2018年6月19日 (火)

冷や汁すいとんをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「冷や汁すいとん」をアップした。取材した太田松子さん(96歳)と知り合ったのは展覧会の会場だった。娘の日出子さんと一緒に会場に来て、じっくりと絵を見ている松子さんに話しかけたのがきっかけだった。
 96歳でまだ料理をしていると聞いて、その場で取材を申し込んだものだった。その時は冷や汁うどんをという話だったのだが、松子さんの体調で「すいとん」に変わった。取材当日の体調が優れず、うどんをこねることが出来ないという。でも、すいとんなら簡単だから出来るよ、という話になったもの。
 
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 怪我の功名というか何というか、お陰で冷や汁すいとんという初めての料理に巡り会うことが出来た。食べてみるとこれは何とも旨い料理だった。うどんはこねて、寝かせて、伸して、切って、茹でてと時間がかかるが、すいとんは簡単に出来る。うどんより厚さのある生地は噛みごたえが良く、冷や汁の味噌味と絶妙の相性だった。これなら家でも簡単に出来るので、夏の暑い時期にぜひやってみようと思う料理だった。
 味噌を大滝おなめに変えたり、胡桃を摺って加えたりすればまた変わった味になりそうだ。トウガラシやコチュジャンなどで辛くしても旨いと思う。
 
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 松子さんの昔話は、苦労の連続だった人生を淡々と語ってくれた。肉親に助けられることもあったが、利用されることも多かった。振り返れば苦労の連続だったという。でも、96歳まで生きて、まだどこも悪くなく、一人で生活することが出来る。健康な体に恵まれた事は何より幸せだったのではないだろうか。
 娘の日出子さんによれば、一人きままに生きて来たから、ディサービスなどがダメなのだとのこと。松子さんも「一人が安気(あんき)でいい…」と言う。つらいことも多かったけれど、今は安気でいいんだと達観する姿は長寿の秘訣を教えてくれる。
 
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 昔、慣れ親しんだ機織り機を銘仙会館まで見に行った写真をみせてもらった。私には何の機械だかわからない機械を懐かしそうに見る松子さんの顔が印象的だった。斜陽産業になりつつあった機屋の仕事が人生の大きな割合を占めていた。大変だったし、つらい思いもした。しかし、あの当時が懐かしい。多くを語らない松子さんだったが、想いは伝わってきた。
 今は、最後まで一人で安気に暮らして欲しいと思う。娘の日出子さんには苦労をかけることになるが、それが多分松子さんにとって最良の人生なんだと思う。
 
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2018年6月14日 (木)

きゅうちゃん漬けの取材

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 6月14日、上吉田石間・沢口耕地の新井朝子さん(92歳)を訪ね、きゅうちゃん漬けの取材をした。知人から朝子さんを紹介され、伺って、お茶を頂きながら四方山話をしていた。その時に出されたお茶請けのきゅうり漬けがパリパリと歯ごたえも良く、味も良かったので聞いたら、朝子さんが作ったものだった。ちょうどこれから在庫用に作るところだと聞いてすぐに取材を申し込み、さっそく取材になったという次第。
 
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 きゅうちゃん漬けと呼んでいたのでそのままの呼び名にする。三キロものキュウリを7ミリ厚の小口切りにするとボウル一杯になる。大きな鍋に調味料を入れる。醤油3合、酢1合、砂糖400グラムを煮立たせ、火を止めてその中にキュウリを入れる。中蓋をして蓋をし、冷めるまでそのままにする。
 冷めたら小さな鍋に煮汁だけ取り出し、コンロで火に掛けて煮立たせる。煮立った汁を鍋のキュウリに注ぎ、中蓋・重石をしてまた冷めるのを待つ。この作業を5回繰り返す。冷めるのを待つのに時間がかかるので、出来上がるまでに相当な時間がかかる。
 
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 朝子さんのきゅうちゃん漬けはパリパリと食感がいい。その訳はキュウリを煮込まないことだった。煮汁を掛けて冷める間に味が浸み込む。それを繰り返すことでパリパリした食感が残った漬物になる。なるほどなあ…と作り方を見ていて納得した。
 待ち時間が多いからその間に昔話をゆっくり聞くことができた。これも楽しい時間だった。詳細は作品の文章にするとして、こうして92歳でまだ現役のおばあちゃんと話が出来るのは本当に楽しい。人生そのものが歴史で、ドラマで、時代そのものだ。じつに楽しい。
 
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 出来上がったきゅうちゃん漬けをお土産に頂いて、もう一つの目的地に向かう。同じ吉田地区・井上耕地の荻原茂一さんに「昔の道具たち」の絵とファイルを届けた。予定よりもだいぶ遅くなってしまったので、茂一さんは出かけていて留守だった。娘さん夫妻が家にいたので、娘のヒロ子さんに絵を渡した。夫婦で絵をとても喜んでくれ、たくさんのお土産を頂いてしまった。本当にありがたいことだ。
 
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2018年6月11日 (月)

昔の道具たちをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「昔の道具たち」をアップした。この取材で驚かされたのは、何といっても表題の昔の道具たちだったのだが、他にもいろいろ新しい発見があった。小鹿野町出身の私には吉田町の貴布禰(きふね)神社がどんな神社だか知る由もなかったのだが、今回取材した茂一さんの家が神社の隣ということでいろいろ神社の歴史を知ることが出来たこと。椋神社に次ぐ社格だということでその歴史がよくわかった。
 
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 最も驚いたのは娘さんのご主人、田中さんに案内してもらった納屋の裏にあった「飯塚森蔵の墓」だった。飯塚森蔵は秩父事件の際、井上伝蔵と共に中心人物として活躍したが、追われる身となってどこかへ消えた人物。その後の人生が確定しない秩父事件の謎とされている人物だ。その森蔵の墓がなぜここにあるのか、田中さんに詳しく聞いたのだが、よくわからない。
 井上伝蔵の娘が荻野家の養女になり、その家が茂一さんの家の本家に当たるという。秩父事件の生々しい記憶に触れることが出来たのも大きな収穫だった。
 
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 もう一つ、田中さんから頂いた二冊の本。竹内弥太郎著「秩父吉田地方の民族散歩」と「続・秩父吉田地方の民族散歩」の二冊だ。著者が親戚ということで頂いた非売品の本とのこと。吉田地方の民俗行事・歳事がこと細かく記された貴重な内容に、思わず「欲しい」と言ったらすぐに親戚に電話してくれた。残念ながら在庫はないということで、諦めかけたのだが、田中さんが「譲りますよ」と言ってくれた。本当にありがたい事で、手に入らない本を手に入れることが出来た。田中さんにはお礼に拙著「秩父鉱山」と「山里の記憶5」を差し上げた。
 
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 取材のたびに思う事がある。この人に会わなかったらこんな事はおそらく知らないまま終わっていただろう、ということ。紹介してくれる人がいて取材が出来、絵を描いて喜ばれるのだが、本当に一番得をしているのは自分なのではないか、ということ。
 今回はそんな思いが如実に出た取材だった。本当にありがとうございました。
 
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2018年6月 7日 (木)

冷や汁すいとんの取材

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 6月7日、秩父の滝の上町に冷や汁すいとんの取材に行った。取材したのは太田松子さん(96歳)で、娘の日出子さんが一緒に対応してくれた。松子さんは一人で暮らしていたが、転んで背中を痛めたという事で、京都に住んでいる日出子さんが今は臨時に付き添いと兼ねて一緒に住んでいる。少々耳が遠いが、「ひとり暮らしが安気(あんき)でいい…」と言っている。
 
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 当初は冷や汁うどんの取材の予定だったのだが、松子さんの調子が悪く「とてもうどんを作ることは出来そうもないけど、すいとんなら簡単だから…」という事で、急遽冷や汁すいとんに取材が替わった。すいとんは鍋で煮ることから始まるが、冷や汁の場合は、煮たすいとんを一時冷まして別に作った冷や汁に浸けて食べるというもの。日出子さんの助けも借りながら、松子さんがすいとんを作る。
 
 冷や汁の材料は小ネギ・キュウリ・ミョウガ・大葉・大量のすりごま・味噌・昆布だし。キュウリと小ネギは小口切り、ミョウガと大葉はみじん切りにして味噌と昆布だしを混ぜ、冷たい水で溶け合わせれば冷や汁の出来上がりだ。
 暑かったので出来上がった冷や汁がじつに旨そうだった。冷や汁をお椀によそい、すいとんを二個ほど中に入れて食べる。もっちりとしたすいとんにキュウリや小ネギと食感が加わり、味噌と昆布だしが包み込むという夏の味。大葉の香りもいい。すいとんをこうして食べたのは初めてだ。
 
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 松子さんはご主人と機屋をやっていた。昭和40年代まで銘仙の工場をやっていたという。兄の工場の下請で、とても忙しかったが仕事は大変だった。「苦労の連続だった」と昔の話を聞かせてくれた。昔の写真はたくさんあった。銘仙を来た娘時代の写真が多かった。結婚前の幸せそうな松子さんの笑顔が印象的な写真ばかりだった。
 結婚後の写真が少ないのは仕事・仕事の連続だったからなのか、苦労した多くを語ろうとしない松子さんだった。
 
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 取材を終えて向かったのは下小鹿野の信濃石。柴崎ツヨさんに「ごまよごし」の絵とファイルを届けに行った。ツヨさんは明るく迎えてくれて。絵をとても喜んでくれた。お礼にと秩父名物の味噌豚を頂いた。「本を楽しみにしてるから…」という声を聞いて、頑張らなくちゃと気力を奮い立たせてもらった。
 それにしても暑い一日だった。
 
 
 
 

2018年6月 1日 (金)

昔の道具を取材

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 6月1日、天気晴朗。青い空に白い雲が浮かぶ最高の天気だった。秩父市上吉田、井上耕地の荻野茂一さん(97歳)宅を尋ね、昔の話を聞いた。茂一さんの家は旧家で、昔は酒屋をやっていたり、宿屋をやっていたりした家だった。昔の話を聞いている中で、昔の道具がいろいろあるよという話になり、見せてもらった。
 
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 驚いたのは昔の道具がすぐに使えるようにきれいに保存してあったこと。飲み屋をやっていた頃に使っていたケヤキ材の金庫。炭を入れて使う陶器のミニ炬燵。炬燵の中にこれを入れて暖まるもの。陶器製の湯たんぽ。部屋の壁に置いてあった木製のラジオ。畳の上には長持ち型の桐箪笥。陶器の酒徳利各種。陶器製の酒つぼ。酒類販売の鑑札看板。ポケットに入る小型の五つ玉そろばんなどなど、今はもう博物館でしか見られないものばかりだった。
 
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 息子さんに案内してもらった納屋にも昔の道具類があふれていた。リヤカー、脱穀機、養蚕の箱、開脚台、養蚕の竹カゴ、デーマンカゴ、鋤き、ムシロ、石臼、押し切り、農具類の数々、草刈り鎌、水くみの樽などなど写真を撮るのに忙しい程だった。これだけの種類が一箇所に残されているのは驚くべき事で、茂一さんの篤農家としての一面ときちんとした性格をも思わせてくれるものだった。
 
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 昔話は子供時代の話から始まり、戦争の話、結婚後の生活の話へと時空を行ったり来たりしながら続いた。多少耳が遠いこともあり、質問への答えがちくはぐになったりするので、取材が大変だったが、息子さん夫婦の丁寧なフォローに助けられ、何とか終えることが出来た。
 さて、これをどうまとめるかが難しい。構成力が試されることになりそうだ。
 
 その後は両神のななたきに注文されていた本を届けに行き、7月の取材の話をまとめた。最後は、ムクゲ自然公園の長谷川さんに山里の記憶イラストパネルを届けた。和ハーブの展示に使いたいとのことだった。ちょうど薪ストーブの設置作業をしていたので少しの間見させてもらった。公園内はすごく気持ちいい風が吹き抜けて、思わずハミングしたくなるような気分だった。この季節の山は最高だ。
 
 
 
 
 

2018年5月31日 (木)

ごまよごしをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「ごまよごし」をアップした。取材した柴崎ツヨさん(93歳)は息子夫婦と暮らしているのだが、畑仕事は一人でやるし、普通に暮らしている元気なおばあちゃんだった。ごまよごしの取材をお願いした時に「そんな、昔から作ってる普通のもんを…」と難色を示していたのだが、それこそが山里の記憶のテーマなので、強引に取材をお願いした。
 
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 昔話は面白く興味深いものだった。特に、亡くなったご主人の話は次から次に出てきて、まだ隣で暮らしているかのようだった。そんな話を書けただけでも良かったと思う。
 庭に立派なツゲがあったのだが枯れてしまったと嘆く。50年育てているというイロハモミジは盆栽のように刈り込まれている。金の成る木を五鉢も育てていて「これでお金がいっぱい入れば言う事ないけどねぇ」と笑っている。
 庭の花はお嫁さんが育て、野菜と花木はツヨさんが育てる。二人の棲み分けが出来ているのがすばらしい。裏庭にはサクラソウの鉢がズラリと並んでいる。花の時期は本当にきれいだと自慢する。
 
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 そんなツヨさんは料理も上手だ。取材したごまよごしはもちろんだが、お茶請けに出されたタケノコの煮物とフキの煮物がじつに旨かった。砂糖にこだわりがあるようで、料理によって使い分けている。砂糖というより「甘さ」にこだわりがあるのかもしれない。「うちは何でも甘めなんだぃね…」という言葉が取材中も何度か聞いた。レシピではなく、自分のこだわりで味付けをする。そんなおばあちゃんの料理がいい。
 
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 絵を描き終えて、何だか配色のバランスが良くて久々に会心の出来のような気がした。出来上がってみないとわからないのだが、全体的にまとまる絵とそうでない絵とある。今回は配色が絶妙にまとまった絵になった。ありがたいことだ。
 
 
 
 

2018年5月23日 (水)

ごまよごしを取材

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 5月23日、小鹿野町にごまよごしの取材に行った。取材したのは柴崎ツヨさん(93歳)で、畑で栽培しているほうれん草を使ってごまよごしを作ってくれた。
 ツヨさんは今でも畑で多くの野菜を栽培していて、収穫して知り合いに配るのを楽しみにしている。畑にはジャガイモの花が咲き、ナスや満願寺トウガラシ、オクラ、トマトなどが育ちつつあった。
 
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 畑でほうれん草を何本か収穫し、丁寧に洗う。台所の鍋で茹でて水に晒す。すり鉢で茶碗八分くらいのゴマを擂り、味噌や砂糖で味付けし、ほうれん草と和える。箸ではなく手で和えるのがツヨさん流。「いつも作ってる普通のもんだぃね…」という言葉のとおり手順によどみはない。93歳とは思えないしっかりした動きについて行くのが忙しい。
 言葉も対応もしっかりしているし、耳もしっかりしていて取材は順調に進んだ。昔話も様々な話を聞くことが出来て有意義な取材だった。
 
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 お茶請けで出された料理にも驚いた。ハチクの煮物は柔らかくてとてもコクのある味だったので聞いてみた。砂糖を玉砂糖にしているという。玉砂糖の方がタケノコと合うという言葉に納得の味だった。フキの煮物は薄味で、フキの味がしみ出るような出来上がりだった。どちらも絶品の味。ほうれん草のごまよごしと合わせてお茶請けにいただいた。
「いっぱい作ったから持っていきない」と残ったごまよごしをタッパーに詰めたものをお土産に頂いて家を後にした。
 
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 午後は本を注文してもらった「ななたき」に本を届け、実家に預けてあった写真パネルのダンボール二箱を受け取りに行った。
 小雨の中緑が濃くなり、きれいなヤマボウシの花(苞)があちこちで見られた。この時期の花だが、山で見る事は少なかった。最近は街路樹に植えるところが多くなり、あちこちでヤマボウシの花が見られるのが嬉しい。秋にこの実が立ち上がって色づくのが待ち遠しい。
 
 
 
 
 

2018年5月21日 (月)

本を届ける

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 5月20日、爽やかな風とポッカリ浮かんだ白い雲が気持ち良い日だった。秩父に注文された本を届けに行った。本を届けたのは市内宮側町にあるイタリアンレストラン&バー・サルベージ。山里の記憶1巻から5巻までを送って欲しいと言われたのだが、秩父神社へ参拝するついでに届けようとランチを食べに行った。
 秩父神社への参拝は、原画展の成功の報告とお礼の参拝だった。
 
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 オーナーシェフは坪内浩さんといい、野菜やハーブだけでなく、お米や小麦・大豆など全て自給にこだわっている。秩父郡市7箇所で、スタッフ総出で農作業をしているという本格派。農作業をやるためランチの営業は土日祝日のみ。顔は逞しく真っ黒に日焼けしている。
 11時半に入店し、シェフに挨拶する。わらびのアク抜きは山里の記憶のやり方を参考にしていると嬉しい言葉を頂いた。店内はすぐに客でいっぱいになり、人気店だという事が良く分かった。客の中に知り合いが二人もいてお互いにびっくりしてしまった。
 
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 朝収穫してきたという生野菜のプレートが本当に新鮮ですばらしかった。パスタはボンゴレビアンコ。野菜がたっぷり入っている。メインは牛肉とグリル野菜。どちらも野菜の旨さが際立つ料理だった。もちろんパスタも牛ステーキも大満足の味。
 天気が良く、二階の席から見わたす公園の緑も良かったし、青空に浮かんだ白い雲も見飽きなかった。ランチを食べに秩父に行くという贅沢もたまにはいいものだと思った。
 
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 夕方には家に帰り、サッカーの結果をチェック。わがレッズは中断前低迷したままで14位という悲惨な状況。中断中の補強が必要だ。
 飲みながらワインのつまみにとピノを出したら、なんとラッキー星ピノを発見。何かいいことがあるかもしれない。レッズの今後を占う星ならいいのだが。
 
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2018年5月15日 (火)

原画展最終日

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 5月14日、月曜日。原画展の最終日は朝から快晴で暑かった。最終日は月曜日なのでそんなに混まないだろうとのんびりしたいたら、案に相違して大勢の来場者があった。
 大滝から駆けつけてくれたモデルさんが何人もいて嬉しかった。秩父鉱山関係の人もたくさん来て自分の経験した鉱山での暮らしぶりを話してくれた。
 
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 二十代の頃働いていた会社の上司だった方々や、デザイナー時代の取引先の方々が来てくれたのが嬉しかった。新聞に載ったせいか、高校の同級生が何人も見に来てくれた。見覚えある名前で見に来たらやっぱり本人だった、と再会を喜び合った。そのうち二人が親を描いて欲しいという話になり、モデルさんの発掘につながったのも嬉しかった。
 
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 最終日は午後5時で終了なのだが、終了前にムクゲ公園スタッフが長谷川さんとやって来て、会場が急に華やかになった。明るい女性の華やかな声はありがたい。
 5時からはスタッフ総勢で撤去作業が始まった。絵や写真パネルを撤去して箱に収納する。生花の解体、ポスターの撤去、展示パネルの解体など作業はあっという間に進む。設営は大変なのに、撤去はなぜこんなに早く出来るのだろうと不思議になるくらいだった。作業終了前にスタッフの集合写真を撮る。お陰様で無事に終了して感謝の思いで一杯だ。
 
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 借りた道具類と五日間の入場者を記入して販売促進課に挨拶に行く。入場者は最終日215人を加えて、合計で1308人という大きな数字になった。販促部長からも「大勢呼んで頂いてありがとうございました」と言われた。確かに展覧会としては異常な数字だったと思う。
 車に荷物を積み込むと後ろが見えないくらいになった。車に乗って向かったのは小鹿野町の「まる銀たじま」原画展の打ち上げ会場だ。
 
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 7時からスタッフ7名と打ち上げの宴会が始まった。疲れ切っていたが、興奮が冷めやらない状態で原画展のあれこれを語り合う。お酒が入ると話に勢いが加わり、おいしい料理を食べながら大いに笑い合った。気心知れたスタッフのお陰で12年続けて来られたのだと思うと感謝しかない。飲んで語り合うのは本当に楽しい時間だった。あっという間に11時になってしまった。再会を約束して別れた。
 
 11時過ぎに実家に到着。そのまま寝させてもらう。朝は車の荷物を確認し、冷蔵庫に置いてあったものなどを更に積み込む。小さい車は更に荷物で一杯になる。
 カミさんと花を持ってご先祖様のお墓参りに向かう。原画展の翌朝の恒例で、成功の報告と感謝の思いを花とお線香に込め、両手を合わせる。
 緑の山は暑い日射しをはね返すように鮮やかだ。ふるさとの山は何も変わらずそこにある。次の一歩を背中から押してくれる山がそこにあった。
 
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 生物が車にあるので、休憩なしで東久留米の自宅に到着したのが12時過ぎだった。山のような荷物を家に運び込んで整理し、やっと一段落。紅茶を飲みながらこれを書いている。怒濤の五日間が終わった。何はともあれ、自分にお疲れさま。
 
 
 
 

2018年5月13日 (日)

原画展四日目

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 5月13日、日曜日。予報は午後から雨。日曜日ということもあり、雨が降る前に来場者が多いだろうと予想していた。開場と同時にたくさんの来場者があり、対応がてんやわんやになってしまう。
 日曜日ということもあり、遠方からの来場者が多かった。東京から来てくれた元会社の社員たち。東京から来てくれた釣り友だちテニス友だち。茅ヶ崎から来てくれたサッカー友だち。
 
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 モデルさんも知り合いもたくさん来てくれた。子供や孫と来てくれるお年寄り。誘い合わせて大勢でやってきてくれる人。新聞の報道を見て坂戸や春日部から来てくれた人。知り合いや知り合いの知り合いという多彩な顔ぶれ。それぞれに対応するこちらは一人。途中から酸素不足の金魚のようになってしまった。あちらこちらと漂いながら誰と何を話したかわからない状態で動き回る。
 
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 本の存在を知らなかった人が多く、見て本を購入してくれる人が多かった。本が売れたからといって特にプラスはないのだが、一人でもこの作品を見てくれる人が増えることはありがたい。その意味で新聞記事の影響は大きかった。
 今回は初日に埼玉新聞。三日目に読売新聞と東京新聞に原画展の記事が掲載された。「新聞を見て来た」という人が多かったのがその効果だったと思う。ありがたい事だった。新聞鉱化もあり、13日の日曜日来場者は335人と二日続けて三百の大台を超えた。
 本当にこれは展覧会としては考えられない数字で異常な数字だ。ありがたい事だが、個人的にはすごく疲れた。本当に疲れた。
 
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