2017年7月20日 (木)

秩父鉱山の取材

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 7月19日と20日の二日間、「秩父鉱山」の取材で走り回った。
 19日は中津川の幸島家に取材をした。幸島家といえば中津川の名主で鉱山の採掘に関しては江戸時代から中心的な活躍をしてきた家だ。ご当主は34歳と若く、中津川キャンプ場を経営している。夏休み前の忙しい時期の訪問となったのだが、快く迎えていただいた。
 
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 37年前に開業したキャンプ場だが、30年ほど前に会社のキャンプで利用したことがあり、その当時の話などの昔話に花が咲いた。30年前よりも建物が増え、木が大きくなったキャンプ場は4月から11月迄営業しているとのこと。
 訪問の目的は二つあった。一つは幸島家に江戸時代から伝わる鉱山日誌があり、それを見せてもらうこと。これは、埼玉大学に貸し出してあるという事で拝見することは出来なかった。
 もう一つは幸島家の敷地内に建つ「源内居」を見せていただくこと。こちらは現在非公開となっているとのことで、こちらも断念。
 世間話から昔話などしているうちにご母堂から「せっかく○○さんの紹介で来てもらったんだから座敷だけでも案内したら…」というありがたい言葉があり、源内居を見せていただける事になった。
 源内居は平賀源内が江戸時代に幸島家に滞在した折、自分の設計で建てた別荘のような建物のこと。内部は細部にこだわった緻密な造りで、至る所に平賀源内の粋でしゃれたセンスが感じられる工夫が施されていた。ご当主から細かい説明を聞きながら写真を撮る。七宝焼きの引き手、釘隠し、飾り格子の欄間、細い梁を使った繊細な天井、讃岐式の違い棚などなど、目の保養になった。
 非公開ということで写真は公開できないが、昔の中津川にこれほどの建物があったという驚きは新鮮なものだった。江戸時代の職人の見事な仕事ぶりに頭が下がった。眼福の一時間。
 
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 ご当主に丁寧に礼を言い帰路に着く。そのまま鉱山跡地まで足を伸ばす。真夏の赤岩と廃墟が迎えてくれ、佇む時間に風も止まって暑かった。
 渇水警報が出ている滝沢ダムを見た。塩沢地区はすでに川底が見え、本体の水量は30%くらいに下がっているだろうか、白い護岸が目にまぶしいようだった。
 秩父市内は川瀬祭りでにぎやかだった。そんな市内の渡部さんを訪ね、預かった写真の詳細を確認する。本に載せる写真は一枚ずつ確認して説明文を書かなければならないので大変だ。
 今回の「続・秩父鉱山」は渡部さんの写真が中心の本となる。
 
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 20日(今日)は土浦まで走り、新藤茂さん(65歳)の取材をした。新藤さんは大黒の社宅で生まれ、中学を卒業するまで鉱山街で暮らした。父親が大黒坑で働いており、当時の父親やご自身の話を聞かせていただいた。
 昔の写真を見ながらの話は多岐にわたり、楽しく良い取材が出来た。圏央道のおかげで土浦はずいぶん近くなっていて、秩父よりずっと近かった。
 これで取材は全部終わり、のこり十日で全ての原稿を仕上げなければならない。忙しい日々が続くが、がんばって乗りきりたい。
 
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2017年7月11日 (火)

絵を届けて取材

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 暑い暑い7月11日、両神の須川(すっかわ)に絵を届けて、あちこち取材に走り回った。
 絵を届けたのは黒沢進さん(73歳)で、「樽栽培トマト」の絵を届けた。ちょうどハウスの作業が終わったところで、進さんは上半身裸で汗を拭いているところだった。こんな暑い日にハウスの作業は地獄のようだと笑っていた。
 進さんは絵をとても喜んでくれ、お礼にと収穫したトマトを三袋も渡してくれた。三味線の話やふるさと祭りの話をして楽しい時間を過ごした。
 
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 この地区にあった索道の中継所がまだ残っているという話になり、案内していただいた。向かった先に、驚いた事に昔のままの索道中継所が建っていた。
 こんなに完全な形で残っていると思わなかったので夢中で写真を撮った。中には索道の搬器が残されていてこれにも驚かされた。この搬器に500キロもの精鉱を乗せて秩父鉱山から三峰口まで運んだのだ…と思うとすごい感慨深いものがあった。
 納宮(おさみや)から索道が来る部分は杉が大きく育って空も見えないが、中継して三峰口に向かう筋は山が低い場所なのでよくわかった。ゴンゴンゴンと音を立てて索道の搬器が山を越えてゆく姿が見えたような気がした。
 
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 午後は「秩父鉱山」の取材。小鹿野の品川さん宅で鉱山写真の説明を聞き、山崎さん宅で昔の話を聞き、秩父の渡部さん宅で古い資料の解説を聞いた。
 兄の家に寄って夏野菜をダンボール一杯もらいクーラーボックスに詰める。帰り道に本庄の桜井さん宅に寄り、取材の打ち合わせをして、奥さんの手料理に舌鼓を打ち、またまた夏野菜をたくさん頂いて帰路についた。
 暑かったが充実した秩父路巡りだった。
 
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 出版社との話し合いで、7月中に「続・秩父鉱山」の原稿をアップする事が決まったので、急遽7月に予定されていた「山里の記憶」の取材2件をキャンセルすることになってしまった。すぐに断りの電話を入れる。まことに申し訳のないことだ。
 さすがに300ページの原稿を二週間で作るのは集中しないと無理だ。まだ取材も終わっていないのに……。大丈夫なのか、本当に? 
 でも、九月に本を出すにはやるしかない。がんばろう、俺!
 
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2017年7月 9日 (日)

樽栽培トマトをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「樽栽培トマト」をアップした。
 今回の取材で驚いたのは、まったく新しい栽培方法を取り入れ、ネットで情報を調べながら取り組んでいる黒沢進さん(七十三歳)の姿だった。始めてからすでに五年目になるという。
ここまでの間にも大雪でハウスが全部つぶされてしまうような事もあったし、奥様が病気で他界されるという悲劇もあった。
 
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 普通であれば心が折れてしまうような出来事だったはずだが、進さんはそれに負けずにトマト栽培に取り組んでいる。将来を見通し、未来を託す息子さん家族の為に道を切り開くためだ。この栽培方法で育てるトマトの良質なこと。販売チャンネルを確保すれば農業は安定した仕事になるという信念。そして何より、ものを作ることが大好きな進さんの情熱。
 言葉で書けばかっこいいが、実際は暑いハウスで体の健康を心配しながらのトマト栽培だ。やはり、情熱がなければ出来ない事だ。
 
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 朝に収穫が終わっていた為にハウスの中には緑色のトマトしかなかった。それでも赤いものを探し出して私に食べさせてくれた。進さんのトマトは固く甘かった。驚いたのは汁気が少ない事だった。普通トマトにかぶりつくと中の汁が飛び出すのだが、進さんのトマトは汁がジェル状で飛び出さない。それだけ水分を絞って栽培しているのだと感じた。
 甘さと酸味が絶妙にマッチした味で、果肉も噛みごたえのある旨いトマトだった。
 
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 取材した日は曇りで、涼しい日だった。進むさんは「今日くらいの気温だったらいいんだけどねえ…」とハウスの温度を気にしていた。外は涼しくてもハウスの中に少しいるだけでジットリと汗が出て来た。これが晴れている日だったらどんなに暑いか。そして、その暑い中で収穫作業をすることがどれだけ大変か…。ハウスはハウスで問題は多い。
 とにかく健康に留意してトマト栽培を続けてもらいたいと思った。
 
 
 
 

2017年7月 3日 (月)

アジが来た

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 7月2日、テニスをやっている時にJICKYさんから電話があり、「アジを釣ったので届けておきました」とのこと。テニスが終わってすぐに帰宅し、見たら、なんと十四尾ものアジ。
 早速全部を三枚に下ろす。新鮮なアジは捌くのも楽だし、皮もよくはがれる。それにしても十四尾もあると大変だった。
 
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 三尾分をなめろうにした。大葉・茗荷・九条ネギ・秩父味噌で和えるなめろうは酒のさかなに絶品の味。叩いても身が崩れないのがすごい。
 
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 五尾分でアジフライを作る。釣りたての新鮮なアジはフライが旨い。十個も揚げたがこのくらいはペロリと食べてしまうだろう。
 
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 残ったアジは冷蔵庫で保存し、明日の夜刺身にする。一晩寝かした方が刺身は旨い。またアジフライを作るのもいいかもsいれない。
 
 フライ作りで余った小麦粉・卵・生パン粉に九条ネギをたっぷり加えてチジミを作った。これはご飯代わりになるし、つまみにもなる。
 
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 キンキンに冷えたビンの一番搾りで乾杯して豪華な夕食。「JICKYさんありがとう!」
 アジフライとビールは最高に合う。なめろうは秋田から持ち帰った「秀吉」を合わせる。これもまた旨し。贅沢な夕食でありました。テニスの疲れもどこかに消えそう。
 
 
 

2017年7月 1日 (土)

絵を届けてトマトの取材

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 6月30日、絵を届けてトマトの取材をした。絵を届けたのは、秩父鉱山の取材で話を聞かせていただいた秩父市内の田隝一郎さん。田隝鉄工の仕事について話を聞き、昔の写真を提供していただいた。絵をとても喜んでくれた。また、趣味の渓流釣りの話で盛り上がった。
 もう一人は小鹿野の山崎チヅカさん。父親の山崎佐吉さんの話を聞き、昔の写真を提供していただいた。索道の写真や選鉱場の写真など貴重な写真がたくさん出てきた。
 貴重な写真の数々を提供していただいたので、きちんと整理し「続・秩父鉱山」に掲載したいと思う。
 
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 午後から両神でトマトの取材。取材したのは黒沢進さん(73歳)で、樽(たる)栽培トマトという聞き慣れない栽培方法を見せていただいた。樽と呼ぶ発泡スチロールの容器に椰子ガラ粉末を土の代わりに使ってトマトを栽培するというもの。ハウスでの栽培システムは本当に目からうろこが落ちるような栽培方法だった。
 
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 画期的な方法だが、近所では誰もやっておらず、ネット情報などで研究しながらの栽培とのこと。トマトはストレスを与えることで甘く育つ。ストレスをどれだけ与えることがダメージ無く旨いトマトが出来るかがコツだそう。最初は失敗も多かったが、今では安定して旨いトマトが出来るようになった。
 販路が安定しているのが強みだと進さんは胸を張る。直売場一箇所、スーパー二軒の直接販売コーナーがあるので、毎朝収穫したトマトを運ぶのが日課になっている。トマトが出ないときは他の野菜でそのコーナーを埋める。そのため、じゃがいもやほうれん草、インゲンなども栽培している。
 
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 今後の樽栽培トマトに確かな手応えを感じている進さん。息子さんお嫁さんの協力を感謝しながら次の世代に引き継ぐ事を考えている。
 
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2017年6月10日 (土)

絵を届けて取材

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 9日、朝から秩父に絵を届けに行った。両神の出浦正夫さんに「秩父生茶」の絵を届けた。来客があって忙しい正夫さんだったが、絵をとても喜んでくれた。
 特に製茶工場の絵は奥さんともども「とてもわかりやすい」と喜んでくれた。見学者に説明するときのテキストにしたいと言ってくれた。
 来客の対応に向かう正夫さんに代わって奥さんの笑子さんとしばらく放した。学校の先生を長くやっていたご夫婦なので秩父各地に知り合いがいる。いろいろな人の話を聞き、新たな目標が見つかったような気がした。
 
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 昼前に小鹿野の品川さん宅に伺う。「掘進」という鉱山の文化会機関誌が発見されたということで見させてもらった。昭和二十七年四月の創刊号から昭和三十四年三月の第十五号までの十五冊がまとめて発見され、その実物がそこにあった。その全てをコピーするためにお借りしてきた。貴重な鉱山の記録が詰まった内部広報誌だ。大切に扱わなければならない。
 
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 午後は大野原の山口組へ行く。先日届けた原稿の訂正を頂き、しばらく山口さんと話し込む。似顔絵の原画を渡したらとても喜んでくれた。
 山口さんの案内で田隝鉄工の田隝一郎さん宅に向かう。田隝鉄工は鉱山のタンクや搬器、コンベア、トロッコ、鉄塔の製作・加工や設置などをやっていた。ご自宅に伺い、一郎さんに当時の話を聞かせてもらった。
 二十代の六年間を鉱山で仕事したという一郎さんの話は多岐に渡り、とても興味深いものだった。今まで疑問だったことが解明されたり、知らなかった事が次々と出てきたり、とても楽しい時間だった。
 
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 秩父鉱山の本を増刷する時に増補改訂版とする予定だったのが、話が変わった。増刷は今までのままで、新しく別冊で「続・秩父鉱山」という形で本にしようという話になった。
 新しく取材するところが目白押しで、当分忙しい毎日が続く。話を聞きたい人がいっぱいいて、誰から先に取材しようか悩んでいる状態だ。
 九月くらいを目標にしているのであまり時間がない。がんばらなくては……
 
 
 
 

2017年6月 9日 (金)

秩父生茶をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「秩父生茶」をアップした。
 この取材は本当に書くことが多くてまとめるのが大変だった。必要なことを並べるだけでページ数が一杯になってしまった。もっともっと書くべき事があったのだが、文字数が決まっているので全部書くことができない。
 個人で製茶工場を運営していると簡単に書くが、内容はとてつもなく膨大な情報と技術の集積だった。一つ一つの機械にそれぞれの胆があり、そこを外すとお茶でなくなる。一時も気を抜かず、細心の注意を払って温度管理と揉み具合を調整する。これは本当に大変なことだと見ていて思った。
 普段、何気なく飲んでいるお茶を作るのに、これだけの神経が使われているのだと知った事が収穫だった。
 
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 蒸し器、冷却コンベア、粗揉機、揉捻機、中揉機、精揉機、乾燥機、電気選別機とつながる機械がそれぞれ人間の手を模している。いかに人間の手で揉んでいる状態に仕上げるかを研究して作られた機械達。その動きは見ていて楽しい。
 この機械を作った一部のメーカーはすでにないという。正夫さんはそんな機械を自分で修理しながら使っている。「コンピューターじゃなくて単純な構造だから自分で修理できるんだいね」と笑いながら機械を操作している姿が印象的だった。
 
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 お昼に奥さんが作ってくれたお稲荷が美味しかった。野菜の煮物も旨かった。味噌汁は旨くてお代わりしてしまった。ずうずうしいにもほどがある。
 5時間かけて出来上がった生茶は本当に美味しかった。朝つみの葉がその日のうちにお茶になる。何だか不思議な体験をさせていただいた。
 7月には紅茶の作り方を取材させて頂くことになっている。こちらも楽しみだ。
 
 
 
 

2017年5月26日 (金)

絵を届けて取材

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 25日、秩父の上吉田に絵を届けに行った。絵を届けたのは橋本紀子(みちこ)さん(77歳)だった。絵を渡すと紀子さんはとても喜んでくれた。小鹿野町の村上書店で「山里の記憶」を全冊買って読んでくれたようで、いろいろな人の話で花が咲いた。知り合いにも本を勧めてくれているようで本当にありがたい事だ。
 
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 紀子さんがお茶請けに出してくれたきゃらぶきが旨かった。畑に生えている大量の蕗を大鍋で大量の酒を使って煮込むのだとのこと。お土産にたくさんのきゃらぶきを頂いた。今は竹細工に興味を持っていて勉強しているとこと。いずれ紀子さんが作った竹カゴや竹ザルが世に生まれることになるだろう。ものつくりが好きな人は惚けないという。頑張って欲しいと思った。
 
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 取材は山口組の追加取材だった。前回の取材で足りなかった情報を求めて本社に伺った。山口昭光常務に似顔絵を届け、昔話をいろいろ聞いた。社長の山口敬善(ひろよし)さんも話に加わっていただき、昔の話をしていただいた。
 昭光さんから「かぐらさんが倉庫にあるんで見ますか?」と言われて「見ます」と即答した。小鹿野の倉庫にあると言われていたのだが、本社の倉庫にも保管してあるとのこと。
 ドキドキしながら倉庫の奥に入る。昭光さんの持つ投光機に照らされてホコリで真っ白になったかぐらさんがあった。実物を見るのは初めてだった。
 
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 この道具で山道を七トンもあるボールミルを運んだのか……と思いが駆け巡った。古い滑車もたくさんあった。キリンと呼ばれるジャッキもあった。ワイヤーを引っ張る道具もあった。
 山口組はこういう機械や道具を使って鉱山に必要なコンプレッサーやボールミルなどの重量機械を運んだ。その生き証人ともいえる道具類だった。
 
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 会議室に戻ると社長が「こんなのがあるよ」と紙袋から出してくれたのが昔のお酒だった。三楽の焼酎ボトルは当時組員に配っていたもの。密閉してあるがアルコールが飛んでずいぶん少なくなっている。トリスはポケットビンと呼ばれて愛されたもの。「仕事中に飲んでた奴もいたよ」と笑う。珍しいものが見られた。
 壁に掛かったブルドーザーの写真は山口組が初めて鉱山で使ったブルドーザーとのこと。写真を撮らせてもらい、本にも載せるよてい。
 
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 いろいろなものが見られて興奮した取材だった。秩父鉱山の本は増補改訂版として出すか、まったく新しい内容で「続・秩父鉱山」として出すか、出版社と打ち合わせ中で、もしかしたらもっと取材が必要になるかもしれない。
 
 
 
 
 

笹のタケノコ

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 24日、NOBEさんと釣りに行った川で笹のタケノコを採って来た。この川にはたくさんの笹薮があり、この時期たくさんのタケノコが出ている。
 山形や秋田のネマガリタケと同じなのだが、細いので採る人は少ない。探せば太い物もあるので釣りの合間にひとにぎりの味噌汁分だけ採ってきた。
 
 昔、同じ時期に釣りに行き、同じようにタケノコを採っていたら猿の群れと出くわしたことがある。十五頭くらいの群れだった。この時期のタケノコは猿の貴重な餌なので、その領分を荒らしたことになる。大きな猿に威嚇され冷や汗をかいて逃げたことを思い出す。
 今年は猿の群れには会わなかった。
 
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 タケノコの皮をむいて水に放ち、包丁で固いところを探って切り落とす。少し量は減ってしまうが、こうしておけば煮るだけで食べられる。アク抜きの必要はない。
 鍋で煮て油揚げの細切りを入れ、最後に味噌を溶けばタケノコの味噌汁が出来上がる。さっそく食べたが、本当に旨かった。
 サクサクと崩れるタケノコの味と香り。この時期でなければ食べられない絶品の味。もう少し採ってきて煮物を作れば良かったと思いはしたが、このくらいで旬を味わうのがいいのだと思う。何ごとも欲張るのはよくない。
 
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2017年5月25日 (木)

NOBEさんと釣り

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 24日、NOBEさんと釣りに行った。一緒に釣りをするのは14年ぶりになる。SNSなどでコメントし合っているので、それほど疎遠になっている気はしていなかった。こうして会って話してみると、会って話す事の大切さがよく分かった。
 久しぶりに会うNOBEさんは少し細くなって精悍になっていた。聞けば体調を崩していたそうな。でも、こうして釣りに出かけるまでに回復したということで、のんびり話しながらの釣りになった。
 
 先行者に気づかずずっと釣れなかったのだが、林道でかなり上流まで歩いてから釣れるようになった。私の竿に最初にアタリが来たのだが、なんとスレ。イワナの尻尾に毛針が刺さっていた。これには二人で大笑い。NOBEさんもすぐに一匹目を出し、二人ともボウズを免れる。
 フライマンのNOBEさんが繰り出すショートキャストは自在で、見ていて楽しい。フライラインが木の間を流れるように毛針を運ぶ様は魔法のようだ。
 
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 昼頃から雨が降り出し、なんと土砂降りになってしまった。二人で橋の下に逃げ込み雨宿りする。川の様子が変わって来た。モヤで谷がまっ白になり幻想的な風景になった。時間はあるのでのんびりと雨が小振りになるのを待つ。
 NOBEさんといろいろな話をした。仕事の話、家庭の話、体の体調の話、四十肩の話、ずっと話していたような気がする。やっぱりたまに会って話さないとダメだね。話が出来て良かった。
 
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 今日はヤマメが出なかった。一匹釣ったのだが写真を撮る前に逃げられた。あとは全部イワナで、最後のイワナは真っ黒なイワナだった。この川はどちらかというとヤマメの川なのだが、まれにこんな日もある。今日はイワナの日だった。
 10時から釣り始めて4時半脱渓、一時間歩いて車に戻る。NOBEさんは右足がつらそうだ。でもお陰様で楽しい釣りが出来た。久しぶりに会う友人の近況も聞けて有意義な一日だった。
 
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