2016年12月 1日 (木)

小菅の山小屋・後片付け

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 11月30日、小菅の山小屋へ行った。前回、解体したトイレの屋根に張っていた波板の処理をしていなかったので、それを片付けに行った。
 地主の舩木さんと相談した結果、ラダーなどの山道具は舩木さんが使ってくれることになった。また、不燃物の処理も舩木さんがやってくれる事になったので、善は急げと出かけた。
 
 今回やったこと。
・ラダー3本の解体と運搬。
・安全帯4個をきれいにして運搬。
・波板を細かくして大型ポリバケツに詰めて運搬。
・トイレのドアを利用して、室内用と室外用の靴脱ぎを作った。
・防水シートを張ったコンパネをデッキに敷いた。
・室内の不要品、錆びた金物、酒瓶、ゴミを処理した。
・トタン板を使って集水器具を作った。
・廃材ログの玉切りと薪割り。
 
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 二日掛けて山小屋と車を三往復し、ゴミと山道具を運んだ。おかげでずいぶん山小屋がスッキリした。余計なものを持ち込まなければ、すっきりと使いやすい山小屋になる。以前から気になっていた多量のゴミを処分できたのが良かった。床下もスッキリした。
 ラダー三本と安全帯4個、長柄ノコギリ3本は舩木さんに進呈した。舩木さんの方で森林組合や林業家に配布してもらえるとのこと。
 10年前だったらまだ使えた道具類だが、今となってはラダーに登れる人は数えるほどになってしまった。もう使うこともないのだから、使える人に使ってもらうのが道具にとっても良い道だろう。
 
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 山小屋のゴミは使う人が善意で「これがあれば便利だろう」と重たい思いをして山に運んだものがほとんどだ。しかし、時間が経つとそれは大きなゴミになる。善意がたくさん集まって大きなゴミの山が出来、毎回それを見ないようにしてきた。
 今回、思い切って燃やしたり処分したりした。みんなの善意を考えると手が重くなるが、すでにこれを使う人はいない。スッキリした室内を見回しながら寝たのだが、このほうが多分使いやすい。必要なものは自分で持参し、持ち帰ること。これを基本にしなければいけない。
 
 山小屋を使う人へのお知らせ。
・食器類はアルミボックスに全て入っています。
・ガスボンベは3本あります。
・炭はビニールに入っています。
・酒、調味料などはありません。持参して持ち帰って下さい。
・鍵の一番上が固くなっています。注意して下さい。
・チャッカマンのガスが切れて火が点きません。
・今回、乾燥用にデッキのブルーシートを外してあります。
 帰るときにブルーシートをデッキにかけてください。
 
 
 
 

2016年11月28日 (月)

ホームページ移転

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山里の記憶を納めている「瀬音ホームページ」が移転しました。
 
この度、サーバー変更に伴い、瀬音ホームページが下記URLに移転しました。
ブックマークを変更して頂きますようお願い申し上げます。
 
瀬音ホームページ「ニュース」のコーナーに、山小屋トイレ解体工事の詳細をアップしましたのでご覧下さい。

2016年11月27日 (日)

小菅の山小屋・トイレ解体

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 11月26日(土)小菅の山小屋にトイレ解体をしにいった。参加者は野村さん、加藤さん、JICkYさん、山口敏治さん、山口和己さん、kurooの6人だった。
 小菅の山小屋にトイレを作ったのはもう13年前の事になる。山小屋を使った様々な活動に参加する女性の為に必要だからと作った本格的なコンポストトイレだった。作った当初は盛んに使われ便利なものだったが、今では山小屋自体も年に二回くらいしか使わないし、トイレは誰も使っていない。最近屋根が壊れてしまい登山道沿いで見苦しい事もあり、解体を決めた。
 
 前々日に降った季節外れの大雪が心配されたが、何とか車も入れ、山小屋まで登る事が出来た。JICkYさんと水場で集水器を使って水の確保をしているうちに、山口さん親子が登ってきてくれた。建築当初に参加して頂き、山小屋作りに欠かせない人だった。今回解体をするという事で急遽参加してくれた。本当にありがたいことだ。
 そのうちに野村さんと加藤さんも到着。お昼を各自で食べて解体工事にかかる。壊れた屋根をチェーンソーで切り離し、梁を外して分解する。ベニヤの壁をチェーンソーで切り落とす。壁ログをチェーンソーで切り離し一本一本外す。組み立てるのは一日がかりだったが、壊すのは一時間で終わった。廃材を燃やせる長さに切り刻んで薪小屋に積み上げる。これを燃やすのが次の仕事になる。
 
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 ここで山口さん親子は下山。残った四人は夕飯の支度。まずはイノシシ肉の焼肉を食べる。焼肉のタレで漬け込んだイノシシ肉は軟らかく旨い。次は焚き火をしながら赤ワインを飲み、ウインナーを焼く。これがじつに旨い。いつもより大きめの焚き火は暖かく、赤ワインとウインナーの消費も早い。そして部屋の中でイノシシ鍋へとメイン料理が続く。
 
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 山小屋の電気はまだ健在で、この寒さの中で二時間ほど点ってくれた。太陽電池とバッテリーも頑張っている。焚き火をしながら考えた。トイレの解体工事でこれだけ大変なのだから、本体の山小屋を解体するときはどれほど大変か。何より燃やせない不燃物の処理をどうするのか?誰がするのか?かかる費用をだれが負担するのか?様々な思いが浮かんできた。
 いつかはしなければいけない山小屋本体の解体工事。それまでの間にできる事をやっておかないと大変なことになりそうだ。
 
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 作るのは大変だったけど、楽しかった。何年もここで楽しい時間を過ごした。まだまだ使える山小屋だけど、このまま放置する訳にはいかない。
 この日、下ろす予定だったラダー三本は分解に必要な工具がなく断念した。できる事を整理して、地主の舩木さんとも相談して、今後のあれこれを進めたい。想像以上に大変なことになりそうだ。
 
 
 

2016年11月22日 (火)

第五巻入稿完了

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 22日、山里の記憶・第五巻の入稿が終わった。
 全ての原稿とデザインを出版社に納め、原画も全て持参した。これからは出版社で原画のスキャニングとレイアウト確認を行い、制作が進む。
 私は初校が出来上がるまで待つだけになった。やっと一段落してホッとしているところ。
 予定では一月末には刊行出来るとのこと。年賀状で刊行の案内を出したい。
 
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 山里の記憶を始めたのがちょうど十年前の事だった。十年続けられれば少しは意味のあるものになるだろうと頑張ってきたが、実際にやっていると無我夢中の十年間で、あっという間の十年間でもあった。
 第五巻までで175作品を描き上げたことになる。第7巻まで作るという目標も出来た。まだまだ頑張らなくてはならない。あと何年続けられるか……63歳になった我が身を考えると、はなはだ心許ない。しかし、取材しているお年寄りのはつらつとした生き方を見ていると、自分でもあのくらいまで頑張れるんじゃないかと思うようになった。
 
 本当に良いライフワークを得たものだ。
 
Sekkoku

2016年11月21日 (月)

絵を届けに行く

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 20日の日曜日、秩父の萩平に「縄作り」の絵を届けに行った。
 絵を届けたのは大畑忠夫さん。ちょうど昼休みが終わって、これから畑仕事に行くところだった。庭先の椅子に座って絵を見てもらう。
 
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 忠夫さんは以前から自分史を書こうと準備をしていた話をしてくれた。文章を勉強するために高校の夜学に入り直した話とか、様々な資料を整理している話などを聞いた。
 今回の取材もその一環として受けていただいたという話には驚かされた。そういう事もあるのかと自分史ニーズの高さを改めて思った。山里の記憶は私が個人的に残したいと思うものを描いているのだが、結果としてその人の自分史という側面もあるのだと思い直した。だからといって内容に手を加える事はないのだが、貴重な記録として続ける事が必要だと感じた。
 
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 寺尾から本庄の太駄に走る。友人の桜井さんと待ち合わせて二松庵の蕎麦を食べに行く。二松庵の片桐さんは山里の記憶を以前から応援してくれている人で、二松庵にも本が置いてある。ここの蕎麦は香り高い細切りの蕎麦だ。天ぷらも季節の野菜が揚げられていて、サクサクと旨い。今日は二人で山里の記憶の打ち合わせをしながら天ぷら蕎麦を頂く。
 満席の店内に入れず、外の席で蕎麦を味わった。紅葉を愛でながら旨い蕎麦を食べる。何というか贅沢な秩父の味だった。
 
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 桜井さんの自宅に伺いテレビでJ2サッカーの最終戦を見させてもらう。レッズサポの息子さんとあれこれ話ながらの楽しい観戦。結果は札幌と清水が昇格を決めた。1位から3位まで勝ち点差が1という大混戦だった。昇格三番目がどこになるのか、プレーオフが楽しみになってきた。
 畑から採ってきた里芋やキャベツをお土産に頂き、夕暮れの帰路に着いた。ところが紅葉見物の観光客が多かったせいか帰り道が大渋滞。寄居から東秩父を回り、日高→狭山→所沢と下道を帰って来た。4時に本庄を出て家に帰ったのが8時だった。日曜日に出かけるのは渋滞リスクが大きい。まあ、サッカーを見ずに早く帰れば良かったという事だが、これは仕方ない。
 
 
 
 

2016年11月19日 (土)

縄作りをアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「縄作り」をアップした。
 取材をさせていただいた大畑忠夫さんが見せてくれたのは、足踏み式自動製縄機(せいじょうき)を使っての縄作りだった。この機械は50年以上前の機械で、その機械が正常に動いていることに驚いた。このメンテナンスがすばらしい。
 私が中学生の時にこの機械を使ったことがあった。父親が近所から借りて来て縄作りをしていたのを手伝ったものだった。おっかなびっくり機械を動かして、ラッパ管にワラを差し込んだ事を思い出す。リズミカルにワラを入れさえすれば誰でも縄を作ることが出来て、すごい機械だとビックリしたものだった。もう50年前の事だ。
 
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 忠夫さんは自分で「40年前の道具を使って百姓をやってるんだぃ…」と言う。その言葉通り納屋には昔懐かしい道具達がきれいに保管されていた。デーマン籠は湿気を食わないように天井からぶら下がっている。セータ(背負子)は足の短いものと長いものがやはり天井から下げられている。どちらも現役だとのこと。そして、どちらも忠夫さんの手作りだ。田の草取りをする手押し機もピカピカに磨かれている。
 ムグリや土クラシも懐かしい。普通の鍬やマンノウ、ヨツゴも壁にある。リヤカーは今でも運搬の必須道具だ。どれもこれも博物館の展示品のようにきれいだが、違うのは現役の道具達だということ。道具は、使う人がいて使われてこそ価値を持つ。
 いつでも使えるように手入れされた道具が並ぶ様はすばらしいものだった。
 
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 「百姓は工夫が出来るんで楽しいよ…」と言う忠夫さん。百姓仕事だけでなく、様々な活動に参加している。「萩平さんぽ展」の運営もそうだし、ホタル鑑賞会の企画など、カブトムシの飼育や配布、松茸の試験栽培などなど。
 何にでも興味を持ち、納得するまでやってみる。そんなすばらしい人生が忠夫さんを若く見せている。本当に86歳には見えないわかさだった。
 
 
 
 

2016年11月18日 (金)

有馬温泉と姫路城へ

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 16日と17日の一泊二日で姫路城を見に行ってきた。宿泊は有馬温泉。紅葉の見事な時期に好天にも恵まれ、楽しい二日間だった。
 有馬温泉には一度行きたいと思っていた。最近大きな火事があって話題になったが、そんな焼け跡の生々しい町並みも見た。路地歩きがとても楽しくて、思わぬ所に源泉があったり、芸子さんが接待してくれるカフェがあったりと有馬温泉ならではの露地だった。炭酸せんべい、酒まんじゅう、牛肉メンチカツ、温泉まんじゅう……食べたものみんな旨かった。
 
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 紅葉がすばらしかった。有馬までの山には杉ヒノキの黒木がなく、全山広葉樹が紅葉した山脈が続いていた。歴史ある温泉ならではの風景だと思うのが、カエデの巨木が多いこと。様々な種類のカエデが至るところで燃えるような紅葉をしていた。種類が豊富で、まだ青いカエデもあり時間差で山を彩るように配慮してある。湯量も豊富ですばらしい温泉だった。
 
 姫路城を見るのが今回の目的だった。平成の大修理を終えて真っ白になった姫路城。幸い好天に恵まれ、青空にそびえる白亜のお城は最高に美しかった。本当にどこから見ても絵になるお城で、見飽きることがない。石垣も美しい。この石垣をどうやって積み上げたのか? 現場で見て、触って、想像するが絵が浮かばない。どれだけの人が関わったのか、工事の様子を再現出来るなら是非見てみたい。
 何より驚いたのは内部の梁がすばらしかったこと。木の太さ、木組みの巧みさ、広さ、大きさなどなど。木造の建物でありながら堂々としたこの偉容。内部の隅々を見回りながら、昔の人はすごいものを作ったものだと感心した。
 外から見た美しさと内部のたくましさ。それぞれが姫路城の素晴らしさになっている。本当に見飽きないお城だった。
 
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 有馬温泉と姫路城。念願だった二箇所を一泊二日で見るのは少々時間が足りなかったが、楽しく充実した二日間だった。
 
 
 
 

2016年11月 6日 (日)

講演会終了

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 6日(日)に開催された講演会「証言でよみがえる秩父鉱山」は本日無事に終了致しました。50名定員の会場に120名もの方にご来場頂き、レジメの増刷やらイスの運び込みやら混乱した会場でしたが、定刻に始まった講演は予定通り終える事が出来ました。
 
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 引き受けた時から気の重い講演会だったのですが、何とか終わって家に帰ってほっとしているところです。何をどう話したのかはっきり覚えていませんが、聞いてくれた方々が「良かったよ」と言ってくれたので良しとします。自分では判断しようがありませんので。
 素人が一時間半話すというのは苦行です。最後は頭もまっ白になってしまいました。
 
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 私の後に講演された山中豊彦さんの話が面白くて時間を忘れました。いろいろな意味で充実した一日を送ることが出来ました。でも、とても疲れました。
 関係者の皆さんお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。
 
 
 
 

2016年10月30日 (日)

秩父で取材といろいろ

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 10月29日、秩父で縄綯いの取材をした。朝6時に家を出て8時到着。取材をしたのは寺尾の大畑忠夫さん(85歳)だった。忠夫さんは昔ながらの道具をたくさん所蔵していて、それを今も使いこなしている人だった。今回は「足踏み縄綯い機」を使ってワラ縄を綯う様子を取材させてもらった。
 
 この日は忠夫さんが協力している「萩平さんぽ展」設営の日で、知り合いもたくさん来て忙しく作業をしていた。その中で同じブースで準備していた太幡久人さんと小菅光夫画伯に挨拶をして写真を撮らせてもらった。
 萩平さんぽ展は茅葺き屋根の萩平公会堂を中心に民家の軒先や納屋に絵画や写真を展示して、さんぽ感覚で観覧してもらおうという企画だ。景色の良い田園地帯をさんぽしながら絵画や写真を楽しむ贅沢なイベント。農産物販売や料理提供もある。
 
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 午前中で取材を終えて、両神に絵を届けに行く。黒沢幸男さんに「ドラム缶炭焼き」の絵を届けた。幸男さんがちょうど畑から戻ったところで無事に渡すことが出来た。幸男さんは絵をとても喜んでくれた。
 次は幸男さんを紹介してくれた野田自動車の悦子さんに紹介者用のファイルを届けに行く。紹介者には本人と同じ絵のファイルを届けるようにしているのだが、これも喜ばれる。
 
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 昼過ぎになったので小鹿野の「まる銀たじま」に行き、ミニ親子丼とうどんセットでお昼。店主といろいろな話で盛り上がる。取材記録の確認などカウンターで時間をつぶして二時を待つ。今日はJリーグのジュビロ磐田戦をここで見させてもらう。レッズは今日勝つか引き分けでセカンドステージの優勝が決まる。店主に無理を言って、4時まで店のテレビを見る。
 
 大声で叫んだり拍手したり迷惑な客だったが勝ったのでよかった。レッズセカンドステージ優勝おめでとう。でもこれは年間チャンピオンへの一歩でしかない。最終的に目指すのは年間チャンピオンなので、舞い上がるわけにはいかない。サポーターも気を引き締めて最後の戦いを後押ししたい。
 
 
 
 

2016年10月26日 (水)

放送ライブラリー

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 10月26日、公益財団法人『放送番組センター』の「放送ライブラリー」から手紙が来た。私が出演したNHKの番組を放送ライブラリーで保存・公開する事への承諾を求めるものだった。特に異存はないので承諾の返書を送った。保存・公開される番組は以下の通り。
 
 番組名  ラジオ深夜便 明日へことば
      被災地のために私のできること (1)黒沢和義
 制作社  NHK
 放送局  NHKラジオ第一
 放送日  2012年8月12日
 
 以上の番組は横浜市中央区にある横浜情報文化センター10階(放送ライブラリーの入り口は8階)にある公益財団法人『放送番組センター』の「放送ライブラリー」にて無料視聴が可能になる予定だ。
 一度行って自分で聞いてみたい。こうして消えてしまった番組が再視聴できるようになるのは本当にありがたい。
 2012年8月12日はちょうどロンドンオリンピック閉会式の日で、放送が急遽FM放送に変更になってしまったので、聞けなかった人も多かった。私も聞けなかった……(^^)
 
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 放送ライブラリーではドラマ・時代劇・ドキュメンタリー・バラエティー・アニメなど様々な番組が視聴できるほか、名作CMなども視聴できるそうだ。こういう施設があることは知らなかったので、是非一度行ってみたい。
 
 
 
 
 

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