2017年12月15日 (金)

やたら漬けをアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「やたら漬け」をアップした。取材した山中順子(まさこ)さんが命名したやたら漬けは十種類の野菜を夏から漬け込み、塩出しして刻み、調味した漬け汁に本漬けするという手間のかかる漬物だった。何でもかんでもやたらに漬けるから「やたら漬け」という名前らしい。
 毎年調味液の調合や野菜の種類を変えて美味しくなるように工夫している。昨年は、最後に振りかける焼酎をブランデーに変えたら、少しも黴びない美味しい漬物になった。今年は味付けを少し濃くしたとのこと。料理上手な人は常に工夫とともにある。
 
R0025337
 
 漬物以外の料理も驚かされた。手作りのコンニャク、栗の甘露煮、つとっこなどなど次から次に郷土料理が出てきて驚かされた。コンニャクや甘露煮は更に次の料理の材料となる。
 85歳の今でも畑で野菜を育て、様々な料理や漬物に加工する。果実は様々な果実酒に加工される。順子さんの漬物蔵はスローフードの展示室のようにも見えた。
 
R0025348
 
 ご主人の要三郎さんの話から耕地の守り神の事を知る。山中一統がここに運び安置したという神様は琴平神社と吉備神社。西日本の神様だ。どういう流れでここまで来たのか?この2柱の神様はいつからここで祀られているのか?疑問は次々に湧くが、目に映る姿は寂れて久しいものだった。
「俺たちで終わりになるんじゃないかねえ…」という要三郎さんの言葉が寂しそうだった。
 
R0025351
 
 奥秩父に限らず奥地の人口は減り続けている。高齢化も進み、子供の声を聞くこともない。ダムが出来て道が良くなり、気軽に通えるようになって更に過疎化が進んだ。滝沢ダムの工事中、最初に出来たループ橋の橋脚の巨大な姿を見上げて呆然とした事を思い出す。それなのに今はその上を普通に走っている。時の流れは残酷だ。自分の感情ですら薄くなり過去になり、それが当たり前だったように忘れてしまう。
 
 ここにこういう人がいるんだ……という一点だけでもこの作業を続けていきたい。
 
 
 
 

2017年12月 4日 (月)

栃餅作りの取材

R0025358
 
 12月4日、秩父の大滝に栃餅の取材に行った。取材したのは栃餅作り名人と言われている磯田エミ子さん(73歳)だった。風邪気味で体調が今ひとつだったのだが、二十日前から準備してもらっていた取材だったので無理して出かけた。
 栃餅は秩父の名物だが、その作り方はおそろしく手間の掛かるものだ。そして、名人と言われる人はかならず自分なりの作り方を持っている。厳密に言うと一人一人、家毎に作り方が違うと言っていい。
 
R0025367
 
 エミ子さんの栃餅は灰がポイントだという。カラカラに干した栃の実を二十日間かけて柔らかくする。樽の水を毎日替えるのだが、水を替える前に大きくかき回してアクと汚れを流す。ホースで水を注ぐと洗剤のような泡が出る。サポニンが抽出されている状態で、これが出来ないと苦みが消えない。
 二十日後、柔らかくなった栃の実を鍋で80度まで温め、すいのうで取り出す。そこにポイントとなる灰を二升程加え、鍋の湯も加えてかき回し、そのままひと晩放置する。この間に灰が効いて栃の実が食べられるようになる。灰がサポニンを分解する過程だ。エミ子さんは時々栃の実を取り出して確認する。灰が効いているかどうかを長年の勘で見極める。この見極めが難しい。何度やっても同じには出来ないという栃餅作りの肝になる部分だ。
 
R0025378
 
 いろいろ話を聞いた。今まで様々な人の栃餅作りを見てきたし、食べ比べてもきた。その中でもエミ子さんの栃餅は別格だった。苦くないのだ。しかし、栃の量が多く色は鮮やかなオレンジ色で食べると栃の香りが口に広がる。本当に食べやすくて旨い栃餅だった。
 エミ子さんにしつこく話を聞いたのだが、どうやら灰に違いないという結論になった。磯田家では栃餅作り用に日々灰を作っている。それも楢・クヌギ・ケヤキなどの良木だけを燃して作る灰だ。最近はなるべく心材だけを燃して灰を作っている。灰の種類によって灰の効きはずいぶん違うという。それは経験でわかるというのだ。
 一回に四升、12月だけで120キロの栃餅を作るというエミ子さんの言葉だから信憑席がある。普通の人はそれだけの量を作ることはない。
 
R0025382
 
 それにしても栃餅作りは難しい。取材していても疑問が出る事ばかりだ。こんなに手間をかけて作るのに、その大変さが伝わらないのももどかしい。自分では絶対に出来ない事だし、その難しさをどう伝えればいいのかと悩む。
 食べるとあんなに旨いのに、どうしたらあの味になるのかいくら考えてもわからない。経験によるもんだから……というエミ子さんの言葉に救われたような、打ちのめされたような複雑な思いだった。
 
R0025386
 

2017年12月 1日 (金)

やたら漬けの取材

R0025279
 
 11月30日、奥秩父・上中尾に漬物の取材に行った。取材したのは山中順子(まさこ)さん(85歳)だった。今回の取材には二年ほど時間がかかった。料理名人の順子さんを紹介してもらったのが二年前だった。その後何度も連絡を取り合ったのだが、折り合いが付かず、やっと今日取材することが出来た。
 というのも、今回取材した本人命名の「やたら漬け」はおそろしく時間のかかる漬物で、どのタイミングで取材したらいいか迷うものだった。何度も相談して今日の「本漬け」を取材することになった次第。
 
R0025286
 
 自分で栽培している夏野菜を収穫しながら別々に漬け込み、10月11日に全ての漬物を絞ってアクと水分を捨て、10種類の漬物を合わせる。そのまま樽に漬け込み、11月30日の今日、あらためて漬け汁に本漬けするというもの。
 野菜は10種類。キュウリ、ナス、ニンジン、大根、ゴボウ、ショウガ、ミョウガ、青紫蘇の実、レンコン、昆布となっている。レンコン・昆布以外は全て自家栽培の野菜だ。
 本漬けの漬け汁は醤油、白砂糖、黒砂糖、みりん、酢を合わせて煮立たせてから冷ましたもの。仕上げにブランデーを振りかけるというもの。本漬けして五日目に食べられるようになる。
 
R0025306
 
 お茶を頂きながら出されたお茶請けの種類と味に圧倒された。手作りコンニャクを使った白和え、同じくコンニャクとゴボウの煮物。キュウリの浅漬け、キュウリの佃煮、ゴーヤの佃煮、栗の甘露煮、つとっこ、きゃらぶきなどなど。
 どれも素朴で旨かった。料理名人と言われている順子さんの実力を実感したお茶請けばかりだった。お土産もたくさんいただいた。どんな料理も来た人に惜しげもなく配ってしまうのだという。「だからタッパーがすぐになくなっちゃうのよ」と笑う。
 
R0025337
 
 上中尾の琴平神社に参拝して栃本を回って帰路に着く。久し振りの栃本はもう冬の風情だった。相変わらず栃本関所前からの風景は美しい。
 秩父の紅葉は終わりに近づいている。集落はそろそろ冬支度に入る。正月や長い冬に向かって漬物が活躍する時期になった。順子さんの漬物蔵にはたくさんの漬物が食べる人が来るのを待っている。
 さて、五日後には本漬けの出来上がりを取材に行かなければならない。
 
R0025350
 

2017年11月26日 (日)

レッズがアジアチャンピオン

Kuroo
 
 サイスタから帰還。レッズがアジアチャンピオンになった。十年ぶり二度目。Jリーグのチームでは初めての快挙だ。素晴らしいし誇らしい。ありがとう浦和レッズ。
 
 今日はチケットがなかったので予定通りに小豆沢でテニスをした。三時間たっぷり汗を流してへろへろになっている時に友人から電話が入った。「決勝のチケットが一枚あるんですけど…」速攻で「行きます 行きます! 行かせて下さい!」と叫ぶ。
 小豆沢から赤羽に出て南北線で浦和美園まで行く。半信半疑でサイスタ南門に向かうと、そこに神様がいた。「いやあ、一人急に来られなくなっちゃって」いや本当にありがたいことだった。まさか決勝のチケットが当日に手に入るとは……
 
Photo
 
 チケット代を払い、わずかな額の夕食をおごり、スタジアムの中に入る。メインアッパーの遠い席だったがここに来られただけで最高だ。
 テニス帰りなのでカメラも持っていない。ガラケーで慣れない写真を撮る。ラケットを持ってここに来ているのはたぶん私だけだったと思う。でも気にしない。精一杯の声と拍手で選手の背中を押す。
 
Dcf00008
 
 試合はハラハラの展開。最後の最後にドラマが待っていた。ラファの値千金のゴールが決まり、ACL負けなしのアルヒラルに初黒星をつける事ができた。最高の選手達に乾杯!
 今年の最高の試合に参戦出来た事が本当に嬉しい。十年前もこの喜びをスタジアムで味わった。今年もスタジアムにいることが出来た。選手と同じ空気を吸って声を枯らして応援できた。こんな幸せなことはない。
 ありがとう選手達。ありがとう浦和レッズ。
 
Photo_2
 

2017年11月25日 (土)

わさび漬けをアップ

Wasabi
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「わさび漬け」をアップした。
 わさび漬けを描くのは二回目だ。十年前に小菅村の舩木さんを取材してわさび漬けの絵を描いた。まだ瀬音の森の活動で小菅に通っていた頃の話だ。ずいぶん時間も経つし、秩父ではワサビを栽培している人がいないと思っていたので、作っている人がいると聞いた時は素直に嬉しかった。すぐに取材を申し込んだ。
 
R0025156
 
R0025164
 
 取材した赤岩正夫さんは芦ヶ久保茶業組合の組合長だった。お茶を栽培する農家は高齢化により年々減っている。製茶工場があるのは秩父ではここだけになってしまった。
 何としてもお茶作りを後世に伝えなければと頑張っていて、8年前から紅茶を作り始めた。芦ヶ久保道の駅でお茶も紅茶も売っているが、紅茶の売れ行きが良くなってきたという。
 西武鉄道のイベントトレインで芦ヶ久保の紅茶を使ってもらっている。若い人の評判がいいと期待を寄せている。
 
R0025201
 
 他にメイプルを使った菓子作りや芦ヶ久保氷柱の運営など地域振興に毎日忙しい。様々な問題をいつも抱えていて大忙しの日々だが、少しでも芦ヶ久保が良くなればと頑張っている。
 こういう人の頑張りがあってはじめて中山間地域が活性するのだと実感した。
 
R0025213
 
 私は東京に住み秩父に通って様々な人の絵を描いてきた。知らない人に山村の生活を伝えるためと思ってはいるが、所詮そこに住んでいる人間ではない。言ってみればよそ者だ。
 地域振興というものを真剣に考えたこともないし、実際に活動したこともない。こうして真剣に地域振興に取り組む人を取材すると、自分が今までやってきた事が少し方向が違うのではないかと思う事がある。
 よそ者が良いところを取り上げて絵に描くのと、実際に人々の間を動き回って声を掛け、励まし、共に苦労して成果を喜ぶという世界はまったく違う。
 正夫さんのような人がたくさんいるからこそ中山間地域の運営は成り立っている。地元愛という言葉があるが、本当に地元を良くしようと頑張る人がいるからこそ地域が活性化する。素晴らしい事だと思う。
 私は秩父に通って絵を描いているが、住んでいる地元には何もしていない。正夫さんの姿を自分に写して反省することが多かった。
 
 
 
 

2017年11月14日 (火)

わさび漬けの取材

R0025161
 
 11月14日、秩父の芦ヶ久保にわさび漬けの取材に行った。取材したのは赤岩正夫さん(77歳)だった。正夫さんは自宅下の斜面でワサビを栽培し、自分で刻んでわさび漬けを作って友人や知人に配っている。もちろん自分でも食べる。
 本場静岡から苗を買ってきて植え付けて育てているのだが、本格的な畑ではないので育ちが遅いと嘆く。「まあ手をかけてないから仕方ないんだけどね」と自嘲する。
 
R0025167
 
R0025171
 
 紅葉が輝くきれいな川でワサビを洗い、自宅で細かく刻む。大量なので刻むのを手伝った。ボウルに入れた刻みワサビに塩を振り、熱湯をかけて柔らかくして水気を絞る。
 酒で溶いた酒粕に絞ったわさびを入れ、丁寧に混ぜる。これでわさび漬けの出来上がり。出来たてのわさび漬けはあまり辛くなく、パクパクと食べられた。これを冷蔵庫で二日置くと辛くなるという。
 
R0025189
 
 昭和40年から45年頃、芦ヶ久保や浦山でワサビ田を作ってワサビを栽培したという。国から補助も出て地方特産品として栽培を奨励されて、多くの人達がワサビを栽培した。
 しかし、栽培者が高齢化したことと獣害がひどくなったことで、ワサビ栽培は減少の一途を辿った。特にイノシシの被害が大きく、高齢化した生産者はワサビ田の再開を断念せざるを得なかった。浦山でも芦ヶ久保でもワサビ栽培をしている人はごく僅かになってしまった。
 今栽培している人も自家消費分がせいぜいで、特産品にすることはとても無理な状態だ。
 
R0025198
 
 そんな現状でも正夫さんはワサビ栽培を続けている。「うちは擁壁で守られるからイノシシやシカの被害が少ないんだぃね。そうでなきゃとても出来ないよ…」とのこと。横瀬川沿いの高い擁壁が獣を遠ざけているからこそ出来る事だという。
 それでも貴重なわさび漬け作りの取材が出来たのが嬉しい。秩父では無理だと思っていたので、貴重な話が聞けた。
 
R0025209
 
 正夫さんは芦ヶ久保氷柱の開発に携わったり、茶業組合の組合長を10年以上続けていたりと地域の産業開発の中心人物だ。観光開発や特産品の開発に力を注ぎ、地域振興に力を注いでいる。「若い人にやってもらえればいいんだけどねぇ…」と謙遜するが、地域の人が頼りにしている。良い話がたくさん聞けた取材だった。
 
 
 
 

2017年11月13日 (月)

りんご狩り招待

R0025132
 
 11月13日、東秩父村皆谷にりんご狩りに招待された。2012年11月に取材した「りんご栽培」の梅澤正一さんがやっていたりんご園だった。梅澤正一さんは2年前の12月に亡くなられていて、今は息子さん夫婦がりんご栽培をしている。
 
R0025136
 
 梅澤さんの孫のK子さんからメールが来たのは一週間ほど前の事だった。祖父がやっていたりんご栽培を一度は断念し、手入れもしていなかったのだが、今年再開して頑張った結果立派なりんごが成ったので是非見に来て頂きたいというメールだった。
 山里の記憶に取り上げてもらった事を父も母も喜んでいて、お礼の意味も兼ねて是非りんご狩りをしてもらいたい…という話だった。
 
R0025142
 
 言葉に甘えて、カミさんと二人で伺った。約束の時間に伺うと、K子さんとご両親、お兄さん夫婦が待っていてくれた。挨拶をしてりんご園に向かうと、木に鈴なりのりんごが迎えてくれた。見事なふじりんごだった。白い色のぐんまめいげつも鈴なりに成っている。
 K子さんと亡き正一さんの話をしながらりんご狩りをする。カゴ一杯のりんごを摘み取り、両親が苦労して栽培した事を聞く。立派に成っているりんごを見ているだけで心が豊かになる。
 
R0025148
 
 休憩所も正一さんが手作りで建てたもの。お茶を頂きながら正一さんの話で盛り上がる。絵を描いてもらって本当に良かったという話を聞いて嬉しくなる。
 何人もの絵を描いてきたが、お孫さんからこうしてお礼をされる事は初めてで、本当にこの仕事をやって来て良かったと思った。
 夕方寒くなるまで話に花が咲いた。カゴいっぱいのりんご、袋いっぱいのみかんとゆずを頂き、恐縮しながら帰路に着いた。本当にありがたいことで、嬉しいご招待だった。
 
R0025150
 

2017年11月 8日 (水)

絵を届けて博物館

R0025089
 
 秋色の秩父へ絵を届けに行った。絵を届けたのは上吉田・宮戸の橋本傳二さん(82歳)だった。傳二さんは「熊手を作る」の絵をとても喜んでくれ、いろいろな話に花が咲いた。
 帰る時に「お礼だから」と畑に案内され、畑で大きく育った白菜と大根を頂いた。本当にありがたいことで、お礼を言って別れた。
 
R0025092
 
 兄の家に立ち寄り、お米を受け取った。秋色の秩父は山道を走るのが楽しい。下小鹿野の品川さん宅に本と地図を届けた。本庄・太駄の桜井さん宅に本を届ける。写真展の話などいろいろ話す。二人で近くのそば処「二升庵」に行きお昼を食べる。二代目の作る蕎麦はますます切れ味が鋭くなっていて旨かった。
 店主の片桐さんが新しいスカリを作る機械を発明したとのことで、難しい話を聞く。人形作家の方もいて素晴らしい人形を見させていただいた。
 
R0025102
 
R0025104
 
 午後は上長瀞の自然の博物館に行く。博物館の庭には大きなカエデの木がたくさんあり、赤や黄色の紅葉が見事だった。
 学芸員の井上さんに皆野索道の地図を渡し喜ばれる。展覧会の事や本の事、12月に書く埼玉新聞のコラムについて話し合う。コラムは秩父鉱山の暮らしについて書いて欲しいとのこと。何をどう書けば良いか聞いたら、好きにして下さいとのこと。少し気が楽になった。
 
R0025107
 
R0025115
 
 打ち合わせを終え、一人でじっくりと鉱石を見る。鉄閃亜鉛鉱のあやしい輝きがいい。あらためて見ていると、これだけの種類の鉱物が秩父鉱山から産出された事がいかにすごい事かがわかる。平日なのに次から次に人が来て、展示の人気ぶりがよくわかった。
 会場の入口に「秩父鉱山」と「続・秩父鉱山」の二冊が図録と共に展示されていて嬉しかった。写真展の方もじっくり見る人が多くて嬉しかった。
 
R0025116
 

2017年11月 6日 (月)

「熊手を作る」をアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「熊手を作る」をアップした。
 今回は絵で苦労した。絵を描くのはフリーハンドと決めているので、今回のように細い平行線の多い絵は大変なことになる。意識すると手が震えるし、真っ直ぐに描けなくなる。細い竹の表現などは特に神経を使った。定規を使えば楽なのだが、こればかりは意地でもフリーハンドと決めている。
 
Photo_2
 
 今回取材した橋本傳二さん(82歳)は元大工さんで、今でもその腕でたくさんの物作りをしている。畑仕事もしているし、コンニャクを作ったり、栃餅も作る。まだまだ元気な82歳で、その動きは目を見張るものがあったし、集中力も凄かった。
 作業場の横に傳二さんが作ったテーブルや椅子が置かれていた。そのがっしりとした造りはさすがに大工さんの作ったもので、しっかりしたものだった。これは今年の文化祭に出品した物だそうだ。
 
R0024972
 
 熊手作りでいちばん驚いたのは歯を止めるのに竹釘を使っていたこと。歯が12本、止める横竹が二本。合計24箇所にドライバーで穴を空け、自分で削って作った竹釘を打ち込む。歯も横竹も強引に打つと割れるので、慎重にゴムハンマーで打つ。上下に出っ張った竹釘は鋸で切り落とし、ノミできれいに削る。横竹と元柄も竹釘で固定する。こちらは歯に使ったものよりも一段太い竹釘を使う。
 出来上がった熊手はどうやって固定しているかわからないほどきれいに仕上がっていた。銅線で巻くのは補強と飾りの意味もある。すこい手間を淡々と作業する傳二さんの手元を見ていて飽きなかった。
 
R0024985
 
 畑もやっている傳二さん。白菜を二百個も作っている。取材が終わって帰ろうとしたら「白菜を採ってくるから持って行け」との言葉。雨の中軽トラで畑に行き、巨大な白菜を五個も採って来てくれた。奥さんと二人でビニール袋に入れてお土産にしてくれた。
「売るほどあるんだから気にしないでいいんよ」と笑っている。ありがたく頂いた。
 
R0025070
 

アジが来た

R0025075
 
 11月5日、JICKYさんから電話があり、アジがたくさん釣れたので届けますとのこと。期待して待っていたら、昼過ぎにビニール袋一杯のアジが届いた。「朝から釣れ過ぎちゃって…」と笑っている。百匹以上も釣れたそうで、袋のアジを数えてみたら32尾も入っていた。
 
R0025077
 
 さあ大変、すぐにさばき始める。全てを三枚に下ろしてタッパーに詰め、冷蔵庫に収納する。64枚の生アジで大きなタッパーがいっぱいになってしまった。頭や内臓、中骨は生ゴミ乾燥機に投入する。この下準備だけで2時間もかかってしまった。
 
R0025079
 
 料理は何と言ってもフライがメイン。生パン粉を使ってカラリと揚げたアジフライは本当に旨い。たくさん作って近所にも配った。
 
R0025080
 
 お刺身は簡単。アジを切って並べるだけ。ツマは買ってきた大根ツマ。さすがに大根を桂剥きして作っている時間はなかった。
 
R0025081
 
 なめろうは秩父の味噌と合わせて、大葉と小ネギを刻み込む。これは酒の肴にいちばん。
 
R0025082
 
 フライの残り油を使って、フライ作りで余った小麦粉、卵、パン粉を使ったチジミを作る。今回はアジの切り身4枚を刻んで加えた。小ネギも刻んで加えて揚げ焼き。香ばしいチジミが出来上がった。アジの身もフワフワになって美味しい。
 
R0025086
 
 朝はパン食なのでアジの蒲焼きサンドイッチを作った。アジの身4枚をフライパンで焼き、タレを加えてからませ、キャベツを敷いたパンの上に乗せ、マーガリンとマスタードを塗ったパンでサンドする。フワフワの身がタレとからんで食べ応えのあるサンドイッチになった。
 
 まだまだたくさん残っているアジをどうやって食べようか思案中。
 
 
 
 

«熊手作りの取材