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2016年10月

2016年10月30日 (日)

秩父で取材といろいろ

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 10月29日、秩父で縄綯いの取材をした。朝6時に家を出て8時到着。取材をしたのは寺尾の大畑忠夫さん(85歳)だった。忠夫さんは昔ながらの道具をたくさん所蔵していて、それを今も使いこなしている人だった。今回は「足踏み縄綯い機」を使ってワラ縄を綯う様子を取材させてもらった。
 
 この日は忠夫さんが協力している「萩平さんぽ展」設営の日で、知り合いもたくさん来て忙しく作業をしていた。その中で同じブースで準備していた太幡久人さんと小菅光夫画伯に挨拶をして写真を撮らせてもらった。
 萩平さんぽ展は茅葺き屋根の萩平公会堂を中心に民家の軒先や納屋に絵画や写真を展示して、さんぽ感覚で観覧してもらおうという企画だ。景色の良い田園地帯をさんぽしながら絵画や写真を楽しむ贅沢なイベント。農産物販売や料理提供もある。
 
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 午前中で取材を終えて、両神に絵を届けに行く。黒沢幸男さんに「ドラム缶炭焼き」の絵を届けた。幸男さんがちょうど畑から戻ったところで無事に渡すことが出来た。幸男さんは絵をとても喜んでくれた。
 次は幸男さんを紹介してくれた野田自動車の悦子さんに紹介者用のファイルを届けに行く。紹介者には本人と同じ絵のファイルを届けるようにしているのだが、これも喜ばれる。
 
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 昼過ぎになったので小鹿野の「まる銀たじま」に行き、ミニ親子丼とうどんセットでお昼。店主といろいろな話で盛り上がる。取材記録の確認などカウンターで時間をつぶして二時を待つ。今日はJリーグのジュビロ磐田戦をここで見させてもらう。レッズは今日勝つか引き分けでセカンドステージの優勝が決まる。店主に無理を言って、4時まで店のテレビを見る。
 
 大声で叫んだり拍手したり迷惑な客だったが勝ったのでよかった。レッズセカンドステージ優勝おめでとう。でもこれは年間チャンピオンへの一歩でしかない。最終的に目指すのは年間チャンピオンなので、舞い上がるわけにはいかない。サポーターも気を引き締めて最後の戦いを後押ししたい。
 
 
 
 

2016年10月26日 (水)

放送ライブラリー

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 10月26日、公益財団法人『放送番組センター』の「放送ライブラリー」から手紙が来た。私が出演したNHKの番組を放送ライブラリーで保存・公開する事への承諾を求めるものだった。特に異存はないので承諾の返書を送った。保存・公開される番組は以下の通り。
 
 番組名  ラジオ深夜便 明日へことば
      被災地のために私のできること (1)黒沢和義
 制作社  NHK
 放送局  NHKラジオ第一
 放送日  2012年8月12日
 
 以上の番組は横浜市中央区にある横浜情報文化センター10階(放送ライブラリーの入り口は8階)にある公益財団法人『放送番組センター』の「放送ライブラリー」にて無料視聴が可能になる予定だ。
 一度行って自分で聞いてみたい。こうして消えてしまった番組が再視聴できるようになるのは本当にありがたい。
 2012年8月12日はちょうどロンドンオリンピック閉会式の日で、放送が急遽FM放送に変更になってしまったので、聞けなかった人も多かった。私も聞けなかった……(^^)
 
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 放送ライブラリーではドラマ・時代劇・ドキュメンタリー・バラエティー・アニメなど様々な番組が視聴できるほか、名作CMなども視聴できるそうだ。こういう施設があることは知らなかったので、是非一度行ってみたい。
 
 
 
 
 

ドラム缶炭焼きをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「ドラム缶炭焼き」をアップした。
 今回取材した黒沢幸男さんは知り合いの紹介だった。最初連絡を取った時は幸男さんが体調を崩して取材が延期になり、その後何度か連絡したが、ちょうど炭を焼いていない時期だったりして延び延びになっていた取材だった。今回はタイミング良く条件が合って、連絡後すぐに取材が出来たのでラッキーだった。
 
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 畑の中でドラム缶を使った炭焼きの話を聞いたのだが、周辺に漂う煙の匂いがとても懐かしいものだった。炭を焼く煙は独特の匂いがしてすぐにそれとわかる匂いだ。風向きによっては煙から逃げ回るような事になるのだが、それもまた楽しい。
 二時間も座り込んでいたら、煙の匂いが体全体にしみ込んだ。その時にはわからなかったが、車に乗ってしばらくして気づいた。山で焚き火をした時もそうだった。帰るときに気付いて、何となく懐かしくなったりする。煙の残り香は、昔の記憶を思い出すスイッチになる。
 
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 煙の匂いが好きだ。炭焼きでも焚き火でもそうだし、燻製の煙も好きだ。何だろうかと考えて思い当たるのは「囲炉裏」の記憶だ。
 子供の頃に囲炉裏で火を燃すのが仕事だった。煙まみれになりながら、いかに煙を出さずに燃やせるかを工夫した。枝の組み合わせや種類を変えることで煙を少なくする。煙を出さずに安定した焚き火をするにはどうしたらいいかを考えた。自分の焚き火は自分でやる。そんな焚き火哲学を身につけられたのも囲炉裏があったからだ。
 カマドや風呂釜の焚き付けも仕事だった。一発で燃えつく火のつけ方を考えて工夫した。薪の種類も燃え方も覚えたし、焚き付けの素材もいろいろ覚えた。そこにある物で最善の焚き火が出来るようになり、小学校高学年には、いっぱしの焚き火番になっていた。今でも焚き火は最初から最後まで自分でやりたい。
 
 囲炉裏がなくなってずいぶんたくさんの物がなくなった。物だけでなく、囲炉裏の周囲で行われていた料理や細工物や行事がなくなった。囲炉裏は家の中心だった。文化だった。囲炉裏がなくなって山村の文化が消えたように思う。囲炉裏の取材がしたいが、もう囲炉裏はない。
 
 炭焼きの煙の残り香が囲炉裏を思い出させてくれた。懐かしい記憶につながる煙の匂いだった。
 
 
 
 
 

2016年10月20日 (木)

竹縄作りに行く

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 20日、東秩父村の萩平に竹縄作りの見学に行った。中学校の生徒に竹縄作りを体験してもらう体験学習会で、萩平の人たちが講師になる。9時集合で準備が始まる。前回お世話になった梅澤さんがまとめ役で、テキパキと段取りが組まれた。手分けしてそれぞれの準備が始まる。
 
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 私は自分の手で竹縄を作ろうとお願いして竹へぎの作業をさせてもらった。竹へぎとは十日間水に浸けて柔らかくした竹をうすく剥ぐ作業。熟練した人は一本の竹を8枚にも薄くへぐという。自分でやってみてその大変さがよくわかった。
 まず、最初の一枚を剥ぐのが難しい。徐々に厚くなってしまい、身が下にゆくごとに薄くなってしまう。薄く剥ごうとすると節で切れてしまう。一本まるまる無駄にしてしまい、二本目から慎重に剥いだ。
 何とか一本で四枚剥げるようになった。節の所は薄刃(うすば:竹へぎ用の刃物)を左右交互に少しずつあおるようにすると上手く剥がれることがわかった。
 午前中に4本の竹を薄くへぎ、片よりの縄を作る。しばらく作っていたら、梅澤さんから「巻きが逆だねぇ…」と言われてビックリ。巻く方向が決まっていたのを知らなかった。我流でやるとこういうことになる。すぐに作り直し。
 何とか午前中で片よりを作ってクモデ(十字型の棒)に巻き付けたのが写真のもの。これでは縄にするにはまったく足りず、あと4倍くらいの長さが必要になると言われて、自分で剥いだ竹だけで竹縄を作ることは諦めた。
 
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 午後1時半に中学生16人が先生の引率でやってきた。みんな挨拶が大きな声でいい。一気に会場の公会堂がにぎやかになった。ここからは私は見学者。新聞記者さんや教育委員会の皆さん、学校の先生、民族学研究者などなどたくさんの人が集まってきた。中学生が竹縄を作るところを写真に納める。私は隅の方で遠慮気味に取材を続けたのだが、全体の流れがわかったので若林さんに挨拶をして取材を終了した。
 
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 自分で実際にやってみる事が目的だったので、中学生が作るのを見届けなくても良かった。途中で一人竹へぎで指を切った子供がいてちょっとした騒ぎになったようだった。中学生がこういう体験をするのはとても大事な事なので、怪我の事で次回以降の開催を考え直すような事にならなければいいがと思った。
 
 
 
 

2016年10月15日 (土)

サイスタから帰宅

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 レッズ優勝! 素晴らしい試合だった。結局PK戦までもつれこんだが最後は西川が止めて試合が決まった。長い長い試合だったが、勝った時の思いはなんとも言えない時間だった。
 タイトルを取るのは9年ぶり、ナビスコカップは十三年ぶりという快挙だった。
PKを止めて、遠藤がPKを決めて試合を勝ったはずなのだが、その辺の記憶があいまいになっている。何だかわからない時間が間に入っているようだ。
 
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 勝った余韻を楽しむためにスタジアムでじっくり時間を過ごした。飲んで食べて電車の混雑がなくなるのを待って帰ろうとしていた。そこへJICkYさんからの「祝杯を上げませんか」というメール。新座で待ち合わせて二次会。
 勝った余韻を楽しむには最高の相手を得て、今日の試合をふり返りながら酒を酌み交わす。なんという至福の時間。この時間のために今までの戦いがあった。勝つということはこういうことなんだと幸せをかみしめる。
 
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 あとはリーグ戦で勝つことと天皇杯で勝つこと。それが達成できればサポーター冥利に尽きるというものだ。ガンバレ浦和レッズ!
 
 
 
 
 

2016年10月13日 (木)

秩父で取材

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 12日、小鹿野町両神に「ドラム缶炭焼き」の取材に行った。
 取材時間は午後二時からだったので、午前中にダリア園を見た。園長の神林さんから券をいただいていたのでちょうど良かった。
 駐車場はすでに一杯で大勢の観光客が来ていた。大小のダリアが咲き乱れる様は壮観だった。快晴の下で見るダリアは本当に華やかで気持ちいい景色だった。
 
 そのまま出原の黒沢富夫さん宅に伺う。「おしとぎ」と「お天気占い」の原稿を確認する為だったのだが、まり子さんから「まあ、あがっていきない」と誘われ、お茶を頂く。富夫さんが草刈りから帰って来て、「サクラシメジがあるんだよ。おっきりこみを作るから食べていきない」と言われた。サクラシメジは今朝近所のキノコ名人が採ってきたものだそうだ。サクラシメジは食べたことがなかったので、ありがたくご相伴にあずかることにした。
 
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 まり子さんが作ってくれたサクラシメジたっぷりのおっきりこみは本当に旨かった。図々しくお代わりなどしてしまった。二人の話が面白くて時間があっという間に過ぎた。気がついたら取材の時間が迫っていて、あわてて挨拶をして取材先に向かった。
 
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 ドラム缶炭焼きを取材したのは串脇耕地の黒沢幸夫さん(85歳)だった。何度か取材の話が流れて、三度目に実現した取材だった。
 幸夫さんは二台のドラム缶を使って炭焼きをしている。販売もしているのだが、倉庫には在庫の炭が200袋以上山積みされていた。炭焼き用の薪も一年分くらい山積みになっていた。
 75歳の時に大病を患ってから、健康管理の為に炭焼きを始めたとのこと。体を動かしていることが健康の秘訣だと、長いまつげを揺らして笑う元気な幸夫さんだった。
 畑の隅に設けられた炭焼き小屋で話を聞き、一段落した後にご自宅に伺い、お茶を頂きながら様々な話を聞いた。
 
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 今日の取材で第五巻の取材が全て終わった。この話をまとめて、絵を描いて届ければ本の制作に入ること出来る。さて、頑張って良い絵を描こう。
 
 
 
 
 

2016年10月 9日 (日)

ルヴァンカップ観戦

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 サイスタから帰宅。ルヴァンカップ準決勝第二戦を見てきた。相手はFC東京。第一戦を2:1で勝っていたのでアドバンテージはこっちにあった。
 天気が心配だったが、雨も降らず快適な観戦日和だった。久しぶりの観戦だったが、楽しかった。とにかく選手が頑張った。
 
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 興梠がハットトリックの大活躍。エースが爆発すれば負けることはない。三点目のPKは高木に蹴らせて欲しかったが、まあ勝ったから良し。
 最後に一点取られたが勝敗に関係ない一点だったので余裕だった。スタジアムの雰囲気も何となくのんびりしていて、むしろ決勝の相手がガンバと決まった瞬間の方が禁鳥が走った。
 
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 いよいよ15日が決勝だ。相手はガンバ大阪。何度も悔しい思いをさせられている相手だ。相手にとって不足はない。結局、ガンバ大阪を倒さなければ優勝はないということだ。
 腹をくくって応援しよう。
 
 
 
 
 

2016年10月 7日 (金)

絵を届ける

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 10月7日、小鹿野に絵を届けに行った。絵を届けたのは三島の丸山ヒデ子さん。朝7時半に家を出て、着いたのが10時。二時間半かかった。金曜日なので車が多かった。
 ヒデ子さんは絵をとても喜んでくれた。料理上手なヒデ子さんが次から次に美味しいお茶請けを出してくれ、お茶を飲みながら料理談義になった。
 コンニャクの煮物は昨日届けられた生芋をすり下ろして作ったもの。普通の人では料理にならない生芋からのコンニャク作りが簡単にできる事に驚いた。柔らかくてじつに美味しいコンニャクの煮物だった。
 ハヤトウリの浅漬けを細い千切りにしたものは、歯ごたえがコリコリと絶品だった。
 豊後梅の大きな梅干しは甘く漬け込んであり、食べ応え満点の梅干しだった。薄味なのでお茶請けにピッタリだった。
 ナスのぬか漬けは安定の味。これだけの料理がお茶請けに出て来るなんて贅沢な事だろうか。ヒデ子さんは本当に料理が好きで、いろいろ工夫するのが好きだという。今までに取材した人や料理の話をしながら時間を忘れた。
 
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 次に伺ったのは98歳のおばあちゃん浅見しげさん宅。9日の吉田の龍勢まつりに自分の龍勢を上げることになり、招待されたので挨拶に伺った次第。せっかく招待して頂いたのだが、9日には予定が入っており残念ながら伺えない。
 しげさんは98歳の身で発射台に立ち、息子の清さんが口上をを述べるとのこと。一生一度のの晴れ舞台に参加出来ないのは残念だが、急な話だったので仕方がない。しげさんはとても残念だと言ってくれた。本当にありがたい事だ。
 せっかく来たのだからと梅干しやナスやジャガイモをお土産に頂いた。98歳の矍鑠たる姿に力をもらってお礼を言った。
 
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 昼になったので「まる銀たじま」で昼食。今日はミニ親子丼とうどんのセット。釣りの話をしながらゆっくりと味わう。いつもながらここの親子丼は旨い。
 
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 午後は両神に回り、道の駅で買い物、湯本さん宅に挨拶。今宵荘の下見。ムクゲ公園で美術館を鑑賞。などなど忙しい秩父回りだった。
 
 
 
 
 

2016年10月 4日 (火)

若冲を見に箱根へ

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 10月4日、若冲の絵を見に箱根に行ってきた。
 場所は箱根の岡田美術館。上野の美術館で44万人の来場者を集めたという83年ぶりに再発見された「孔雀鳳凰図」を見るのが目的だった。
 前夜は某ホテルの訳あり半額プランというコースで夕飯なしの温泉を楽しみ、朝一番で岡田美術館に入った。目的の絵は二階の奥に展示されていた。
 
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 朝早かったので人も少なく、二時間ほどじっくりと見ることが出来た。絵を描く身として、どう描いているかを見るには実物を見るしかない。ガラスに顔を押しつけるようにしてガン見した。隅から隅までじっくり見た。そして…、ため息をついた。
 これはもう人間業ではない。線の起筆・終筆の正確さ。大きさが正確に揃った点描。鳥の羽根に見る配色の見事さと線の正確さ。松の葉の勢いと折り重なり具合の見事さ。牡丹や桐の葉のリアルさ。どこを見ても手抜きした描写はない。本当に人間業とは思えない。出るのはため息ばかりだった。
 
 丸三時間、美術館にいたのだが、おそろしく疲れた。絵を見るのは本当に疲れる。でも、見て良かった。本物を自分の目で見ることが、どんな情報や映像を見るよりもよく理解出来る。
 蕪村の絵も展示されていたのだが、それをじっくり見る気力はもうなかった。
 
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 午後は箱根神社に参拝。「山里の記憶」の本を作る前に必ずおこなっている恒例の参拝で、これで4回目の参拝となる。絵の神様の窓口だと思っているので、真剣に参拝してきた。
 境内は相変わらず中国人の参拝者が多かった。心なし以前よりもマナーが良くなっているように感じたが、気のせいだろうか。
 
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 乙女峠を越えて富士山の見えるドライブインで休憩。ここからの富士山は本当にきれいだ。しかし、このドライブインも客の大半は大型バスの中国人観光客だった。
 箱根は人気観光地だから仕方ないのだろうなと思いながら高速で帰路に着いた。
 
 
 
 

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