2017年8月16日 (水)

モロヘイヤうどんをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「モロヘイヤうどん」をアップした。取材した坂本ミサヲさんは89歳という高齢ながら、自宅前の畑でたくさんの野菜を作り、花を育てている。
 たった一人の生活だが、身辺はきれいに片付いているし、料理も自分でやる。元気の元は畑仕事だと笑いながら言っていた。
「百姓やってたらボケる暇はねえかんねぇ…」「土をいじくるんが体にいいんだぃ」とのこと。明快だ。
 
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 作っている野菜を聞いて驚いた。すいか・ナス・蕗・ピーマン・かぼちゃ・枝豆・キュウリ・オクラ・じゃがいも・さつまいも・落花生・レタス・ニラ・ゴマ・ゴボウ・白菜・大根・サヤエンドウ・紫蘇・しゃくし菜・玉ねぎ・ブロッコリー・ショウガ・インゲン・パプリカ・シシトウ・茗荷・ゴーヤ・ほうれん草・イチジク・ほおずき・やつがしら・梅・柿・サトイモ・ソラマメ・長ネギ・ラッキョウ・キウイ・ししとう・トウガラシ・かき菜・キャベツ・ニンニク・ブルーベリー・カブ・ニンジン・トマト・そしてモロヘイヤ。
 
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 自分でも7年間畑をやったことがあるが、作ったのはせいぜい20品種くらいだった。89歳でこれだけの野菜を育てるのは本当に大変な事だと思う。しかし、ミサヲさんは淡々とそれをやっている。自宅前の畑はこれだけの野菜が育ち、花が咲き乱れている。
 本当にすごい事だなあと思う。自分が89歳になった時にはいったいどんな生活をしてるのかわからないが、手本にしたい人生と言える。こうありたいと切に思う。
 
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 何より素晴らしいと思ったのは、人に頼らない生き方だ。
「自分のことは自分でやるんがいいんだぃ」
「ダメな時はダメなんだから、いい方へいい方へって考えるんがいいんだぃ」
「ひとりでいられるうちはひとりでいるんがいいんだぃ」
 元気な言葉が次から次に出て来る。野菜といっしょに元気ももらった取材だった。
 
 
 
 
 

2017年8月11日 (金)

シロギスが来た

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 JICKYさんが釣りに行き、帰りにシロギスを届けてくれた。その数十尾、さっそく捌いて料理した。頂き物は全部私が料理する事になっているので、夕方から料理三昧になった。
 小型のキスは開いて処理し、大型のキスは三枚に下ろして刺身にする。
 
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 刺身は糸造りにして花形に巻き、真ん中に梅味噌をのせる。シロギスは醤油より梅味噌が合う。大葉を敷いてその上に刺身を盛る。大葉と梅味噌にシロギスの刺身がよく合う。まさに酒の肴だ。今日のお酒は桜鑑(さくらかがみ)の冷酒。
 
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 何尾かのキスから卵が採れた。この貴重なキスの卵は梅煮にする。梅干しの果肉をすり鉢ですり、砂糖・醤油・酒と合わせて佃煮風にする。梅の味が浸みた卵は絶品の肴になった。
 
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 三枚に下ろした中骨を骨せんべいにした。骨に小麦粉をまぶし、更にカレー粉を少し加えてまぶし、オリーブオイルで揚げた。骨粗鬆症ぎみのカミさんへの一品。
 
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 開いて捌いたキスは天ぷらでなくピカタにした。卵一個にブロッコリーと人参の細切れを加え、牛乳少々とパルメザンチーズを加えて衣にする。この液に開いたシロギスを浸し、たっぷりのオリーブオイルで焼く。ふわふわのシロギスがビールによく合う。
 
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 頂き物で夕飯が出来た。旬のシロギスを届けてくれたJICKYさんに感謝。本当にごちそうさまでした。
 
 
 
 

2017年8月 9日 (水)

モロヘイヤうどんの取材

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 8月8日、小鹿野町長留にモロヘイヤうどんの取材に行った。取材したのは坂本ミサヲさん(89歳)で、昔の話を聞きながら自宅前の畑で採れたモロヘイヤを使ったうどん作りを見せていただいた。
 ミサヲさんはとても元気な人で、今でも自宅前の70坪の菜園を自分で耕してたくさんの野菜を栽培している。その数40種類以上と聞き、驚いてしまった。自分で作った野菜を自分で加工し、様々な料理に使っている。
 
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 今回取材したのはモロヘイヤを使ったうどん。モロヘイヤは軟らかい葉を収穫し、天日でカラカラに乾燥させ、ミキサーで粉状に加工したものを冷蔵庫で保存する。必要に応じてうどんやおまんじゅう作りに利用している。こうして粉末にしておけばいつでも利用できるので便利だという。
 ひとり暮らしのミサヲさんだが、家の中のことや畑仕事も料理も全部自分でやっている。手先も器用で、様々な人形や飾り鞠、シュロの葉で作るバッタなどが得意だ。書も自慢の一つで様々な人生訓を書にしたためてみんなに配り喜ばれている。
 6人ほどの仲間がいて、週に一度みんなで両神温泉に行って一日食べて休んで話すのが楽しみだなのだと笑う。とても元気なおばあちゃんだった。
 健康と元気の秘訣は畑仕事にあるという。「土をいじくってるんは気分がいいんだぃ」と明快だ。89歳という年齢を感じさせない人だった。
 
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 畑の野菜を「好きなだけ持ってけ」と言う。ミニトマト、うまい菜、カボチャ、スイカ、青紫蘇をたくさんいただいて帰途についた。ありがたいことだ。
 
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 帰り道、下小鹿野の浅見しげさんを訪ねた。昨年怪我をしたと聞き、その後を心配していたのだが、会ってみると以前と変わらず元気だったので安心した。
 しげさんは99歳、今でも味噌を作ったり梅干しを作ったりしているスーパーおばあちゃんだ。今回も大量の味噌と梅干しと玉ねぎをいただいて恐縮してしまった。
 
 89歳のおばあちゃんと99歳のおばあちゃん。お二人に共通しているのは「自分の事は自分でやる」という強い意思。本当に頭が下がるし、勉強になる。見習いたい人生だ。
 
 
 
 

2017年8月 6日 (日)

勝てないなぁ…

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 サイスタの大宮線を見てきた。監督がミシャから堀さんに替わったという事で、今後の展開がどうなるか興味があった。選手の意識がどう変わったかを見たかった。
 試合が始まるまで一時間ほどマッチデープログラムを読む。監督が替わったことに対する選手の考え方などを読むうちに「何だかやれるんじゃないか」と思わせてくれた。
 
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 試合は興梠のPKで先制したレッズが固い試合運びをして「これは勝てるかも」と思わせてくれた。ところが後半になって目の前で信じられないミスが出てしまった。宇賀神が出したパスを遠藤が見ていなかった。これを奪われて失点。スタジアム全体に大きなため息が……
 45000人のため息というのは凄い……、安い失点が止まらない。
 
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 あれで試合の流れが変わってしまい結局2−2の引き分け。引き分けと言うより、勝ちを逃がした負けに等しい引き分けである。勝ち点2がなくなった。
 試合を通して感じた事は、堀さんが監督になっても、5年半ミシャの下でやってきたコーチだからミシャのやり方しか知らないのではないかという疑念。
 今年は残留できれば良いと考えるしかなさそうだ。多くを望むと目の前が暗くなる。
 
 
 
 

2017年8月 3日 (木)

山形の釣り

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 本の作業が一段落して時間が取れたので、自分にお疲れさまのご褒美で二日間の釣りに行ってきた。梅雨明けした山形で最高の釣りが出来て大満足。
 じつはここに書かなかったのだが、6月に野村さんと釣りに行って十数年ぶりにボウズを食らってしまい、そのリベンジだった。お陰様でリベンジ完了。尺イワナ一尾と28センチ二尾も出て、型も数も大満足の釣りだった。
 
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 梅雨明けの山形はすごく暑かった。帰りに那須SAに着いたら24度で寒いくらいだった。山形の山奥の方が暑いなんて、何だか変な感じだった。
 
 それにしても平日の山形で釣りが出来るのは本当に最高だった。一人で川にいる時間がこんなに自分を解放してくれるんだと再認識した。山奥の道を窓全開で走るのも気持ちいいし、窓の外の景色も最高だった。高速は少し退屈だけど、一人で山の中を走るのも最高に気持ちいい。車で走るのがやっぱり好きなんだなあ。
 
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2017年7月30日 (日)

続・秩父鉱山

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 二週間家にこもって作業して、やっと「続・秩父鉱山」の完全原稿が出来上がった。確認も終わったので、明日出版社へ入稿するだけになった。
 
 5月23日に「秩父鉱山」増刷の話があり、その時に増補改訂版にしたいという申し出があった。今までに様々な写真や資料を集めていたので、喜んで増補分のページ割りをしたのだが、まったくページが足りなかった。
 出版社と相談したところ「それでは、別冊という事にしましょう」というありがたい申し出があり、大喜びした。これで全部生かせると思ったのと、何人か追加取材したい人がいたからだ。それからの二ヶ月が目の回るような忙しさだった。
 
 取材、写真の整理、スキャニング、写真の確認、文章書き、文章の確認、似顔絵描き、似顔絵の送付、表紙のデザイン、300ページのレイアウトなどなど。
 出版社から七月中にと言われたので、とにかく頑張った。会社で働いていた時でもこんな頑張った記憶はない。久し振りの集中力発揮でとても疲れたが、こうして終わってみれば充実した二ヶ月間だった。秩父、浦和、土浦、取材で走り回ったのもなつかしい思い出になりそうだ。多くの方々に確認作業を急がせてしまい恐縮している。
 
 前作の後を追いかける形だったので迷うことなく作業が出来た。多くの写真や資料を掲載できたので、二冊合わせて見ていただければ秩父鉱山の昔の姿がよりはっきり見えて来るのではないかと思う。
 八月中に校正を終わらせ、九月中旬には「続・秩父鉱山」刊行の予定となっている。前作同様、多くの方に見ていただければ嬉しい。
 
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2017年7月20日 (木)

秩父鉱山の取材

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 7月19日と20日の二日間、「秩父鉱山」の取材で走り回った。
 19日は中津川の幸島家に取材をした。幸島家といえば中津川の名主で鉱山の採掘に関しては江戸時代から中心的な活躍をしてきた家だ。ご当主は34歳と若く、中津川キャンプ場を経営している。夏休み前の忙しい時期の訪問となったのだが、快く迎えていただいた。
 
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 37年前に開業したキャンプ場だが、30年ほど前に会社のキャンプで利用したことがあり、その当時の話などの昔話に花が咲いた。30年前よりも建物が増え、木が大きくなったキャンプ場は4月から11月迄営業しているとのこと。
 訪問の目的は二つあった。一つは幸島家に江戸時代から伝わる鉱山日誌があり、それを見せてもらうこと。これは、埼玉大学に貸し出してあるという事で拝見することは出来なかった。
 もう一つは幸島家の敷地内に建つ「源内居」を見せていただくこと。こちらは現在非公開となっているとのことで、こちらも断念。
 世間話から昔話などしているうちにご母堂から「せっかく○○さんの紹介で来てもらったんだから座敷だけでも案内したら…」というありがたい言葉があり、源内居を見せていただける事になった。
 源内居は平賀源内が江戸時代に幸島家に滞在した折、自分の設計で建てた別荘のような建物のこと。内部は細部にこだわった緻密な造りで、至る所に平賀源内の粋でしゃれたセンスが感じられる工夫が施されていた。ご当主から細かい説明を聞きながら写真を撮る。七宝焼きの引き手、釘隠し、飾り格子の欄間、細い梁を使った繊細な天井、讃岐式の違い棚などなど、目の保養になった。
 非公開ということで写真は公開できないが、昔の中津川にこれほどの建物があったという驚きは新鮮なものだった。江戸時代の職人の見事な仕事ぶりに頭が下がった。眼福の一時間。
 
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 ご当主に丁寧に礼を言い帰路に着く。そのまま鉱山跡地まで足を伸ばす。真夏の赤岩と廃墟が迎えてくれ、佇む時間に風も止まって暑かった。
 渇水警報が出ている滝沢ダムを見た。塩沢地区はすでに川底が見え、本体の水量は30%くらいに下がっているだろうか、白い護岸が目にまぶしいようだった。
 秩父市内は川瀬祭りでにぎやかだった。そんな市内の渡部さんを訪ね、預かった写真の詳細を確認する。本に載せる写真は一枚ずつ確認して説明文を書かなければならないので大変だ。
 今回の「続・秩父鉱山」は渡部さんの写真が中心の本となる。
 
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 20日(今日)は土浦まで走り、新藤茂さん(65歳)の取材をした。新藤さんは大黒の社宅で生まれ、中学を卒業するまで鉱山街で暮らした。父親が大黒坑で働いており、当時の父親やご自身の話を聞かせていただいた。
 昔の写真を見ながらの話は多岐にわたり、楽しく良い取材が出来た。圏央道のおかげで土浦はずいぶん近くなっていて、秩父よりずっと近かった。
 これで取材は全部終わり、のこり十日で全ての原稿を仕上げなければならない。忙しい日々が続くが、がんばって乗りきりたい。
 
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2017年7月11日 (火)

絵を届けて取材

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 暑い暑い7月11日、両神の須川(すっかわ)に絵を届けて、あちこち取材に走り回った。
 絵を届けたのは黒沢進さん(73歳)で、「樽栽培トマト」の絵を届けた。ちょうどハウスの作業が終わったところで、進さんは上半身裸で汗を拭いているところだった。こんな暑い日にハウスの作業は地獄のようだと笑っていた。
 進さんは絵をとても喜んでくれ、お礼にと収穫したトマトを三袋も渡してくれた。三味線の話やふるさと祭りの話をして楽しい時間を過ごした。
 
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 この地区にあった索道の中継所がまだ残っているという話になり、案内していただいた。向かった先に、驚いた事に昔のままの索道中継所が建っていた。
 こんなに完全な形で残っていると思わなかったので夢中で写真を撮った。中には索道の搬器が残されていてこれにも驚かされた。この搬器に500キロもの精鉱を乗せて秩父鉱山から三峰口まで運んだのだ…と思うとすごい感慨深いものがあった。
 納宮(おさみや)から索道が来る部分は杉が大きく育って空も見えないが、中継して三峰口に向かう筋は山が低い場所なのでよくわかった。ゴンゴンゴンと音を立てて索道の搬器が山を越えてゆく姿が見えたような気がした。
 
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 午後は「秩父鉱山」の取材。小鹿野の品川さん宅で鉱山写真の説明を聞き、山崎さん宅で昔の話を聞き、秩父の渡部さん宅で古い資料の解説を聞いた。
 兄の家に寄って夏野菜をダンボール一杯もらいクーラーボックスに詰める。帰り道に本庄の桜井さん宅に寄り、取材の打ち合わせをして、奥さんの手料理に舌鼓を打ち、またまた夏野菜をたくさん頂いて帰路についた。
 暑かったが充実した秩父路巡りだった。
 
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 出版社との話し合いで、7月中に「続・秩父鉱山」の原稿をアップする事が決まったので、急遽7月に予定されていた「山里の記憶」の取材2件をキャンセルすることになってしまった。すぐに断りの電話を入れる。まことに申し訳のないことだ。
 さすがに300ページの原稿を二週間で作るのは集中しないと無理だ。まだ取材も終わっていないのに……。大丈夫なのか、本当に? 
 でも、九月に本を出すにはやるしかない。がんばろう、俺!
 
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2017年7月 9日 (日)

樽栽培トマトをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「樽栽培トマト」をアップした。
 今回の取材で驚いたのは、まったく新しい栽培方法を取り入れ、ネットで情報を調べながら取り組んでいる黒沢進さん(七十三歳)の姿だった。始めてからすでに五年目になるという。
ここまでの間にも大雪でハウスが全部つぶされてしまうような事もあったし、奥様が病気で他界されるという悲劇もあった。
 
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 普通であれば心が折れてしまうような出来事だったはずだが、進さんはそれに負けずにトマト栽培に取り組んでいる。将来を見通し、未来を託す息子さん家族の為に道を切り開くためだ。この栽培方法で育てるトマトの良質なこと。販売チャンネルを確保すれば農業は安定した仕事になるという信念。そして何より、ものを作ることが大好きな進さんの情熱。
 言葉で書けばかっこいいが、実際は暑いハウスで体の健康を心配しながらのトマト栽培だ。やはり、情熱がなければ出来ない事だ。
 
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 朝に収穫が終わっていた為にハウスの中には緑色のトマトしかなかった。それでも赤いものを探し出して私に食べさせてくれた。進さんのトマトは固く甘かった。驚いたのは汁気が少ない事だった。普通トマトにかぶりつくと中の汁が飛び出すのだが、進さんのトマトは汁がジェル状で飛び出さない。それだけ水分を絞って栽培しているのだと感じた。
 甘さと酸味が絶妙にマッチした味で、果肉も噛みごたえのある旨いトマトだった。
 
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 取材した日は曇りで、涼しい日だった。進むさんは「今日くらいの気温だったらいいんだけどねえ…」とハウスの温度を気にしていた。外は涼しくてもハウスの中に少しいるだけでジットリと汗が出て来た。これが晴れている日だったらどんなに暑いか。そして、その暑い中で収穫作業をすることがどれだけ大変か…。ハウスはハウスで問題は多い。
 とにかく健康に留意してトマト栽培を続けてもらいたいと思った。
 
 
 
 

2017年7月 3日 (月)

アジが来た

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 7月2日、テニスをやっている時にJICKYさんから電話があり、「アジを釣ったので届けておきました」とのこと。テニスが終わってすぐに帰宅し、見たら、なんと十四尾ものアジ。
 早速全部を三枚に下ろす。新鮮なアジは捌くのも楽だし、皮もよくはがれる。それにしても十四尾もあると大変だった。
 
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 三尾分をなめろうにした。大葉・茗荷・九条ネギ・秩父味噌で和えるなめろうは酒のさかなに絶品の味。叩いても身が崩れないのがすごい。
 
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 五尾分でアジフライを作る。釣りたての新鮮なアジはフライが旨い。十個も揚げたがこのくらいはペロリと食べてしまうだろう。
 
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 残ったアジは冷蔵庫で保存し、明日の夜刺身にする。一晩寝かした方が刺身は旨い。またアジフライを作るのもいいかもsいれない。
 
 フライ作りで余った小麦粉・卵・生パン粉に九条ネギをたっぷり加えてチジミを作った。これはご飯代わりになるし、つまみにもなる。
 
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 キンキンに冷えたビンの一番搾りで乾杯して豪華な夕食。「JICKYさんありがとう!」
 アジフライとビールは最高に合う。なめろうは秋田から持ち帰った「秀吉」を合わせる。これもまた旨し。贅沢な夕食でありました。テニスの疲れもどこかに消えそう。
 
 
 

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