2018年7月19日 (木)

Jリーグ再開、名古屋に勝った

R0027506
 
 7月18日、Jリーグが再開した。ワールドカップの夢のような時間が終わり、サッカーの世界も日常が戻ってきた。暑い暑いサイスタで行われた試合は残留争いの天王山だった。平日の夜というのに2万人を越えるサポーターが声を出して応援した。
 試合は遠藤航のヘッドで先制するも前半終了間際に失点し、ため息でハーフタイムを迎える。いつもならそのままズルズル行くのだが、この日は違った。槙野智章のヘッドが追加点となり、更に遠藤航のヘッドがだめ押し点になった。
 
R0027508
 
R0027512
 
 レッズらしくないセットプレーからの三点という珍しい展開。これも中断期間中の修正のたまものか。オズの魔法使いはセットプレーの修正から入ったようだ。
 槙野智章のシュートが決まった時、貴賓席にいた原口元気が出て来て手を振った。すぐ上だったので手を振ると笑いながら応えてくれた。点を取った選手も、応援に来た選手もワールドカップの香りを届けてくれた。サッカーは世界とつながっていると実感した時間だった。
 
R0027519
 
 長谷部誠も原口元気もこのスタジアムから世界に出て行った。初出場から応援してきた身としてはワールドカップでの活躍振りが、まるで息子や孫が活躍しているように嬉しい。槙野智章や遠藤航もずっと応援している。
 今応援をしてる橋岡や荻原や柴戸が世界に飛び立つ日も近いだろう。みんなが日本代表を目指し、ワールドカップでの活躍を目指す。目指す場所が高ければ高いほど、日々の鍛錬と試合毎の活躍が必要だ。我々はそれを声と拍手で後押しをする。
 
R0027522
 
 ワールドカップの試合はどれも素晴らしいものだった。日本代表の戦いも素晴らしかった。三戦全敗を予想した身としては申し訳ない限りだが、素直に活躍を祝福した。あの素晴らしい戦いを続けるには持続する「熱」が必要だ。その「熱」はスタジアムにある。スタジアムに足を運んで選手を応援することが、あの素晴らしいワールドカップへとつながっている。
 
 
 
 
 

2018年7月17日 (火)

布ぞうりをアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「布ぞうり」をアップした。この取材は前回のきゅうちゃん漬けとセットの取材だった。新井武男さん(93歳)と朝子さん(92歳)のご夫婦を続けて取材させていただいた。二人とも90を越えて、健康で暮らしている姿に驚きと感動をいただいた。晴れた日は普通に畑仕事をして野菜を収穫している。雨の日は武男さんが布ぞうりを作り、朝子さんはそれを飽きずに見守っている。
 
R0027022
 
R0027023
 
 月に何回か嫁いだ娘や息子が様子を見に来るが、基本的には気ままな二人暮らしだ。布ぞうりを取材した日は朝から雨が降っていた。武男さんは黙々と布ぞうりを作る。朝子さんはお茶を入れて「お父さん、休んでのど湿しをしちゃぁどうだぃ…」と武男さんに勧める。武男さんは「ああ」と言ってやっと手を休め、お茶を飲んでタバコを一服する。その様子を朝子さんは横からじっと見つめている。
 テレビの音もラジオの音もない、静かな静かな時間がそこに流れていた。「雨の日は静かでいいねえ…」という武男さんの声が耳に心地よかった。
 
R0027350
 
 自分は果たして90歳まで生きられるだろうか。もし生きられたとして、こういう豊かな時間を持ち続けることが出来るのだろうか。お二人を見ていてそんな事を考えていた。何気ない光景だが、すばらしい光景だった。
 
R0027362
 
 もちろん出来上がった布ぞうりのすばらしい事は充分に知っている。履き心地の良さは使ってみてよくわかったし、色使いのセンスもすばらしいものだった。たまたまかもしれないが、薄い黄色と爽やかな青の組み合わせがじつに夏らしい配色になっている。
 お土産にいただいた二足は、今使っている竹皮ぞうりが駄目になったら使わせていただくことになる。そして、布ぞうりを履くたびに思い出すのは、たぶんあの日の光景なのだと思う。
 何気ない老夫婦の日常、何気ない会話、何気ない心配り……そんな時間を共有できた貴重な取材だった。
 
 白いシャツは絵に描く時は楽だけど、絵が出来上がってみると何だか物足りない気がする。などと、出来上がりを眺めながら思った次第。人間なんて勝手なものだ。
 
 
 
 

2018年7月11日 (水)

よこぜ紅茶の取材

R0027494
 
 7月11日、朝3時に起きてワールドカップ準決勝を見て、そのまま6時に家を出て秩父の芦ヶ久保まで紅茶の取材に行った。取材したのは浅見文昭さん(78歳)で、茶葉の刈り取りから紅茶が出来るまでを見させていただいた。
 よこぜ紅茶として人気のある紅茶は8年前から生産が始まった。組合では三人が紅茶を生産している。「緑茶は売れないけど、紅茶は売れるんだぃね」と笑う文昭さん。じつは私も芦ヶ久保道の駅でこの紅茶を買ってきて、毎日飲んでいる。クセのない美味しい紅茶だ。
 
R0027376
 
 朝8時、約束の時間に製茶工場に行くと、すでに文昭さんが来ていて茶葉を広げて乾燥させていた。昨日刈り取った茶葉を二時間日光に当てて乾したものだとのこと。しっとりとした葉からは果実のような香りが漂ってくる。これを二時間、揉捻機(じゅうねんき)という機械で揉む。熱も加えないのに揉むだけで発酵が始まる。
 揉んだ後は湿したタオルケットで包んで約一時間発酵させる。温度が30度くらいを保つのが良く、35度を超えると腐る。温度計を入れて置いて、何度も切り返しをする。ここが一番神経を使うところだそうだ。
 
R0027386
 
R0027421
 
 発酵が終わったら急速乾燥させる。100度の熱風が吹く乾燥機で急速に乾燥させ、発酵を止める。荒乾燥から本乾燥と機械を変えて仕上げの乾燥をする。しっとりとした茶葉はサラサラの紅茶になった。工場いっぱいに紅茶の香りが充満していて、何だか幸せな気分になる。
 今朝までお茶の葉っぱだったものが、何時間かでこうして紅茶になる不思議。出来上がった紅茶を最後の機械にかける。電子色彩選別機という機械だ。茎の白い色だけ判別して取り除くという優れものの機械。この機械を通すと、あら不思議、紅茶と茎が別れて出てくる。こうして出来上がった紅茶を工場から自宅に運び、入れていただいた。
 
R0027462
 
R0027476
 
 上品なティーカップに今日作った紅茶が満たされている。何だか不思議な光景だ。朝まで葉っぱだったものをこうして飲むことができる。それがまた、じつに旨い。このクセのない味がたまらない。
 さてさて、取材をしたのはいいがまとめるのが大変だ。工程を書くだけで紙面がいっぱいになってしまいそう。どこを削ればいいのか悩みそうだ。書きたいことはいっぱいあるのになあ……と嬉しい悲鳴が出そうな感じ。
 
 
 
 
 

2018年7月 7日 (土)

絵を届けて布ぞうりの取材

R0027290
 
 7月6日、秩父の上吉田・石間に「きゅうちゃん漬け」の絵を届けた。小雨の降り続く秩父路はしっとりとアジサイの花が似合う景色になっていた。前回の暑い日とは全く違う涼しい一日で、体は楽だった。
 朝子さんは絵をとても喜んでくれた。ディサービスの仲間に見せて自慢するんだと嬉しい事を言ってくれた。この日もきゅうちゃん漬けを「黒沢さんが来るからって作っておいたんだぃ」と待っていてくれた。お土産にとさっそくパック入りのきゅうちゃん漬けを出してくれた。本当に嬉しいことで、ありがたく頂いた。
 
R0027296
 
 今日はご主人の新井武男さん(93歳)に布ぞうりの取材をお願いしていた。四方山話の後でさっそく取材に入る。毎日布ぞうりを作っているとのこと。手際がじつに早い。芯にはビニールヒモを使い、布は姪っ子が持って来てくれた裁断余りのものを細く裂いて使う。
 ひとつ作るのに約40分かかるという。すぐに編み始めた武男さんの手が黙々と動く。説明は一切してくれない。見る見るうちにぞうりが出来上がる。
 青と黄色の夏らしい配色の布ぞうりが出来上がってゆく。さすがに慣れたもので、熟練の手さばきは見ていて飽きることがない。
 
R0027350
 
 ぞうりを作りながら色々な話を聞いた。この石間という地区は昔から何かと話題になる地区だった。古くは平将門が城峰山に籠もったことから出城があったと言われている場所でもあった。今は椋神社の例大祭になっている龍勢も江戸時代から石間地区で盛んに行われていた。龍勢は石間が大本だと武男さんは言う。
 江戸時代には江戸で活躍した鼠小僧の墓が隣の漆木耕地にあるという。何代目かの鼠小僧の墓らしいが詳しい事は知らないという。
 明治時代にはあの秩父事件が起きたが、ここ石間から始まったと言ってもいい。加藤織平・落合寅市・高岸善吉・坂本宗作などそうそうたるメンバーが石間から出ている。
 武男さんのひいおじいさんが鉄砲隊長だったらしいと言っていた。
 
R0027355
 
 石間の昔話を聞きながら布ぞうりが出来上がるまでじっくりと見させてもらった。雨降りの日は静かでいいねえという武男さんの言葉がしみ込むようだった。庭の枝垂れ桜とイロハモミジの緑が鮮やかで、目にまぶしいようだった。聞けばどちらも五十年も経っている木だとのこと。「俺が40の時に植えた木だぃね、桜は加藤織平さんの家からもらったもんだよ」と笑う。93年この家で暮らして来た歴史が言葉ににじみ出ていた。
 
R0027361
 

2018年7月 5日 (木)

きゅうちゃん漬けをアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「きゅうちゃん漬け」をアップした。きゅうちゃん漬けの取材は急に決まったものだった。知人から紹介されて挨拶に伺ったところ、お茶請けで出されたきゅうちゃん漬けをこれから作ると聞いて申し込んで、そのまま実現したという嘘のような話だった。
 
R0027016
 
 92歳の手が大量にキュウリを刻む。腰が痛いからと言って、床で刻む姿が自然で美しかった。腰を伸ばしてキッチンを使うことは無理をすることだ。別に床で切ったっていいじゃないか。キッチンの高さは年老いた人向けの高さではなく、使い勝手は悪い。朝子さんの目線で移動しながら話を聞いていて、ふとそんな事を思っていた。
 合理的で美しいキッチンも、腰が曲がったお年寄りには使いこなすのが難しい。機械類はそんな事はまったく考えてくれず、水道の蛇口はシンクの奥にあるし、温水器のスイッチや棚ははるか上空にある。足腰がおぼつかなくなっている人にとって台に乗って作業することは転倒の危険をはらむ。床で作業する方がよっぽど安全だ。日々の暮らしは衛生よりも安全が優先する。お年寄りの一人暮らしが多くなっている今、そんな視点も必要になりそうだ。
 
R0027007
 
R0027023
 
 昔の写真もいっぱい見せてくれた。若いころの朝子さんは笑顔がはじけるように耀いている。前向きに生きてきた人生が写真からも伺える。なにより、夫や子供、近所の人々に感謝の気持ちを忘れないことがすばらしい。話の端々にそんな気持ちがあふれていた。
 92歳になった今でも、93歳の夫と畑仕事をするという。本人たちは淡々と暮らしているだけなのだが、すごいことだと思う。この歳まで健康でいて、普通に暮らせることがどんなに難しいか。どんなに珍しいことか。
 
R0027044
 
 朝子さんのきゅうちゃん漬けはパリパリと食感の瑞々しい漬物だった。頂いたきゅうちゃん漬けはすぐに食卓に上がり、すぐになくなった。大量のキュウリを買って自分でも作ってみようと思う味だった。
 
 
 
 

2018年6月28日 (木)

絵を届ける

Matuko1
 
 6月28日、ムシムシした暑い日だった。秩父・滝ノ上町の太田松子さん(96歳)に「冷や汁すいとん」の絵を届けた。
 秩父に向かうのはいつも国道299号を走って行く。川沿いの自然が楽しめる道だが、今の時期はアジサイがたくさん咲いていて目を楽しませてくれる。別名「アジサイ街道」という名前もあるようだ。今年のアジサイは雨が少ないせいか、なんだか色が良くない。やはりアジサイは雨がよく似合う。
 
Ajisai
 
 街道のネムノキが花を付け始めた。この花を見ると「夏が近づいたなあ…」と感じる。道の傍らにはホタルブクロの花も咲いている。まだ6月だというのに真夏のような天気が続いていて湿気もあるので体がきつい。ワールドカップ観戦で寝不足になっているので、余計にこの厚さがつらい。
 今日は行きも帰りも平均40キロで走る車の後ろだったので、イライラもあって快適なドライブとはいかなかった。299号は秩父から飯能まで抜け道がないので遅い車がいると、ずっとそのスピードが続く。仕方ない事なのだが、距離が長いので約束の時間に遅れるのではとイライラすることになる。早く家を出ればいいだけなのだから、自分が悪いのだが……
 
Bukouzan
 
 松子さんは絵をとても喜んでくれた。86歳と88歳の妹がまだ健在とのこと。長寿の家系なのか、すばらしいことだ。娘の日出子さんからもお礼を言われた。日出子さんは来月京都に帰るとのこと。京都の家で用事があるので帰らなければならないのだ。松子さんはまたひとりきままな暮らしが始まる。特に何も心配してないと二人が言う。すごい事だと思った。
 
Matuko2
 
 芦ヶ久保の道の駅でお土産の「みそぽてと」と野菜を買う。ここのみそぽてとが旨くて、帰りには買うようにしている。これが夜のビールのつまみになる。
 さて、今夜は運命のポーランド戦。日本は勝つか引き分けで決勝トーナメントに行ける。果たして西野ジャパンは行けるのか? ガンバレ日本。
 
Hotaru
 

2018年6月27日 (水)

山形の釣り

R0027257
 
 小野川温泉に宿泊し、真夏のような暑さの中を釣りに行った。午前中だけの釣りだったが岩魚が遊んでくれて、つ抜けが出来たので満足の釣りだった。
 とにかく暑かった。車の温度計が30度を超えていた。宿でペットボトル二本に水を詰めて出かけたのだが、それが全部なくなるくらい水を飲みながらの釣り。当然汗がダラダラ流れる状態。日蔭を探しながら河原を歩く。強烈な日射しが足元の石に反射してまぶしい。
 
R0027281
 
R0027263
 
 チョロチョロの流れは魚の雰囲気がまるでないのだが、数少ない深い場所で岩魚が出てくれた。いつもなら良いポイントになる場所が減水で見る影もない。蜘蛛の巣は多いし水は少ないし、出てくれた魚に感謝するような釣り。
 蜘蛛の巣を払って竿と仕掛けがグシャグシャになるし、汗がメガネにかかって見えなくなるし、散々な釣りだったが、きれいな水と日蔭の涼しさに救われた。
 
R0027284
 
 釣りが終わって米沢に向けて走る。窓全開で走る風が心地いい。山々の緑、田んぼの緑、きれいな川、最高のドライブ日和でもあった。走っていると厚さを忘れた。
 釣りもいいけど、釣りの行き帰りのドライブがいい。遠くに行けば行くほど珍しい景色に会える気がする。景色も建物も人の姿も目に入るものが全部美しい。良い釣りが出来た後だからなのかもしれないが、小野リサの歌声も心地いい。
 
R0027287
 
 米沢では物産館で米沢牛とサクランボのお土産を買う。サクランボを2パック買ったら、サービスで1パック入れてくれたのにビックリ。おばちゃんが「サービスしときます」とニッコリ笑う。ありがたく頂戴する。
 新しく出来た米沢道で東北道とつながり、米沢はとても近くなった。上杉鷹山ファンとしては嬉しい限りで、これからも来る機会が多くなりそうだ。
 
 
 
 
 

2018年6月25日 (月)

上杉神社と洛中洛外図屏風

R0027231_2
 
 6月25日、陸前高田から米沢に向かった。目的地は上杉神社への参拝と上杉博物館の「洛中洛外図屏風」。織田信長が上杉謙信に送ったという国宝だ。展示されているのはもちろん本物ではなく、精巧なレプリカだ。
 加藤さんや野村さんと米沢に来た時に神社は参拝したが博物館には行かなかった。自分の気になったものはじっくりと見たいので遠慮していた。今回、時間が出来たのでじっくりと見に行った次第。
 
R0027234
 
R0027238
 
 上杉神社に参拝し、春日神社にも参拝し、いよいよ博物館へ向かう。入場料はJAF割引きで320円。展示内容は上杉鷹山に関するものが多く、藤沢周平の「漆の実のみのる国」という小説に詳しく書かれていることばかりなので、すぐに洛中洛外図屏風の部屋に行く。
 じっくりとガラス越しに見たのだが、あまりに細かく精緻な絵なのでハッキリと見えない。恐るべし狩野永徳。しかし、ここにはテレビ画面で拡大して見たい部分を見せてくれる装置があった。これが優れもので、人物だけを拡大して見ていると、まるで戦国時代の京都を旅しているような気分になる。
 
 
 洛外では紅葉狩りをして帰る途中の人々がにこやかに談笑している。横の畑では農民が何やら耕している。川沿いで釣りをする人、馬を洗う人、野菜を振り分けにして天秤棒で担いで運ぶ人、薪を頭に乗せて歩く大原女などなど。
 洛中では主に寺社仏閣のあれこれと周辺の僧侶や神官の仕事ぶりやら遊びぶり。お店の数々、士農工商全ての人々が活き活きと動いている。お祭りの様子や念仏踊りの様子、何やらわからない踊り集団の人々などなどおそろしく丁寧に細かく書き込まれている。湯屋は「ふろ」として紹介されており、遊女屋まで描き込まれている。
 
 信長が何のためにこの屏風を謙信に贈ったのかなどの歴史的な背景にはさほど興味はなく、描かれている内容に興味があった。小さなテレビ画面で戦国時代を旅した気分になり、すごく贅沢な3時間を過ごした。いやはや、なんとも狩野永徳の「洛中洛外図屏風」すばらしい。
 
R0027239
 

陸前高田で二人を訪問

R0027212_2
 
 七年前の東日本大震災後に陸前高田で「面影画」というボランティア活動をした。その時に絵を描いた人達とまだ交流が続いていて、今回はそのうちの二人に会いに行った。
 災害公営住宅に住む藤野さんはご主人を亡くされた。4月に高田に行ったときに会う予定だったのだが、運悪くすれ違って会えなかった。今回、自宅にお邪魔して七年前の話を聞いた。自宅は何もかも流された。その場所を指さして、どこにどう逃げたのかを丁寧に説明してくれた。現場を見ながら話を聞くのは初めてで、その時の様子がリアルに思い浮かぶのが怖かった。
 
R0027213
 
 藤野さんの話は被災直後の現実をまざまざと伝えてくれた。被災した人としなかった人との間に出来た心理的な深い溝。外部から侵入する被災地泥棒の人間と思えない所業。被災していなくても平然と援助物資をもらい集める人々。流された車からガソリンを抜き取る人々。今だから言えるけど、当時は言えなかった話の数々に圧倒された。災害は人間の素が出ることが怖いという。遺体になった人よりも生きている人が怖いという。この言葉をどう伝えたらいいのだろうか。
 
R0027218
 
 矢作町の鈴木さんは家屋敷を全部流され、娘さんをなくした。新しい家は土台を2メートルかさ上げして建てた。家の家具や食器・衣類などはほとんどが援助物資だという。「自分の趣味とかそんなの何だっていいわって思うようになっちゃって…」と笑う。「とにかく何もなくなったから、何でもあればいいんだってね…」
 亡くなった娘さんの写真が友人から集まったきた。ただ、まだその写真を整理することが出来ない。面影画を描いた時から鈴木さんはずっとそれを言っていた。娘が亡くなった事実を受け入れることが出来ないのだと。
 
R0027222
 
 家の外の景色を眺めながら、あの日の話をしてくれた。目の前は気仙川だ。年老いた両親を車に乗せ、津波が来る方向に走った。逆方向はどこまでも平らで津波にやられる。津波が来る方向に少し走ったところに高台へ登る道があった。そこをひたすら目指した。怖いとか考える時間はなかった。そこの道を登るしか三人が生きる道はなかった。車が道を登るのと同時に後ろから水が押し寄せた。上で見ている人達から「ガンバレガンバレ」という声が出ていたという。
 目の前の景色が水で消えて行くのを見ながら何も考えられなかった。家がプカプカ浮かんで流されて行くのを、唯々呆然と眺めているだけだった。「生きるか死ぬかは一瞬の判断なんだよね…」と淡々と言う鈴木さん。生きるために一瞬の判断を下せる人間になるためには、何をどう準備すればよいのだろうか。また、防災教育で何をどう伝えればいいのだろうか。
 
R0027224
 

再会の森整備

Syuugou
 
 日曜日は朝8時集合で再会の森の整備ボランティア。再会の森というか旧西木村との都市交流森林ボランティア活動を始めて20周年になった。今回は記念として門脇市長が挨拶してくれた。思えば、門脇市長がまだ係長だった頃に始まった事業だった。新宿の貸し会議室で打ち合わせして交流が始まった訳で、それから延々20年続けてきた。瀬音の森という任意団体は解散したのだが、その実績が消えた訳ではない。こうして毎年交流作業が出来るのが嬉しい。
 
R0027180
 
R0027183_2
 
 作業は例年通り草刈り。今年は高橋さんのたっての希望で植栽した木の間伐をやろうということになった。しかし、自分の手で植えて、ここまで大きく育った木を切るに忍びなく、自分の山の木を間伐する人の気持ちが今回はよくわかった。
 太いブナを倒して枝を切り落したのだが、何ともいえない気分になった。仕方ない事なのだが感情が揺れた。一本倒して後は高橋さんとPONTAさんに任せた。太いブナを5・6本倒したら、森がずいぶん明るくなった。被圧されていたモミジはもう育たないのでこれも伐り倒した。太いブナは集落の人が玉切りして薪にする。
 
R0027188
 
R0027203
 
 参加者は全部で何人くらいいただろうか。瀬音のメンバーだけでも11人、和の会5人、それに加えて小波内集落の人が大勢参加した。瀬音の参加者はハミさん、杉山さん、加藤さん、イナさん、前鹿川さん、ひらり〜さん、PONTAさん、原渓さん、古豆親方、琥珀さん、kurooの11名。みなさんお疲れさまでした。
 
 午前中で作業は終了。林床にブルーシートを敷いてお弁当を食べる。大汗をかいたので味噌汁とノンアルコールビールが旨い。飲み過ぎた翌朝に大汗をかいて作業するなんて、ずいぶん体に無理な事をしているもんだと自分で苦笑する。
 それにしてもごちそうだった。お弁当、おにぎり、お餅、漬物各種、味噌汁、モツ汁、飲み過ぎた翌日に食べる量ではない。準備していただいた高橋さんに感謝。
 
R0027210
 
 私は午後に陸前高田に行く用事があったのでみなさんよりも少し早く離脱させていただいた。また来年も会いましょうと言って別れた。
 
 
 
 

«西木で釣り