2018年1月17日 (水)

尾ノ内氷柱の取材

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 1月15日、秩父の冬を飾る観光地、尾ノ内氷柱を取材した。取材したのは尾ノ内氷柱実行委員会の会長である北孝行さん(74歳)だった。土日は観光客の対応が忙しいので、平日の午前中ならということでこの日の取材が実現した。北さんは9年前に商工会青年部の相馬さん他5・6名で始めた冬の観光地作りをバックアップすることで大きく育ててきた。
 
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 商工会青年部が始めた行動は集落を団結させ、自分達の力だけで大きな観光地に育て上げた。5年前からは大きな集客力を見過ごせなくなった町の観光課もバックアップを始めた。地元の人間による地域振興の好例として多くの自治体が視察に来るようになった。
 また、北さんは「芦ヶ久保氷柱」の開発も協力して、氷作りを指導している。同地域の久月(ひさつき)にも氷柱が作られることになったのも、尾ノ内氷柱の成功を見たからだった。
 
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 尾ノ内氷柱のすばらしいところは、冬の氷柱だけで終わらないところだ。4月から10月迄「よってがっせー委員会」の活動が毎週末に開催されており、氷柱以外のリピーターも多い。地域のみんながなんらかの活動を分担している訳で、地域全体が盛り上げていることがすばらしい。野菜作りや施設の工事、修繕などなどもみんなでやっている。地域興しは地域の人々が元気になるのが一番だと思うが、ここではそれが普通に行われている。
 
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 地元の女性達が作る料理も様々に種類を変えて提供されている。この日も女衆が作った料理が窓口に並んでいた。無料サービスの甘酒を飲みながら少しずつつまんで食べる。窓口を通して笑顔とおしゃべりが交流する。温かいもてなしを見ていると、リピーターが多くなるのもよくわかる。
 
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 北さんはそんな活動を会長として引っ張って来た。強力な仲間も多い。この日は高橋美正さんと柴崎照夫さんが話に加わってくれ、いろいろな話を聞くことができた。多くの人と会話して、笑顔で帰ってもらうこと。そしてその人達とまた別の日に笑顔で会えることが醍醐味だと話してくれた。地域活性化の手本のような人達だった。
 
 
 
 

2018年1月15日 (月)

くだげえの取材

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 1月14日と15日の二日間、秩父に行った。小鹿野町藤倉地区、馬上(もうえ)集落の「くだげえ神事」を取材をするためだった。正式には諏訪神社の筒粥神事という。45本の篠を編み、筒状にしたものを大鍋でお粥と炊きあげ、翌朝の朝日とともに篠を割って、一年の天気・作柄・大世を占う神事だ。
 
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 14日の午後1時に神事に使う篠(矢竹)を切り出す事から取材が始まった。様々な決まりがあり、その決まりに則って作業が進んで行く。行事長の酒井康男さん(68歳)に話を聞きながら取材を進める。行事6名、小回り4名の10名が手分けして篠を切り、削り、筒に編む。出来上がった篠筒を神前に奉納して午後の部は終了する。
 
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 夜の部は午後7時から始まった。行事・氏子全員の柏手と朱盃での献杯から神事が始まった。大鍋に神聖な水とおさご(お米)を入れ、鍋の中央に篠筒を置く。慎重に囲炉裏に運び、一気にお粥を炊きあげる。狭い堂内に煙が充満し、目を開けていられない。囲炉裏の炎が1メートルも立ち上がり堂内が熱い。あっという間に鍋が沸騰する。すぐに鍋を移動し、冷ます。醒めたら元に戻し、また沸騰させる。三度沸騰したところで鍋を外し、杓子を使って行事長が篠筒を鍋から出し、三宝に入れ、神前に奉納する。夜の神事はここで終了し、そのまま歓談する。多くの話を聞くことが出来た。終わったのは夜8時半。三々五々帰宅する。私は実家である兄の家に向かう。
 
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 翌朝は6時起き。7時までに神社に行かなければならない。車のフロントガラスが真っ白になっていて、霜落としに時間がかかった。車の温度計はマイナス8度になっていた。何とか7時前に神社到着。行事がすでに来ていて大きな焚き火が迎えてくれた。皆さんといろいろな話に花が咲く時間だった。神事は8時から始まった。行事・氏子全員の柏手と朱盃での献杯から神事となり、奉納した篠筒が出される。行事長と長老が篠筒を分解し、三本ずつ割って中身の確認をする。行事全員が意見を述べながら今年一年の様々な占いが行われた。
 
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 毎年NHkのニュースで流れる「くだげえ神事」だが、自分で取材してみて初めて知る事が多かった。少子高齢化の波に流され、氏子が年々高齢化している。いつまでこの神事が続けられるかわからないという言葉もあった。難しい事かも知れないが、素朴な民間信仰を伝える貴重な神事をいつまでも続けて欲しいものだと思った。
 
 
 
 

2018年1月11日 (木)

産土神様に初詣

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 1月9日、松が明けてしまったが初詣に行ってきた。参拝したのは南千住のすさのお神社。この神社は調べたところカミさんの産土神様に当たるということで出かけたものだった。初めて参拝する神社だったが、カミさんがこの神社の氏子として生まれたと考えると感慨深いものがあった。
 神社は下町らしい商店街の奥にあり、三方から境内に入る鳥居が立っていた。すさのお神社らしく「蘇民将来之子孫也」という幟がたくさんはためいていた。門松も立派で威厳のあるものだった。参拝を済ませ、ご朱印をいただき、交通安全のお守りをいただく。荒ぶる神が交通安全に有効かどうかはよくわからないが、初詣だから一年の安全を願ってのもの。
 
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 参道のような大通りを南千住の駅に向かって歩く。昼時だったので駅近くのそば屋に入って蕎麦を食べた。この蕎麦屋さんが大当たりで、じつに旨い蕎麦を食べることが出来た。新年早々旨い蕎麦を食べることが出来て今年は運が開けそうだ。大満足の味。
 蕎麦屋のお姉さんに都電の駅の場所を聞いてのんびり探す。くねくねした道を歩くこと15分、三ノ輪橋の小さな都電の駅に到着。駅前のこぢんまり感がいい。佃煮屋さんでお土産にアサリの佃煮を買う。
 
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 三ノ輪橋から始発の都電に乗って大塚駅を目指す。165円で早稲田まで行けるのだから安いものだ。普段着の半纏を着たおじさんがいたり、挨拶回りらしい荷物を抱えた人がいたり、都電の下町感がとてもいい感じだった。
 プワー・チンチンという音と共に王子、滝野川、庚申塚と懐かしい場所を走り抜け大塚駅に到着。一時間弱のチンチン電車移動がとてもいい気分だった。都電に乗ったのは何年振りだろうか?
 
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 池袋でキンコーズに寄り、「栃もち」の絵のプリントアウトをする。これから家に帰ってファイルを作り絵を額装して明日秩父の大滝まで届けなければならない。さてさて、新年から忙しいことだ。
 
 
 
 

2018年1月 8日 (月)

栃もちをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「栃もち」をアップした。この取材を通じて感じたのは栃もちの取材は本当に難しいという事だった。栃もち作りは本当にいろいろな作り方がある。名人と言われる人は細かいこだわりを持っていて、それぞれの味に自信を持っている。手前味噌ならぬ手前栃もちというところだ。
 
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 エミ子さんにいただいた栃もちを正月の間ずっと食べていた。焼いても旨いし、煮ても旨いのでじっくり味わった。柔らかくつるりとした喉ごしにはいささかのざらつきもない。苦くないのに栃の香りが豊かでじつに旨い栃もちだ。
 取材している時から感じていた事だが、どうしてこの味になるのかがわからない。毎回少しずつ違う味になるというが、安定してこの味なのだからすごい。
 
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 灰の良し悪しが味になるという。良い木を燃した灰が良い灰になるという。良い灰が効きがいいという。話としてはわかるのだが、実際に何が作用してそうなるのかさっぱりわからない。経験則としか言いようがないのだが、そのまま書いて取材が終わってしまうのが歯がゆい。そのくらい今までの栃もちの味と違うのだ。どうしてこの味になるのかが知りたい。
 
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 それにしても、あの苦い木の実を食べようとした昔の人々の熱意はすごい。執念と言えるその歴史上にどれだけの人の工夫が重なっていることか。そして、その結果こんな素晴らしい味に辿り着いたという事実。つくづく人間はすごいなあと思う。
 正月早々素晴らしい味に舌鼓を打ち、味の歴史を思う。じつに豊かな時間を過ごすことが出来た。エミ子さんの栃もちに感謝。
 
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2018年1月 1日 (月)

謹賀新年

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 新年あけましておめでとうございます。穏やかな元旦から新しい年がはじまりました。
 大晦日、毎年恒例になったJICkYさんの手打ち年越し蕎麦を食べ、紅白歌合戦からゆく年くる年を見て、日付がかわった瞬間にカミさんと新年の挨拶をする。毎年同じ年越しが出来るのもありがたい事だった。
 30日と31日の二日間かけて16品のおせち料理を作った。元旦に一品ずつ写真を撮りお重に盛りつける。テーブルに赤いランチョマットを敷きお酒は久保田の碧寿を準備してお正月の膳となった。飲んで食べてのお正月が始まった。自分で作ったおせちは全てが酒の肴になる。毎年何品か新しいおせちを作る。これがまた旨い。今年はローストビーフと数の子のワサビ漬け和えを新しく作った。どちらも満足の味。間違いなく3キロは太る。
 
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 黒豆はカミさんの友人が送ってくれた丹波の黒豆。29日の夜から煮始めてまる二日間ゆっくりと煮たもの。今年も良く出来て、近所の皆さんにも喜ばれた。
 
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 今年初めて挑戦したローストビーフ。牛ももブロックを塩コショウしてフライパンで焼き、湯煎で仕上げたもの。芯まで火が通り柔らかく絶品のローストビーフになった。
 
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 数の子のわさび漬け和え。マヨネーズを少し加えてまろやかにした。柚子を散らして日本酒が進む絶品が出来上がった。
 
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 蒲鉾は今回は赤のみにした。上部を飾りに作り中に紫蘇・ゴマ・鰹節・梅を叩いて作った味噌を詰めてある。梅の味がさっぱりした後味になっている。
 
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 安定の卵焼き。ホタテ缶を一個分使った旨味の濃い卵焼き。
 
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 信田巻き。油揚げを開き、ニンジンの細切りを芯に、茹でたほうれん草を敷いて巻いたもの。水気を絞り、フライパンで焼きを入れ食べやすくした。
 
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 柚子釜は紅白なます。薄味で漬け込んだ箸休め。
 
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 ゴボウとニンジンとレンコンのきんぴら。ほんのり辛い酒の肴。
 
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 ねぢり梅。京人参を梅型に削り、甘く煮たもの。盛り付けの飾りに使う。
 
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 スモークサーモンを桂むきした大根で巻き、三つ葉の軸で縛ったもの。さっぱりと箸休め。
 
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 たたきゴボウ。酢を控えめにしたゴマたっぷりの柔らかいゴボウ。
 
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 田作り。味付きジャコとくるみを砂糖とみりんで煮たもの。
 
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 ゴボウの豚肉巻き。豚もも薄切りで煮たゴボウを巻き、フライパンで焼いて味付けした。
 
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 栗きんとん。紅東を煮て裏ごしし、砂糖で煮て栗甘露煮を加えたもの。甘すぎずじつに旨い。
 
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 昆布巻き。鮭のハラスをゴボウで挟み、早煮昆布で巻いて煮たもの。
 
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 筑前煮。煮物は今回筑前煮を作った。サトイモ・こんにゃく・ゴボウ・ニンジン・椎茸・レンコン・名古屋コーチンを使ってこくのある煮物が出来た。最後に茹でたキヌサヤを散らす。
 
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 真ん中の飾りは蒲鉾の日の出飾り。全部おいしくいただきました。太るよなあ……
 
 
 
 
 

2017年12月26日 (火)

年賀状を書いている

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 年賀状は住所と宛名と裏面に一行を手書きして出すと決めている。今年は全部で600枚以上の年賀状を書く予定だ。今日の段階で450枚を書いたからあと二日かかる予定。毎年一週間くらいは年賀状書きで年末の貴重な時間を使うことになる。
 裏面のテーマはイラストで描く。今年はレッズのアジアチャンピオンを祝して似顔絵を描いた。賛否はあると思うが、自分にとって最高の思い出なのでご容赦いただきたい。
 
 年賀状の名前を手書きにしているのは少しこだわりがある。住所と名前を書いている時間がその人を思い出す時間になるからだ。長い付き合いの人、最近知り合った人、年賀状だけのつきあいになってしまった人。一人一人に思い出があり、懐かしさがあり、笑顔がある。それを思い出しながら無沙汰のお詫びもかねて名前を書く。だから手書きでなければならない。年々字が下手になっているが、個人的な経年劣化なのでこればかりはどうしようもない。下手なりに頑張って書いている。
 
 毎年書く枚数が増える。山里の記憶の取材や秩父鉱山の取材が重なったので、今年は特に増えた。全員会って話した人ばかりだ。ほとんどの人がSNSやメールを知らない人々だ。メールで年賀状を済ませるなどという事はとても出来ない。
 新しい時代とは逆行してしている行為だとは思うのだが、他の方法は思いつかない。自分の思いを伝えるには、相手の環境に合わせなければ思いは伝わらない。当たり前の事だが、最近はそんな事を考えるのも時代遅れと言われそうで、少々気後れがする。
 
 いろいろあった一年を思い出し、来年が良い年になりますようにと願いをこめて年賀状を書く。大変だけれど、元旦に賀状が届くように頑張って書いている。
 
 
 
 

2017年12月24日 (日)

テニスと忘年会

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 12月23日、今年最後のテニスがあり、終了後忘年会となった。小豆沢テニスクラブの今年最後の試合は小豆沢公園テニスグラウンドにて行われた。穏やかで快晴のテニス日和だった。六人参加して二時間の試合だったので体は楽だった。相変わらずファーストサーブの確立が悪い。今年は何も改善されなかった。イージーミスも多く反省することが多い。
 
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 3時に試合が終わり、加藤さんが予約した「天狗」で忘年会に突入。テニスの後のビールが旨いこと。テニスの話、釣りの話、病気の話で盛り上がる。出て来る料理を次々平らげ、焼酎のお湯割りを飲む。それにしてもみんな病気に詳しいので驚く。全員が薬を飲みながら酒を飲むという不良中年。健康なんだか不健康なんだか笑ってしまう。
 
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 いい気分になったところで会場を変更。二次会は板橋区役所前のカラオケ「バンバン」で歌う。四人で交代に歌い盛り上がる。知ってる歌が続くので、同世代のカラオケは楽しい。風邪も治ったので存分に歌う。楽しい時間だった。
 
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 来年もテニスを続けるのだから、少しは上達したいのだが、怪我をしないことを一番に考えているので無理はしない。こうして飲んで楽しめる仲間がいる事だけでも良しとしたい。
 ファーストサーブを何とかしたいものだが……まあ、仕方ないかな。
 
 
 
 

2017年12月18日 (月)

絵を届けて色々

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 12月17日、大滝の上中尾に「やたら漬け」の絵を届けに行った。寒い朝で、ノーマルタイヤの車は日蔭が怖い状態だったが、慎重にゆっくりと走った。遠くから見える奥山には雪雲がかかっていて山が真っ白になっている。雪が心配だったが、上中尾までは雪が降りていなかったので良かった。
 
 絵を届けたのは山中順子(まさこ)さん(85歳)で、絵をとても喜んでくれた。お茶請けがまたいっぱい出されて順子さんの料理話を聞かせてもらった。今朝焼いたという蒸しパンには栗とレーズンがいっぱい入っていた。花豆は柔らかく甘い。キュウリの塩麹漬けはサッパリと美味しい。ニンジンと茎ワカメの煮物は爽やかに甘い。そして、取材したやたら漬け。甘酒も出していただき、冷えた体が芯から温まった。
 
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 昔、公民館の活動で地区の女性全員が参加して一人一品の料理を持ち寄って記録に残した事があった。その時の写真が出てきたので見てくれと言われて二冊のアルバムを開いた。
 氏名と料理名が記された写真が大量に収められていて、ページを開く毎に驚きが広がった。この地区にこれだけの人がいて、これだけの自慢料理があったという記録。本当に貴重な資料だと思った。見た事も聞いた事もない料理が次々に出て来る。昭和60年と書いてあったから、今から32年前の記録だ。
 店がない地域だったから料理は自分達で工夫するしかなかった。甘いお菓子やおやつも全部自分達の手で作った。そんな記録と記憶がここに納まっていた。聞けば参加者全員で少しずつ味わったとのこと。参加者はみなこれだけの料理が出ると思っていなかったのでとても驚いたという話だった。
 このような記録は今でも必要なのではないか…と思った。まとめる人が大変だろうと思うが、公民館の活動の一環でできないものだろうか。今を記録しておくことが将来大きな財産になるような気がした。
 
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 帰りは実家に寄って野菜をもらい、道の駅で足りない野菜を買い求めた。野菜が高騰しているので秩父に行くときは必ず道の駅で買い物をする。安くで新鮮な野菜に助けらている。
 
 
 
 
 

秩父で忘年会

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 12月16日、秩父で忘年会。その前に午後1時半から小鹿野文化センターで「小鹿野ときめき生活推進大学」の講座を受講した。内容は森林インストラクターの山中正彦さんによる「山のくらしと植物」という講義。秩父生まれの人間ながら知らない事ばかりでとても勉強になった。山中さんの丁寧な解説と貴重な写真の数々はこれからの山里の記憶の取材にも活用出来そうで興味深いものだった。
 
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 4時半から「高砂ホルモン」での忘年会。参加者は吉瀬さん、kazuyaさん、長南さん、鵜住居さん、JICKYさんと私の六人。六人中四人が東京在住なのに、なぜ秩父で忘年会なのか。それは年に一回ホルモンと餃子を食べるため。
 秩父のホルモンはすっかり有名になってしまい、今は予約なしでは店に入れないほどになっている。このお店も有名店の一つで、ホルモンの種類も鮮度もすばらしかった。店内はホルモンを焼く煙でモウモウとしているが、客も慣れたもので誰も気にしない。約二時間でホルモン大盛り二皿を平らげた。痛風持ちとしてはホルモンはご法度なのだが、年に一度くらいは大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
 
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 二次会は餃子の旨い中華屋さん。駅近くのこの店はkazuyaさんの顔なじみ。40個の餃子と焼きそば、野菜炒め、ラーメンなどが次々と胃袋に納まる。酒が回ってにぎやかになる。久し振りなのに普通に会話が出来るのがいい。いろいろ話したが酔って何を話したか覚えていない。まあ、こんな忘年会もいいものだ。
 9時過ぎ、それぞれに帰る場所へと別れる。ハイタッチなんてのも忘年会ならではの別れ方。駅でみんなと別れ、確実に二キロ太った体をホテルに運ぶ。あとは風呂に入って寝るだけ。それにしてもよく食った。
 
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2017年12月15日 (金)

やたら漬けをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「やたら漬け」をアップした。取材した山中順子(まさこ)さんが命名したやたら漬けは十種類の野菜を夏から漬け込み、塩出しして刻み、調味した漬け汁に本漬けするという手間のかかる漬物だった。何でもかんでもやたらに漬けるから「やたら漬け」という名前らしい。
 毎年調味液の調合や野菜の種類を変えて美味しくなるように工夫している。昨年は、最後に振りかける焼酎をブランデーに変えたら、少しも黴びない美味しい漬物になった。今年は味付けを少し濃くしたとのこと。料理上手な人は常に工夫とともにある。
 
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 漬物以外の料理も驚かされた。手作りのコンニャク、栗の甘露煮、つとっこなどなど次から次に郷土料理が出てきて驚かされた。コンニャクや甘露煮は更に次の料理の材料となる。
 85歳の今でも畑で野菜を育て、様々な料理や漬物に加工する。果実は様々な果実酒に加工される。順子さんの漬物蔵はスローフードの展示室のようにも見えた。
 
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 ご主人の要三郎さんの話から耕地の守り神の事を知る。山中一統がここに運び安置したという神様は琴平神社と吉備神社。西日本の神様だ。どういう流れでここまで来たのか?この2柱の神様はいつからここで祀られているのか?疑問は次々に湧くが、目に映る姿は寂れて久しいものだった。
「俺たちで終わりになるんじゃないかねえ…」という要三郎さんの言葉が寂しそうだった。
 
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 奥秩父に限らず奥地の人口は減り続けている。高齢化も進み、子供の声を聞くこともない。ダムが出来て道が良くなり、気軽に通えるようになって更に過疎化が進んだ。滝沢ダムの工事中、最初に出来たループ橋の橋脚の巨大な姿を見上げて呆然とした事を思い出す。それなのに今はその上を普通に走っている。時の流れは残酷だ。自分の感情ですら薄くなり過去になり、それが当たり前だったように忘れてしまう。
 
 ここにこういう人がいるんだ……という一点だけでもこの作業を続けていきたい。
 
 
 
 

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