせてくれ、懐かしい匂いの中で楽しい時間だった。
 
 自在鉤に吊り下げた鉄瓶の湯が沸くと、コポコポと急須に注ぎ、お茶を入れてくれた。真っ黒な自在鉤には手製の魚の留め具が付いている。見上げる神棚には真っ黒に煤けた恵比寿様がちょこんと座っている。火の神様にはしめ縄がついている。
 梁も天井も真っ黒だ。昔はみんなこういう感じだった。マッコの片側を切り取り、土足で囲炉裏に向かうように工夫しているのはアイデアだと思った。これなら地下足袋を脱がなくても暖まることが出来る。木をくべるのも楽だ。
 
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 清平さんが竹を背負って運んだという山道を歩いてみた。車が走れる林道が出来たのは三年前のことだという。それまでは全ての物を自分の背中で運んだ。片道一時間弱の山道を一日に4往復も5往復もしたという。
 一町歩の畑で出来る作物は全部背負子で運び下ろした。肥料などは全部背負子で上まで運んだ。今は自動車が走れるが、88歳の時まで自分の背中で運ぶしかなかった。時にはバイクで急坂を走ったり、クロールカートを使ったりしたが、基本は自分の背で運んだ。
 
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 山の家からは正面に武甲山が見え、吉田の町並みが見える。家の敷地内に秩父事件の案内看板が立っている。秩父事件の発祥の地でもあった粟野山。近くに賭博岩があって、そこで秩父事件の主役達が密会していたのだと書いてある。確かにここは、吉田・石間・阿熊の中間にある。密会の場所には最適だった。でも、清平さんの家は仕事一筋で秩父事件には参加しなかったという。今でも真面目にコツコツと働くことが信条だという清平さんだった。
 
 
 
 

2017年3月18日 (土)

絵と本を届ける

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 17日、秩父に絵と本を届けに行った。絵を届けたのは手前味噌の会の倉林昌子さん。天気の良い日で、高台にある昌子さんの家からは小鹿野の町並みがよく見渡せた。
 昌子さんのご主人は画家で、たまたまご不在だったが、たくさんの絵を見させて頂いた。強いタッチの油絵は、私の絵とは遠く離れた境地で、思わず見入ってしまった。
 料理上手の昌子さんがアップルケーキとコーヒーを頂きながら味噌作りや郷土料理の話に花が咲いた。知り合いの話も色々出て楽しい時間だった。
 
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 絵を渡してからは本を届けに走り回った。両神の湯元さん宅に本を届ける。食堂「ななたき」に本を届け、ついでに食事する。昨夜飲み過ぎたので野菜炒めと半ライスと少なめの昼食になった。両神の道の駅で野菜と桜の花を買い、同級生と話す。
 野田自動車にファイルを届け、大滝・大輪の山麓亭に向かう。山麓亭では千島茂さんとお茶を飲みながら秩父鉱山の話に花が咲く。「鉱山関係の新しい資料が出て来たのでやるよ…」と言われ、その資料を夢中になって読む。貴重な鉱山記録だった。
 
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 大久保の千島敬子さんに頼まれた本を山麓亭に託し、岩殿沢に向かう。紀伊半島のお土産を兄の家に届け、そのまま豆腐を買うために道の駅龍勢会館に向かう。ところが、臨時休業の張り紙が貼ってあり、がっかり。
 最後は本庄の櫻井さん宅へお土産を届ける。いろいろ話してお茶請けを頂き、大根とおはぎをお土産に帰宅した。山里は春の気配が濃くなり、暖かく快適だった。そこかしこで梅の花が満開となっており、そろそろ黄色い花が咲きそうな気配だった。
 
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 そういえばそろそろ釣りも解禁になるなあ…などと思いながら車を走らせていた。
 
 
 
 

2017年3月15日 (水)

手前味噌の会をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「手前味噌の会」をアップした。この取材は二泊三日という長い取材だった。味噌作りの工程を文章にするだけで紙面いっぱいになってしまい、書ききれない事がとても多かった。
 そのひとつがお茶のみ時間のこと。休憩時間には必ずお茶が出され、参加者自慢のお茶請けが出された。これがじつにバラエティに富んでいておいしかった。ひとつひとつを取材したいようなお茶請けの数々で、本当に楽しい時間だった。
 
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 写真に撮ったものだけでも色々ある。手作りの干し柿・干し芋はほんのり甘い懐かしい味だった。参加者のご住職が点ててくれた抹茶と羊羹の時もあった。ゆずの皮を甘く煮たものはまるで数の子のように見える逸品だった。最終日に昌子さんが作って来てくれたみそまんじゅうは餡がしゃくし菜で食べた事のないおまんじゅうだった。栗の甘露煮やトマトの甘酢もあった。こうした手料理は参加者が自慢のものを持ち寄って作り方や味付けの工夫を伝えあうもので、この会の楽しみのひとつになっているという。
 参加者が作ってくるお茶請けに刺激を受けて、自分なりに工夫したお茶請けを作るようになるとのこと。料理上手が競えばさらにおいしい料理が出来る。切磋琢磨の相乗効果だ。
 
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 公民館で始めた味噌造り講座から始まった味噌作りの会。会員が60人を超え、その活動も円熟期にさしかかっている。会場の運営や道具の管理など難しい問題も多いが、毎年の作業を楽しみにがんばっている。
 手作り味噌のおいしさは作った人が一番良くわかっている。自分の手で材料を集め、自分の手で加工し、こね、仕込む。二年・三年と時間を経て味噌がおいしくなる。味噌作りはその地域の文化そのものだと思う。昔から続いている手仕事だが、時代の先端を行く機械も使いながら自分達で味噌を仕込む。子供達や孫達の世代まで続けたい食の文化だ。
 昌子さんから頂いた二年物と三年物の味噌はしっかり味わって食べたいと思う。
 
 
 
 

2017年3月13日 (月)

名古屋から帰宅

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 12日日曜日、名古屋から帰宅した。走行距離1755キロ、7泊8日のレガシィお別れドライブが終わった。レガシィは本当に良く走ってくれた。ナビのおじさんも肝心なところは頑張って表示してくれた。レガシィには感謝しかない。
 
 朝、ホテルを出て一路熱田神宮を目指した。名古屋は道路がとても広く、右折左折が大変だった。また、ウインカーを点灯せずにいきなり車線変更する車がとても多く、運転に神経を使った。カミさんと「名古屋ばしり」と名前をつけて楽しんだ。
 熱田神宮はとても歴史のある神社だ。八岐大蛇から出た草薙神剣、三種の神器のうちのひとつがご祭神となっている。歴代の天皇、武将などから厚い信仰を受け、今まで栄えてきた。
 巨大なクスノキに頭を垂れ、大きな手水舎で体を浄め、参拝を済ませ、結婚式を眺め、浄めの茶屋で宮きしめんを食べた。
 
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 熱田神宮を参拝して今回の旅で寄る場所はすべて終わった。あとは家に帰るだけ。ナビに従って高速に乗り、東名へと走る。八日間走り続けたが不思議な事にそれほど疲れていない。心配していたカミさんの花粉症は名古屋に来た瞬間にいきなり発症した。あれだけ杉の多い場所を回っていたのになんともなかったのに。花粉症の発症には都会の何らかの成分が影響してる可能性があると感じた。
 
 東名高速の事故渋滞を抜け、圏央道を通って最後は関越で所沢まで。到着時刻は6時半、全走行距離は1755キロになった。名古屋からの高速代は日曜割引きで安くなった。とにかく何ごともなく無事に帰れたのが良かった。
 7泊8日の紀伊半島一周旅。神社仏閣を中心に紀伊半島の歴史を体感する旅だった。回りたい場所は回ったつもりだが、多くの場所を見過ごしてきたはずだ。またいつか再訪して、今回の旅の欠落を補いたい。
 
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 神社仏閣にお参りする際、願い事をする人が多いと聞くが、自分の場合は感謝しかない。今までありがとうございました、という思いだけで参拝する。今回は特に感謝の旅だった。レガシィへの感謝の旅。カミさんのご朱印帳は20ページにもなった。本当に良い思い出になった。
 
 
 
 

2017年3月11日 (土)

吉野から名古屋へ

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 吉野元湯の温泉と料理は最高だった。島崎藤村が滞在したという宿で、ぬるめの温泉と細やかな味付けの懐石料理を堪能した。今回の旅一番の贅沢をした気分。
 朝食も素晴らしかった。また再訪したい宿のひとつになった。出来れば桜の花が咲く頃に来られればいいなあと思う。
 
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 吉野神社は後醍醐天皇を静める社。平安時代さながらの装束で神職が朝餉を捧げる場面に巡り合わせ、じっくりと所作を拝観する。南北朝時代からずっと続く所作を見ながら、歴史の舞台であった吉野を実感する時間だった。
 後ろ髪を引かれる思いで吉野を後にして名古屋を目指す。途中の道の駅でせんとくん人形を発見し、記念写真を撮る。生せんとくんを初めて見たが、あまり可愛くないのがいいのだとわかった。
 
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 順調に名古屋まで走ったのだが、高速を下りる場所を間違えて一時間ほどロス。名古屋はさすがに車が多い。駅前のホテルにチェックインしたのが3時だった。
 ここからはカミさんの希望でなばなの里に向かう。日本一のイルミネーションがある場所で、旅のフィナーレにしようという計画だ。今までは自分の見たい場所ばかり回って来たので、最後はカミさんの希望に応えようというゴマすり。まあ、自分でも見てみたい場所ではあったが、一人だったら多分行かない場所かもしれない。
 
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 名古屋から直行バスで会場に行き、ビールを飲みながら6時10分の点灯を待つ。点灯の瞬間多勢の観客から歓声が上がる。さすがに日本一というだけあって、見事なイルミネーションだった。光のトンネルからメインステージへと一方通行を歩く。メインステージはこれがイルミネーションかという映像の素晴らしさに感心した。少し寒かったが、高野山の寒さに比べれば楽なもの。帰りもバスで座ってのんびり帰って来た。
 
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 駅前のホテルは土曜日という事もあって夜も人が一杯で、カフェもバーも満席だった。外に出るのもおっくうなので、部屋でビールを飲んで最後の夜を過ごす。明日は熱田神宮に立ち寄って東名で一路帰宅の予定。長かった旅も明日終わる。あっという間の7日間だった。
 
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2017年3月10日 (金)

高野山から吉野山へ

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 朝6時から宿坊の勤行に参加した。雪が降っている朝の本堂は本当に寒かった。ストーブはあるのだが、ストーブの周りは外国人に占領されて近づけない。寒さに耐える勤行、これも修行のひとつだとあきらめる。雪で真っ白になった庭が美しかった。白い庭を眺めながら入れ立てのコーヒーが飲めたのは嬉しかった。
 
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 朝食は部屋で精進料理。簡素だがおいしい精進料理は、お坊さんではなくて調理師さんが作っているとのこと。ひとつひとつを味わって食べる。
 9時にチェックアウトして奥の院の参拝に向かう。雪が残った奥の院は寒かった。杉の巨木が林立する墓所には戦国武将の墓から歴代将軍、戦没者、政治家、企業家などなどの墓が所狭しと並んでいる。巨木に囲まれた聖地は時間と歴史がないまぜになった不思議な空間だった。
 今も弘法大師が住んでいるという燈籠堂は厳粛な中で護摩が焚かれていた。護摩木を求め、心願成就の願いを記入する。明日の朝に焚きあげていただけるとのこと。1200年続くという歴史が今目の前でも展開していることの不思議さと自然さに驚かされる。
 
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 何だかいろいろ考えさせられた奥の院参拝を終え、一路吉野山を目指す。途中のドライブインで柿の葉寿司を求め、休憩がてら食べる。鯖と椎茸を3個ずつで700円。柔らかい酢飯がおいしかった。柿の葉の香りは特になく、防腐効果を求めてのものなのだと知る。あちこちに柿の葉寿司の看板があるので、名店で食べたらさぞ旨いものなのだろう。
 
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 吉野山に来たのだが、駐車場がなくて困った。道は細くすれ違うことも難しい。上へ上へと走ったらいつもまにか奥千本の看板まで来てしまった。細い道を引き返し、前千本の駐車場に車を停めて、歩いて金峯山寺に向かう。吉野は歩く観光地だ。見渡す山々は桜で埋まっている。残念ながらまだ桜は咲いていないが、咲いた姿を想像しながら歩く。これはこれで楽しい。桜の季節はさぞ見事だろうが、この細い道に何十万人もの人が押しかける事を考えるとぞっとする。絶対車で来ない方がいい。
 
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 金峯山寺は圧巻のお堂だった。残念ながら蔵王権現のお姿は拝観できなかったが、堂内の様々な仏像が時代を感じさせてくれた。また巨大な柱に手を触れるだけでも歴史を感じる事ができた。役行者が開祖という修験の聖地。南北朝時代には南朝の御所だった場所。後醍醐天皇の怨念を静めている場所。想像するのも難しい歴史がここにある。
 そんな場所に普通に生活している人がいて、明るい土産物屋のおばちゃんがいる。観光地として見るのか、歴史の生きた教科書として見るのか……奥が深い。
 
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 今日は吉野温泉元湯に宿泊する。さすがに疲れが溜まっているので、ぬるめの温泉にゆっくり浸かって疲れをほぐす予定。周りに何もない一軒家なので、夕食もここで食べることにした。さてどんな夕食になるか楽しみだ。
 
 
 
 

2017年3月 9日 (木)

いざ高野山へ

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 みなべ町から龍神温泉を経て高野山まで走る。
 みなべ町は梅の里。いたるところに梅林がある。驚いた事には険しい山の頂上付近まで開墾して梅の木が植えてあること。秩父で至るところに杉林があるのに似ている。なぜそんな所にまで梅の木を植えるのか、ちょっと驚く景色だった。
 
 龍神温泉まで約50キロ。川沿いの単調な道を淡々と走る。川は鮎が釣れるらしく、あちこちにおとり鮎の看板が出ている。釣趣を誘うきれいな川だった。
 龍神温泉の元湯に入る。700円で日本三大美肌の湯を楽しんだ。弱アルカリのツルツルした泉質で肌がきれいになるのもわかる気がした。今回初めて知ったこと。日本三大美人の湯は龍神温泉と島根の湯の川温泉と群馬の川中温泉だという事。知らなかった……
 
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 龍神温泉から高野・龍神スカイラインに入る。入り口にチェーン規制の看板が出ていたので少しためらったが「まあツルツルだけどスタッドレスだし…」自分に言い訳をして走る。しかし、この先が凄かった。高度を増すにしたがって道路脇の雪が増え、そのうち路面まで真っ白な雪世界になってしまった。ツルツルのタイヤで走るのは危険この上ない事だが、戻る事も出来ないのでそのまま慎重に走る。レガシィもよく走ってくれた。こんなタイヤで雪道を走ることになるなんて考えてもいなかった。怖かった……。
 
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 何とか雪道をやり過ごし、山を下ったところにいきなり高野町が現れた。お堂や伽藍・宿坊が軒を連ねる町だ。金剛峯寺の前の駐車場に車を止めてひと息つく。外は雪が舞っていて、車載の温度計は1度になっている。風もあって雪が横なぐりに降っている。
 あこがれの高野山。目の前に金剛峯寺が建っている。ひと休みして厚着をしてから参拝に向かう。お寺さんの参拝はとにかく寒い。雪が降る日などはもう目も当てられない。暖かい部屋でお茶のサービスを頂いた時は生き返る心地がした。
 
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 金剛峯寺から壇上伽藍へと向かう。根本大塔の本尊・大日如来像の前で言葉を失う。正座したまま動けない。障子の外から差す光の強弱で表情が変わる。1200年前にこの像を造る技術と情熱の根本は何なのか……密教という宗教の力をまざまざと見せつけられた。また、壇上伽藍には様々なお堂が併設されていて見て回るのが楽しかった。
 大門を見てその大きさに驚き、女人堂を見て女人禁制の高野山を感じ、町そのものが聖地なのだと知る。その中に郵便局があり、幼稚園があり、喫茶店があり、スナックがある。懐の深い宗教なのだと実感した。
 
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 今日は宿坊に泊まる、それも天然温泉付きの宿坊福智院だ。迎えてくれたお坊さんの話も楽しく、これから予定を聞く。温泉、夕食、写経、就寝、朝6時からのの勤行、朝食、チェックアウトは9時とのこと。宿坊に泊まるのは初めてなので楽しみだ。本日の利用者のうち三分の二が外国の方だとのこと。高野山は世界中から人が集まる場所のようだ。
 
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2017年3月 8日 (水)

海と芦雪を見る

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 今日は那智勝浦から海沿いの道をひたすら走って田辺の先、みなべ町までやってきた。
 太地町のくじら博物館から串本まで走り、大島と潮岬を回った。海沿いの道は波も穏やかで様々な港町の姿を見ることが出来た。車窓の左に常に海を感じるドライブだった。
 大島ではトルコ軍艦遭難慰霊碑に参拝して追悼した。潮岬灯台を見て車を走らせ、ナビが使えなかったので勘で紅葉屋本舗を探して訪ねた。五種類のヨウカンを味見させて頂き、ご主人の話を聞いて五種類とも購入した。今まで食べたことのないヨウカンで、帰ってから食べるのが楽しみだ。
 
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 串本の無量寺へ行く。途中の道が細くわかりにくかったので何度も迷いながらやっとの事で到着。応挙芦雪館の虎図・龍図を観た。特に芦雪の虎図は素晴らしく、夢中になってしまった。巨大な虎を描く筆の勢いや墨の濃淡など、原画でなければわからない素晴らしさを堪能した。芦雪の虎図を観るのは今回の目的の一つだった。じっくりと見ることが出来て本当に来て良かった。長沢芦雪、京都から16日かけて来て、4ヶ月滞在中に膨大な数の襖絵を残した応挙の一番弟子。45歳という若さで世を去った天才絵師。その技をこの目に焼き付けることできた濃密な時間だった。やはり絵は本物を見なければわからない。
 
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 無量寺で時間を使ってしまったので遅くなってしまった。白浜に取る予定だった宿が満室だったため、みなべ町まで走らなければならなくなったので急ぐ。
 今日の宿も夕食はなしで予約したので、途中の田辺で食事をする。駅前の宝来寿司に入って地元ならではの料理を聞くと「ひとはめ寿司」と「あがら丼」という答え。ひとはめとは、ひろめという海藻のこと。ワカメより幅広で柔らかい海藻で作る巻き寿司とのこと。あがらとは私達という意味で、店の自慢丼とのこと。本日はふっくら太刀魚丼とのことで、その二つを注文する。
 
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 ひとはめ寿司は芯に〆鯖が入っていて、柔らかくかみ切れた。噛んでいるうちに海藻とご飯と鯖が一体になる巻き寿司だった。太刀魚はふっくらと柔らかくアナゴ丼のような味だった。 
 こうしてその場所ならではの料理を食べるのが旅の醍醐味で、旅館の夕飯がいくら豪華でも代えがたい。
 今日も目と舌で南紀を楽しんだ。明日は何が待っているのか……。
 
 
 
 

2017年3月 7日 (火)

那智勝浦まで

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 昨夜は湯の峰温泉に泊まった。世界遺産の「つぼ湯」は団体さんが交代で使っていて入れなかったが、宿の温泉がとても良かったので大満足。夕飯は本宮大社門前で買ってきた「さんま寿司」と「おまぜ」で済ませた。どちらも旨かった。
 
 今朝はまず大斉原(おおゆのはら)で身を清めた。明治22年までここに本宮大社があった場所で、日本一の鳥居に守られた神域だ。ここの空気はすごい。何かに見つめられている気配が凄かった。自然と背筋が真っ直ぐになる。人がいなかったのでゆっくりと空気を味わった。
 
 次に向かったのは那智駅。駅前に世界遺産情報センターがあり、ここで那智全般の勉強をする。昔は京都から16日掛けて那智までたどり着いた事を知る。火祭りのビデオなどで那智を学習し、近くの補陀洛山寺に向かう。境内の大楠で写真を撮り、お寺さんの中を見させてもらう。係の人の丁寧な解説に、平安時代から続いている由緒あるお寺だという事をつい忘れてしまう。補陀洛渡海の船が展示されており、信仰のリアルさを感じた。熊野という土地ならではの信仰なのだろう。
 
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 熊野那智大社に向かう。昨日の疲労が足に残っていたので大門坂を歩くのはやめて表参道から参拝する。それでも473段の階段は足にくる。那智大社に着いて後方を振り返ると巨大な山塊が目の前にそびえる。なんという高さに作られた社殿なのか。強風が吹き上げ、五色の旗と日の丸が真上に吹き上げられている。
 参拝を済ませ巨大な楠の胎内くぐりを行う。健康長寿に御利益があるそうだ。楠の胎内くぐりとは驚いた。続いて那智山青岸渡寺に参拝する。ここの造形と内部の精緻さに圧倒された。中に入ってしばらく動けなかった。強く強く胸に迫ってくるものがあった。あれは一体なんだったんだろうか……。
 
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 那智の滝までの下り坂が長かったこと。ツルツルに踏みならされた巨石の石段がここを訪れる人の多さを教えてくれる。老若男女が、善名善女が杖を片手にふうふう言いながら石段をわたる。平安時代から続いている滝への道。下りきって見上げる岩壁に完璧な姿を見せる那智の滝があった。神の姿と言われる滝はどう賞賛しても言葉足らずになりそうだ。じっと見上げて言葉をなくす。
 
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 車に戻ったのが2時。今日の宿を那智勝浦に決め、まだ時間があるので昼食と夕飯を兼ねた食事に串本へ向かう。秋山さんから紹介してもらった萬口が明日は休みのため、今日行くことにした。勝浦から串本まで往復60キロ、鰹茶漬けを食べるために走る。
 三時半に到着して店に入り、鰹茶漬けをいただく。噂通りの美味に大満足。店内にはたくさんの色紙が飾ってあってびっくり。旨い店はみんな知っているということだ。
 
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2017年3月 6日 (月)

熊野に来ている

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 5日の日曜日に8時間かけて紀伊半島の尾鷲に来た。今日は熊野に来ている。
 レガシィのお別れドライブに選んだのは紀伊半島一周の旅。レガシィへ長年の感謝を込めて、最後の旅は神様の多い清浄な地を選んだ。またこれは神様に今までの人生のお礼を伝える旅でもある。
 今日は朝から雨が降っていたが、花の巌神社を参拝して、新宮の速玉大社から阿須賀神社、神倉神社と回って最後は熊野本宮に詣でた。
 本当にそれぞれ空気が違う神社ばかりで歴史の深さを感じるばかりだ。遠くであこがれていた場所にこうして来る事が出来た。しっかりと自分の目と心で気配と歴史を感じとりたい。
 
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 今回は行き当たりばったりの旅で、宿泊場所を決めないで回っている。昼過ぎに宿に連絡して宿泊を決める。そして、夕飯を頼まない。旅館やホテルの夕飯は食べきれないので、外に出て好きな物を食べることにした。めはり寿司やさんま寿司、おまぜやなれ寿司などなど食べたいものがたくさんあるので、そういうもので夕食にしてもいい。
 
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 明日は那智大社から那智の滝を見て那智勝浦に泊まる予定。その先はまだ何も決めていない。どこまで回れるかわからないが紀伊半島を楽しみたい。
 それにしてもこの半島の山々はすごい。深く険しいし、常緑樹ばかりなので山が全部緑色をしている。モコモコした山々がどこまでも重なっている。こういう場所で誕生した神様はかなり強い神様なんだろうと思う。落葉広葉樹のやさしい山に産まれた神様とはずいぶん性質も違いそうだ。
 なぎの木も凄かったしオガタマノキも凄かった。面白いものがたくさんあるので、目を皿のようにしている。
 
 
 
 

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