2017年6月10日 (土)

絵を届けて取材

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 9日、朝から秩父に絵を届けに行った。両神の出浦正夫さんに「秩父生茶」の絵を届けた。来客があって忙しい正夫さんだったが、絵をとても喜んでくれた。
 特に製茶工場の絵は奥さんともども「とてもわかりやすい」と喜んでくれた。見学者に説明するときのテキストにしたいと言ってくれた。
 来客の対応に向かう正夫さんに代わって奥さんの笑子さんとしばらく放した。学校の先生を長くやっていたご夫婦なので秩父各地に知り合いがいる。いろいろな人の話を聞き、新たな目標が見つかったような気がした。
 
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 昼前に小鹿野の品川さん宅に伺う。「掘進」という鉱山の文化会機関誌が発見されたということで見させてもらった。昭和二十七年四月の創刊号から昭和三十四年三月の第十五号までの十五冊がまとめて発見され、その実物がそこにあった。その全てをコピーするためにお借りしてきた。貴重な鉱山の記録が詰まった内部広報誌だ。大切に扱わなければならない。
 
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 午後は大野原の山口組へ行く。先日届けた原稿の訂正を頂き、しばらく山口さんと話し込む。似顔絵の原画を渡したらとても喜んでくれた。
 山口さんの案内で田隝鉄工の田隝一郎さん宅に向かう。田隝鉄工は鉱山のタンクや搬器、コンベア、トロッコ、鉄塔の製作・加工や設置などをやっていた。ご自宅に伺い、一郎さんに当時の話を聞かせてもらった。
 二十代の六年間を鉱山で仕事したという一郎さんの話は多岐に渡り、とても興味深いものだった。今まで疑問だったことが解明されたり、知らなかった事が次々と出てきたり、とても楽しい時間だった。
 
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 秩父鉱山の本を増刷する時に増補改訂版とする予定だったのが、話が変わった。増刷は今までのままで、新しく別冊で「続・秩父鉱山」という形で本にしようという話になった。
 新しく取材するところが目白押しで、当分忙しい毎日が続く。話を聞きたい人がいっぱいいて、誰から先に取材しようか悩んでいる状態だ。
 九月くらいを目標にしているのであまり時間がない。がんばらなくては……
 
 
 
 

2017年6月 9日 (金)

秩父生茶をアップ

Namatya
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「秩父生茶」をアップした。
 この取材は本当に書くことが多くてまとめるのが大変だった。必要なことを並べるだけでページ数が一杯になってしまった。もっともっと書くべき事があったのだが、文字数が決まっているので全部書くことができない。
 個人で製茶工場を運営していると簡単に書くが、内容はとてつもなく膨大な情報と技術の集積だった。一つ一つの機械にそれぞれの胆があり、そこを外すとお茶でなくなる。一時も気を抜かず、細心の注意を払って温度管理と揉み具合を調整する。これは本当に大変なことだと見ていて思った。
 普段、何気なく飲んでいるお茶を作るのに、これだけの神経が使われているのだと知った事が収穫だった。
 
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 蒸し器、冷却コンベア、粗揉機、揉捻機、中揉機、精揉機、乾燥機、電気選別機とつながる機械がそれぞれ人間の手を模している。いかに人間の手で揉んでいる状態に仕上げるかを研究して作られた機械達。その動きは見ていて楽しい。
 この機械を作った一部のメーカーはすでにないという。正夫さんはそんな機械を自分で修理しながら使っている。「コンピューターじゃなくて単純な構造だから自分で修理できるんだいね」と笑いながら機械を操作している姿が印象的だった。
 
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 お昼に奥さんが作ってくれたお稲荷が美味しかった。野菜の煮物も旨かった。味噌汁は旨くてお代わりしてしまった。ずうずうしいにもほどがある。
 5時間かけて出来上がった生茶は本当に美味しかった。朝つみの葉がその日のうちにお茶になる。何だか不思議な体験をさせていただいた。
 7月には紅茶の作り方を取材させて頂くことになっている。こちらも楽しみだ。
 
 
 
 

2017年5月26日 (金)

絵を届けて取材

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 25日、秩父の上吉田に絵を届けに行った。絵を届けたのは橋本紀子(みちこ)さん(77歳)だった。絵を渡すと紀子さんはとても喜んでくれた。小鹿野町の村上書店で「山里の記憶」を全冊買って読んでくれたようで、いろいろな人の話で花が咲いた。知り合いにも本を勧めてくれているようで本当にありがたい事だ。
 
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 紀子さんがお茶請けに出してくれたきゃらぶきが旨かった。畑に生えている大量の蕗を大鍋で大量の酒を使って煮込むのだとのこと。お土産にたくさんのきゃらぶきを頂いた。今は竹細工に興味を持っていて勉強しているとこと。いずれ紀子さんが作った竹カゴや竹ザルが世に生まれることになるだろう。ものつくりが好きな人は惚けないという。頑張って欲しいと思った。
 
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 取材は山口組の追加取材だった。前回の取材で足りなかった情報を求めて本社に伺った。山口昭光常務に似顔絵を届け、昔話をいろいろ聞いた。社長の山口敬善(ひろよし)さんも話に加わっていただき、昔の話をしていただいた。
 昭光さんから「かぐらさんが倉庫にあるんで見ますか?」と言われて「見ます」と即答した。小鹿野の倉庫にあると言われていたのだが、本社の倉庫にも保管してあるとのこと。
 ドキドキしながら倉庫の奥に入る。昭光さんの持つ投光機に照らされてホコリで真っ白になったかぐらさんがあった。実物を見るのは初めてだった。
 
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 この道具で山道を七トンもあるボールミルを運んだのか……と思いが駆け巡った。古い滑車もたくさんあった。キリンと呼ばれるジャッキもあった。ワイヤーを引っ張る道具もあった。
 山口組はこういう機械や道具を使って鉱山に必要なコンプレッサーやボールミルなどの重量機械を運んだ。その生き証人ともいえる道具類だった。
 
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 会議室に戻ると社長が「こんなのがあるよ」と紙袋から出してくれたのが昔のお酒だった。三楽の焼酎ボトルは当時組員に配っていたもの。密閉してあるがアルコールが飛んでずいぶん少なくなっている。トリスはポケットビンと呼ばれて愛されたもの。「仕事中に飲んでた奴もいたよ」と笑う。珍しいものが見られた。
 壁に掛かったブルドーザーの写真は山口組が初めて鉱山で使ったブルドーザーとのこと。写真を撮らせてもらい、本にも載せるよてい。
 
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 いろいろなものが見られて興奮した取材だった。秩父鉱山の本は増補改訂版として出すか、まったく新しい内容で「続・秩父鉱山」として出すか、出版社と打ち合わせ中で、もしかしたらもっと取材が必要になるかもしれない。
 
 
 
 
 

笹のタケノコ

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 24日、NOBEさんと釣りに行った川で笹のタケノコを採って来た。この川にはたくさんの笹薮があり、この時期たくさんのタケノコが出ている。
 山形や秋田のネマガリタケと同じなのだが、細いので採る人は少ない。探せば太い物もあるので釣りの合間にひとにぎりの味噌汁分だけ採ってきた。
 
 昔、同じ時期に釣りに行き、同じようにタケノコを採っていたら猿の群れと出くわしたことがある。十五頭くらいの群れだった。この時期のタケノコは猿の貴重な餌なので、その領分を荒らしたことになる。大きな猿に威嚇され冷や汗をかいて逃げたことを思い出す。
 今年は猿の群れには会わなかった。
 
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 タケノコの皮をむいて水に放ち、包丁で固いところを探って切り落とす。少し量は減ってしまうが、こうしておけば煮るだけで食べられる。アク抜きの必要はない。
 鍋で煮て油揚げの細切りを入れ、最後に味噌を溶けばタケノコの味噌汁が出来上がる。さっそく食べたが、本当に旨かった。
 サクサクと崩れるタケノコの味と香り。この時期でなければ食べられない絶品の味。もう少し採ってきて煮物を作れば良かったと思いはしたが、このくらいで旬を味わうのがいいのだと思う。何ごとも欲張るのはよくない。
 
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2017年5月25日 (木)

NOBEさんと釣り

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 24日、NOBEさんと釣りに行った。一緒に釣りをするのは14年ぶりになる。SNSなどでコメントし合っているので、それほど疎遠になっている気はしていなかった。こうして会って話してみると、会って話す事の大切さがよく分かった。
 久しぶりに会うNOBEさんは少し細くなって精悍になっていた。聞けば体調を崩していたそうな。でも、こうして釣りに出かけるまでに回復したということで、のんびり話しながらの釣りになった。
 
 先行者に気づかずずっと釣れなかったのだが、林道でかなり上流まで歩いてから釣れるようになった。私の竿に最初にアタリが来たのだが、なんとスレ。イワナの尻尾に毛針が刺さっていた。これには二人で大笑い。NOBEさんもすぐに一匹目を出し、二人ともボウズを免れる。
 フライマンのNOBEさんが繰り出すショートキャストは自在で、見ていて楽しい。フライラインが木の間を流れるように毛針を運ぶ様は魔法のようだ。
 
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 昼頃から雨が降り出し、なんと土砂降りになってしまった。二人で橋の下に逃げ込み雨宿りする。川の様子が変わって来た。モヤで谷がまっ白になり幻想的な風景になった。時間はあるのでのんびりと雨が小振りになるのを待つ。
 NOBEさんといろいろな話をした。仕事の話、家庭の話、体の体調の話、四十肩の話、ずっと話していたような気がする。やっぱりたまに会って話さないとダメだね。話が出来て良かった。
 
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 今日はヤマメが出なかった。一匹釣ったのだが写真を撮る前に逃げられた。あとは全部イワナで、最後のイワナは真っ黒なイワナだった。この川はどちらかというとヤマメの川なのだが、まれにこんな日もある。今日はイワナの日だった。
 10時から釣り始めて4時半脱渓、一時間歩いて車に戻る。NOBEさんは右足がつらそうだ。でもお陰様で楽しい釣りが出来た。久しぶりに会う友人の近況も聞けて有意義な一日だった。
 
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2017年5月21日 (日)

鹿肉が来た

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 20日、生茶の取材後に出浦さんから大きな鹿肉の塊を頂いた。冷凍肉だったのでひと晩掛けて解凍し、鹿煮に挑戦した。大きな肉塊はこのままでは誰にもあげられないし、自分でも食べきれない。だから鹿煮にしておけば、小分けして冷凍も出来るし、知り合いにあげることもできるからだ。
 
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 まずは一口大の大きさに切り分ける。ボールに水を張り、切った肉を洗う。血が出るので何度も何度も洗う。煮るときに血はアクになるので、少なくしておいたほうが後が楽だ。
 鍋に肉を移し、強火で煮る。煮立つと同時にアク取りが始まる。アクは次から次に出るので全部取り去る。ここを手抜きすると味が悪くなるのでアクは丁寧に取る。
 
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 皮を剥きスライスしたショウガ二個とニンニク三球分を投入し煮込む。弱火でコトコトと4時間煮込むとショウガは残るがニンニクは溶けて消えてしまう。
 テレビでサッカーを見ていて煮てるのを忘れる時があった。煮汁が減るので時々お湯を足して煮る。サッカーが引き分けで終わり、何だかなあの気分で鍋を見る。鹿肉は軟らかく煮上がっていた。
 
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 ここで味付けする。みりんをお玉三杯と醤油をお玉一杯加え火を止める。このまま冷めるまで煮浸しにする。これで冷めれば鹿煮の出来上がりとなる。こうして出来た鹿煮はカレーの肉やボルシチに入れたりと何にでも使える。
 
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 今回はここから更に加工してみた。これだけ煮た鹿肉は繊維にそってほろほろと崩れる。その繊維状態にしたものを佃煮にしてみた。酒とみりんと醤油で味付けして、ふわふわと絶品の佃煮が出来た。
 サッカー引き分けのモヤモヤ感を洗い流すようにビールを飲む。薄味の鹿佃煮はいいつまみになった。これなら誰にも上げられる。
 
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2017年5月20日 (土)

縫製名人をアップ

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 瀬音ホームページの山里の記憶コーナーに「縫製名人」をアップした。
 この取材で驚いたのは紀子(みちこ)さんが作り上げて家に保管してある帽子やバッグの数だった。部屋は言うに及ばず、工房や納屋にも製品と材料が山積みになっていた。正直な話、もったいないなと思った。道の駅などに出しているという事だが、客はいても数少ない展示では販売に結びつかないのではないかと思ったのだ。
 
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 これだけの数が揃っていれば、欲しい品物に巡り会える可能性が広がる。趣味のものだからこそ、比較検討する数は多い方がいい。よけいな事だが、一部屋分くらいのスペースは必要なのではないかと思った次第。
 ご本人は「あたしは作るのが好きなだけなんで…」とおっしゃるが、出来上がった製品を人目に触れる機会を多くすることが製品に命を吹き込むことになると思う。
 
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 ご主人の傳二さんも木工作品作りに燃えている。二人とももの作りが好きというから、似たもの夫婦なのかもしれない。
 傳二さんが作った竹の熊手を見せてもらった。昔はこれで落ち葉をかき集めていた。デーマン籠とのセットで山の落ち葉を集め、畑の堆肥を作った。熊手の先の竹を曲げるのが難しいのだという。今年も10月に作るというので、是非取材をさせて欲しいと伝えた。昔を思い出しながら山での落ち葉掻きの話などを書いてみたい。
 
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 作りたい物がいくらでも頭に浮かんできて困るという紀子さん。次に会うときはどんな帽子やバッグが出来ているか楽しみだ。
 
 
 
 

秩父生茶の取材

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 19日、秩父の両神に生茶の取材に行ってきた。取材したのは出浦正夫さん(70歳)で、一日で製茶までの工程を見させていただいた。
 朝8時に伺うとすぐに畑に向かう。4月に雨が少なかったので茶葉の成長が遅れているとのこと。ここ三日ほどの雨で急に伸び出したのでちょうど良いタイミングだとのこと。
 奥さんと二人で刈り取り機を運転して葉を刈り取る。あうんの呼吸とお互いのクセがわかっているので作業はスムーズだ。私も袋持ちを手伝う。日射しが強くてすぐに汗をかくようになりタオルを首に巻いての作業になった。
 
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 11時で一日分60キロの茶葉を刈った。三反歩の畑があるが、4列の刈り取りで60キロの茶葉が刈れた。一気に全部刈ることはせず、製茶する分だけ刈るとのこと。今日は全行程を見せて頂くため1回分の60キロだけを刈った。
 工場は家の隣にある。12年前に建てたという工場だが、それにしてもすごい設備だ。
 
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 生葉コンテナに入れた茶葉からゴミや古葉や茎を取り除く。ボイラーの湯が沸いたところで作業が始まる。モウモウと蒸気が上がる蒸し機に茶葉がコンベアで運ばれる。コンベアで移動する間もゴミ取りをする。
 蒸し機で蒸された茶葉は冷却コンベアを通る。出浦さんがここで葉を確認しながら更にゴミ取りをする。タワーコンベアで粗揉機(そじゅうき)へと運ばれた茶葉はまず乾燥させる。粗く揉む機械で50%の水分まで乾燥させる。火加減が難しいが、出浦さんは機械に手を入れて乾燥具合を確認し続ける。これが一台目で30分、二台目で50分かかる。
 
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 良い状態に乾燥された茶葉は握って少し固まるくらいの水分。これを振動コンベアで揉捻機(じゅうねんき)へと送る。揉捻機は熱を加えずに錬り揉みする機械。大きな器がガッコンガッコンと回り茶葉をこねてゆく。これが30分から40分かかる。
 揉捻機で練られた茶葉はタワーコンベアで中揉機(ちゅうじゅうき)に送られる。あらかじめ暖められた機械が回転しながら茶葉を乾燥させ、なおかつ揉む。毎分25回転で35分間乾燥する。
 次に茶葉が入るのが精揉機(せいじゅうき)だ。まるで人間が手もみするような動きの機械4台が茶葉を作り上げる。40分から50分の乾燥ともみ込み。この機械の動きは本当に面白くて見ていて飽きない。出浦さんは茶葉を手に取りながら乾燥具合を確認する。いい香りが立ってきた。出来上がりはサラサラの茶葉できれいな針型になっている。朝刈り取った生葉がこんな形になるなんて不思議な気がした。
 
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 最後は乾燥機にかける。ゆっくり動くコンベアで移動しながら乾燥した茶葉は選別機で粉茶と煎茶に分けられる。5時間かけて出来上がったお茶。この段階のお茶を生茶または荒茶と呼ぶ。製茶にするには更に火入れが必要でこれは別に行う。今日はこの生茶を頂いた。
 奥さんが出来たての生茶を入れてくれた。お茶請けは虎屋の最中。じつに甘露で爽やかな生茶だった。一日でお茶が出来上がる魔法のような時間だった。これを趣味でやっているという出浦さんのすごさ。どう伝えたらいいのだろうか…。
 
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2017年5月17日 (水)

行者ニンニクが来た

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 16日の源流部会で長南さんから行者ニンニクをもらった。大きな紙袋にいっぱいの行者ニンニクはとても状態の良い物ばかりで、すばらしいプレゼントだった。私の足ではとても行けない深山の山菜。こうして黙って頂けるなんて本当にありがたい事だ。感謝感謝。
 
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 という訳で、今夜は行者ニンニク三昧の夕飯を作る。夕飯というか酒の肴というか、太る原因を作るというか、本当に困った困った(^^)
 まずは下処理。はかまとヌル膜を全部取り除き、一枚一枚水で洗う。泥がついているので丁寧に洗う。大量だったのでここまでで一仕事だった。腰が痛い。部屋中に行者ニンニクのにおいが充満し、えらいことになっている。でも今年初物の行者ニンニクだからしっかり味わって食べたい。
 
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 まずは定番のお浸し。一分茹でて水にさらし、よく水気を絞った行者ニンニクを食べる大きさに切り、タッパーでつゆの素に浸す。二時間くらい味を浸ませてから食べた。
 
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 同じく茹でた行者ニンニクを刻み、ゴマとクルミをすって和え物を作ってみた。味付けは味噌。クルミの甘さと味噌味に包まれた行者ニンニクが絶品!
 
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 卵3個を割って刻んだ行者ニンニクを加えてだし巻き行者ニンニク卵焼き。これは安定の旨さで、カミさんも絶賛してくれた。
 
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 秩父の鹿肉を細切りにして行者ニンニクと炒めた鹿肉炒め。味噌味の鹿肉だったので、味付けはなし。味噌味のおいしい炒め物になった。
 
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 小麦粉を固く溶いて刻んだ行者ニンニクを加えてよく混ぜ、ごま油で焼いたたらし焼き。チジミとも言うが、これが今夜の主食になった。色味に人参を薄く刻んで混ぜた。
 
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 残った行者ニンニクは煮沸した瓶に詰めて醤油漬けにした。これは冷蔵庫に入れて置けば長く持つので後日のつまみ用。
 長南さん、ありがとうございました。またよろしくお願いします(^^)
 
 
 
 
 

2017年5月11日 (木)

縫製名人の取材

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 10日、秩父の上吉田に縫製名人の取材に行った。取材したのは橋本紀子(みちこ)さん77歳だった。みちこさんは帽子や布製バッグ作りの名人で、伺ったお宅には何百という製品が置かれ、さながらショールームのようになっていた。
 作った帽子やバッグは吉田の道の駅龍勢会館や皆野道の駅で販売しているとのこと。自他ともに認める縫製名人だった。帽子やバッグにとどまらずシャツや洋服も簡単に作ってしまう。
 本人曰く「何かしら作っていたいんだぃね…」とのこと。作りたくて作りたく手が止まらないのだそうだ。その結果、家の中に山と積まれた帽子やバッグになったという次第。
 
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 工房を見せてもらった。三台のミシンと作業机があり、その周囲は山と積まれた材料の布や道具類に囲まれている。周囲や上は製品がこれでもかという感じで吊られていて、何がどこにあるのか本人でもわからないようだ。
「網代編みで作ったきれいなバッグがあったんだけど、どこに入れたかわからなくなっちゃって…」と探してみるが結局わからなかった。これだけ積まれていては確かにそうなりそうだ。
「また作ればいいか…」と本人はあまり気にしていない。
 
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 ご主人の傳二(でんじ)さん(80歳)は木工の名人だった。折りたたみ式の椅子や脚立を見せてくれた。安定していて折りたためるという優れもの。これは年に一度の「吉田文化祭」で展示販売するのだそうだ。「今年は何を出すべえか考えてるんだぃね…」とのこと。
 ものつくりが大好きな夫婦の会話は弾む。竹で作った熊手があるというので見せてもらった。昔、子どもの頃に使っていた熊手で、落ち葉をかき集めるためのものだ。竹の先の曲がりを揃えるのが難しい。これをまた作るというので、10月の熊手作りを取材させてもらうことにした。意外な展開で新しい取材が決まった。
 
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 みちこさんはどんなバッグでも希望に合わせて作ってくれるとのこと。創作熱はいよいよ盛んなようで、私も頼みたいと思うくらいだった。
 近所の人や知り合いから、着なくなった着物や洋服などがどんどん来るのだという。コートや背広はハンチングなどに最適で、着物の帯も様々なものに加工される。帯で作ったハンチングやバッグは本当にきれいだった。
 材料がどんどん溜まって、何がどこにあるのかわからなくなるのが困ったことだ、と笑うみちこさん。頭の中では「この柄はあそこに使える…」と、どんどん製品化しているのだが、手が追いつかない。新しい形のバッグを見ると、あれを作ってみようと作り出す。若い人が肩掛けにするバッグを見せてくれ「孫にいいかさあって作ってみたんだぃね…」と笑う。
 いやいやすごい技を持つ人がいたものだ。いっそのこと家をお店に改造したらと言ったら笑っていた。
 
 
 
 

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