2016年8月17日 (水)

秩父いんげんの取材

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 台風が迫っている16日、両神の煤川(すすがわ)に秩父いんげんの取材に行った。
 煤川という耕地はとても変わった場所にある。川沿いの県道から曲がりくねった道を山の上まで走ると神社があり、その周辺に何軒もの家が重なり合うように斜面に建っている。
 こんな山の中腹に大きな集落がある事が不思議でならなかった。
 
 この耕地の人々は急斜面の畑で昔からいんげんを栽培し出荷してきた。耕地で霧がかかることの多いこの場所のいんげんはとても柔らかく品質の良いものだった。
 取材したのは黒沢七五三男(しめお)さん(86歳)だった。3年前までは大量にいんげんを出荷していたのだが、今は自宅用に栽培していて、食べきれない分を出荷している。
 
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 ご自宅の居間で冷たい麦茶を頂きながら、いんげんの栽培についての話を聞く。選別の器具や伝票などを見ながらいろいろな話を聞く。話が一段落して畑に向かう。
 家の近くに畑があり、急斜面に沿うようにトンネルが作られていた。毎日葉を取り、実を収穫している。一日でも休むと適正な大きさのいんげんを超えてしまう。86歳でも足腰は確かなもので、畑を登る足取りにも乱れはない。
 
 今朝採ったいんげんを使って奥さんの和子さん(86歳)が落花生よごしを作ってくれることになった。ごまよごしというのは良くあるのだが、落花生よごしというのは初めてだったので、早速取材させてもらった。
 ごまよごしというのはゴマ和えのこと。自宅で栽培した落花生を乾燥させ、ゆっくりとフライパンで焙煎し、保管しておいたものを使う。落花生の皮を手でむき、すり鉢に入れる。すりこぎで全体を叩いてつぶしてからする。粘りが出るまでよくすってから、味噌と砂糖・醤油を加え、茹でたいんげんをからめる。
 
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 取材した日が16日ということで、送り盆用の「ねじっこ」を食べていかないか、という事になった。いんげんの落花生よごしやきゅうりの浅漬け、赤飯、味噌汁という豪華な昼食を頂いた。「田舎料理なんで口に合うかどうか? 」と和子さんが言うが、こんな豪華な食事はない。ねじっこはまったりと口にふくらみ、いんげんはピーナツバターで和えたかのよう。
 美味しくて豪華な昼食に大満足。
 なりゆきから「秩父インゲン」と「落花生よごし」の取材を一日で出来た。とても収穫の多い一日だった。
 
 
 
 
 

2016年8月13日 (土)

シロギスが来た

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 12日の午後、爽やかな笑顔でJICKYさんがシロギスを持って来た。朝から東京湾でシロギス釣りをして40尾ほど釣ったらしい。そのお裾分けで12尾の新鮮なシロギスを頂いた。
 さっそく調理にかかるのだが、その前に魚専用の包丁を研ぐ。包丁の切っ先が切れないと上手く捌けないからだ。30分ほど切っ先中心に丁寧に研ぐ。
 
 シロギスが新鮮なので、まったく身崩れしない。よく切れる包丁で鱗を落とし、8尾を松葉に、4尾を三枚におろす。作業はまな板の上に新聞紙を広げ、終わったら新聞紙をそのまま丸めて捨てる。こうするとまな板が汚れない。中骨と卵を別に取り分けておく。
 
 三枚に下ろした片身の皮を引き、縦に身を引いて糸造りのお刺身にする。盛りつけた状態で冷蔵庫に入れる。梅干しの梅肉を2個よく包丁で叩き、ポン酢に溶いた浸けタレを作り、これも冷蔵庫へ入れて冷やす。
 
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 松葉に開いたシロギスは今回ピカタにした。天ぷらよりも簡単で後処理が楽だからだ。小麦粉と卵を溶いたものにみじん切りの大葉と人参を入れて混ぜ、彩りにする。味付けは塩コショウだけ。
 フライパンに油をしき、4枚ずつ二回焼いた。フワッとふくらむ衣にオレンジと緑の彩りが花を添える。残ったフライパンの油で中骨を揚げる。じっくりきつね色に揚げた中骨は骨せんべいとなりビールのつまみになる。
 卵は小鍋で、醤油・みりん・砂糖・バルサミコ酢を加えて煮詰める。これも旨いつまみになった。
 
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 オリンピックのニュースを見ながらシロギス三昧の夕食。ビールでのどを潤し、骨せんべいやピカタを食べる。梅ポン酢で食べる刺身は、ハモの落としを思わせる爽やかな夏の味だった。
 思いがけず豪華な夕食になった。JICKYさんに感謝。
 
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2016年8月12日 (金)

絵を届ける

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 11日、秩父に絵を届けに行った。
 午前中に伺ったのは下小鹿野の浅見しげさん宅。絵を渡すととても喜んでくれた。お茶を頂きながらツバメの話や猫の話、新しく書いた書の話などで二時間ほど過ごした。
 車にひかれて亡くなった猫の事を随筆に書こうという話にも驚かされた。本当に前向きな人生を生きている人だと改めて感じた。
 
 昼の時間は小鹿野の割烹「たじま」で同級生の店主と釣りの話などしながら、美味しい鰻重を食べた。丑の日に食べられなかった「たじま」のうなぎ。この鰻重は、東京で食べるどの店の鰻重より旨い。午後の約束の時間まで「たじま」で過ごす。
 
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 午後1時の約束時間に両神・塩沢の坂本好房さん宅に伺う。好房さんはお盆の施餓鬼を終えて自宅に帰ってきたところだった。
 お茶を頂きながら、絵を渡す。好房さんは文章もじっくり読んでくれ、満面の笑みで喜びを伝えてくれた。
 
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 奥さんが手製の刺身コンニャクを出してくれた。甘酢タレを浸けて食べたらツルリとのどを通る夏の味だった。柚子の香りがいいなあと思って聞いたら、青柚子を冷凍しておいて凍らせた状態で皮を削るのだとのこと。柚子のそういう使い方があるのかとビックリしていたら、「こんなのもあるんよ」と出してくれたのが甘柚子シャーベットだった。
 完熟した柚子の皮を砂糖とまぶした甘柚子を凍らせたもの。これを少しずつ削ってシャリシャリした状態で食べるものだった。
 シャーベット状の甘い柚子。柚子の香りが口いっぱいに広がる夏の味。外は真夏の暑さ。何とも言えない爽やかな味だった。また、珍しい味に出会えた。
 
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 暑い一日だった。車の温度はどんどん上がり、冷房をつけているのだが、頭上から熱気が押し寄せる。紫外線で目をやられるし、真夏のドライブは体に悪い。
 一日走っていたら疲れ切ってしまった。
 
 
 
 
 

2016年8月10日 (水)

味噌汁をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「味噌汁」をアップした。
 この取材で驚かされたのは、しげさんが98歳という年齢にかかわらず、普通に生活している姿だった。元気に長生きするというのは誰しも思い願うことだが、誰にでも出来る事ではない。本当に、願わくばこうありたいと思う人生だ。
 
 98歳でいまだに現役で、味噌を作り、梅干しを作り、新聞を読み、俳句を作り、書を書く。そして、どこも悪くないと医者が太鼓判を押す健康体。なんという人生だろうか……。全ての人の希望となる人生。すばらしいことだ。
 
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 「粗食と運動が長生きの秘訣だね…」という言葉が聞かれた。また、「あたしの体は味噌で出来てるんだぃね…」と冗談めかして話してくれた。
 大量の味噌を作り、それを食べて生きる。日々の暮らしの中に自然に自分の味噌が浸透している。そんな自然体の暮らしが素晴らしい。
 やさしい味の味噌汁は煮干しで出汁を取る。薄味で何杯でも食べられる味噌汁だった。同時に作ってくれたカボチャの煮物もホクホクと美味しかった。
 
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 山里の記憶を取材していると、お店で売られていない美味に巡り会うことが多い。昔ながらの味がそれぞれの家に伝えられ、守られているからだ。そんな味に出会う事が楽しみの一つでもある。なんだかすごく贅沢な事をしているように思う事がある。
 取材をし、絵を描く。それぞれに大変な作業ではあるのだが、発見の喜びや美味しさとの巡り会いがそれを上回る。
 
 
 
 
 

2016年8月 2日 (火)

山形で釣り

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 7月29日、30日、8月1日の三日間、野村さんと山形で釣りをした。
 初日は蔵王、二日目と三日目は置賜白川の支流で釣りをした。釣り三昧の三日間は体にはきつかったが、楽しい時間だった。
 藪の道を延々と歩き、大汗をかいた初日。服を全部脱いで川で汗を流した気持ちよさ。魚も適当に釣れ、原生林の豊かさを実感した蔵王での釣り。26センチを頭に何匹ものイワナが遊んでくれた。蔵王山塊の雄大な景色が忘れられない。
 宿は蔵王温泉の素泊まり。高校生が合宿中で、大勢の若者でにぎやかな温泉街だった。
 
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 置賜白川支流での釣りは一転して不調。まったくアタリがないまま時間だけが過ぎる。アブの猛攻を受け、精神的にもダメージを受ける。魚の影も見えず、いささかあきらめムードだったが、お互いに1尾ずつ釣り、かろうじてボウズをまぬがれた。
 このまま終わってしまっては何のために山形まで来たのか分からない。野村さんが山形在住の友人に川の情報を聞く。その川の様子を見てから二日目の宿「ガマの湯」に向かう。
 大きなお風呂でゆったりと体を休め、アブに刺された患部をもみほぐす。
 
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 三日目、早朝から目的の沢に向かう。小さい沢で水も少ない。不安をぬぐい去るように一投目でイワナが出た。小さいイワナだったけど俄然やる気になる。次のポイントでもイワナが出た。「この沢はいいね」とお互いにニヤリと笑う。
 この細い川のどこに隠れていたのかというくらい魚影が濃い沢だった。
 昼まで釣って大満足の釣果。野村さんは今回の大物賞、26センチの大ヤマメを釣って有終の美を飾った。5連続バラシとか、後ろで見ていて心配になるくらいだったが、最後の最後に大物を釣るなんて、運を持っている。
 もしかして、今年の大物運を野村さんに持って行かれてしまったかもしれない…。
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2016年7月29日 (金)

植木職人をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「植木職人」をアップした。
 取材の日はとても暑い日だった。炎天下で一日中脚立の上で作業するなんて無謀にも思えるのだが、好房さんは83歳という年齢を感じさせず、淡々と作業していた。雨が降ると脚立が滑るので休みになる。雨の日以外はずっとやっている。
 山里の民家は庭が広い家が多い。そしてかならず植木がある。この手入れは専門の人がやらないと壊れてしまう。枯れたり藪になったりと手入れの有無はすぐ目に付く。
 家に人を呼ぶ機会などに好房さんが呼ばれて、庭木の手入れを任せられる。83歳という高齢だが「頼まれると、断れないんだぃね…」と今でも知り合いの家を回る。
 
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 大変な仕事だ。しかし、「この仕事をやってるから体の調子がいいんだぃね」という言葉に救われた。自分を必要としてくれる人がいて、自分にしか出来ない仕事がある。やりがいは体も心も若く保つ秘訣なんだと実感した。
 今後の超高齢化社会では、こんな生き方が指針になるのではないか……ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。充実した幸せな人生だと思う。
 
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 いつまでもという訳にはいかないかもしれないが、出来る限り、体の動く限り庭木の手入れを続けて欲しいと思う。最後まで植木職人でいて欲しいと思う。
 きっと好房さんの仕事ぶりを見て、勇気をもらっている人がいるはずだ。
 
 
 
 
 

2016年7月28日 (木)

味噌汁の取材

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 27日の水曜日、小鹿野の三島に味噌汁の取材に行った。取材したのは御年98歳の浅見しげさんだった。98歳と聞いていたので、取材にもいろいろ支障があるかなあと心配しながら伺ったのだが、そんな心配はまったく必要なかった。
 しげさんは今でも主婦をやっており、畑仕事も料理も自分でやるスーパーおばあちゃんだった。腰も曲がっておらず、動きが速い。キビキビした動きを追いかけるのが大変だった。お医者さんには「どこも悪いとこないよ」と言われているとのこと。いやはや驚いた。
 
 息子の清さん(76歳)と一緒にいろいろ話してくれたのだが、一番驚いたのが秩父事件の話だった。事件後、井上伝蔵を倉で2年間かくまったのがしげさんのおじいさん斉藤新左衛門さんだった。「草の乱」という映画にもあったので、その事は知っていたが、実際の子孫に話を聞けたのは驚きだった。秘話と言えるような逸話もたくさん聞けた。大きな大きな収穫だった。秩父事件の本も違う視点で読むことが出来そうだ。
 
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 しげさんは毎年大量の麦味噌を作る。今年は3斗の大豆を煮て味噌を仕込んだ。大麦3斗、塩1斗2升を使う大仕事だ。仕込む大樽は6万円払って買ってきたもの。今は熟成中で、隣に去年の麦味噌の樽が今回使う味噌汁の味噌だ。
 出汁は昔から煮干しを3尾煮込んで出汁にする。野菜は畑にあるものを使う。今回はナスとジャガイモを薄切りにして具にした。しげさんは自分で味噌汁を作り、いつも3杯食べるという。健康の元だからと笑っている。薄味なので3杯飲んでも塩分過多にはならない。
 
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 味噌汁を作りながらミニ栗カボチャも煮てくれた。5分ほどで出来上がったカボチャ煮は甘くホクホクとして絶品のお茶請けになった。
 味噌汁は薄味で本当に何杯でもお代わりできるものだった。麦味噌のやさしい味はお袋の味を思い出させてくれた。あっという間に三杯食べてしげさんに笑われた。
 しげさんは書も書く。昨年だというから97歳の作品だ。「玉雪開花」という書だった。写真を撮りながら、これを本当に97歳のおばあちゃんが書いたのか? 信じられなかった。
 とにかく、いろいろな刺激を受けた取材で、人間というのは本当に奥が深いと再認識させられた。
 
 
 
 
 

2016年7月13日 (水)

植木職人の取材

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 7月12日、秩父の両神に植木職人の取材に行った。取材したのは坂本好房さん(83歳)で、炎天下の植木手入れを同行取材させていただいた。
 この日は好天で、日中の炎天下は何度だったのかわからないが、とにかく暑かった。この暑さの中で好房さんは休憩も取らず黙々と植木の刈り込みをやっていた。
 熱中症を心配して聞くと「雨の日以外は毎日こうだぃね。もう慣れてるから」とのこと。そのタフさと強さに感服してしまった。
 
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 この日はアカマツ3本と黒松一本の手入れだった。好房さんは手袋もせず素手で松の葉をガシガシと扱う。少し真似してみたのだが、とても痛くて無理だった。手は松ヤニで真っ黒になるが「慣れてるから痛くなんかねぇよ。素手でなくちゃぁダメなんだぃ」とのこと。真冬の本当に寒い時以外は手袋はしない。
 働きもんの手は、節くれ立って、真っ黒で、皺だらけで何とも言えない美しさだった。
 
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 午前中の作業を終えて昼は小鹿野町の「まる銀・たじま」へ行く。同級生の店主と魚釣りの話などをしながら「鰻重」を頂く。ここの鰻重は東京で食べる名店のものより旨い。楽しい会話がそうさせるのか、故郷の味とも言える贅沢な味だ。
 
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 午後の作業は一時から三時まで見学させて頂いた。炎天下でずっと上を見上げていたせいか、紫外線にやられたようで目がチカチカと痛くなってしまった。サングラスをしていれば良かったと後で反省した。
 3時で取材を終えて、合角(かっかく)ダムを見に行く。たじまの店主から減水ですごい事になってると聞いたので確認に行った。ダムは半分以下の水量ですぐにも干上がりそうな減水ぶりだった。もともと水量の少ない吉田川だったし、渇水となればすぐにこうなることは地元ではみんなわかっていた。
 今年の水不足は、本格的に深刻なことになりそうだ。
 
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2016年7月 8日 (金)

煮豆をアップ

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 ホームページの山里の記憶コーナーに「煮豆」をアップした。
 取材した大島喜美代さん(88歳)はとても88歳とは思えない元気なおばあちゃんだった。昔の話を面白おかしく聞かせてくれ、楽しい取材だった。
 やることは早いし、家の内外もきちんと片付けられているし、まあすごい人だった。
 
 喜美代さんもご主人の賢一さんも共に88歳という二人暮らし。誰の力も借りずに生活が出来ている。もちろん畑仕事も現役だ。自分で食べる野菜を作り、料理している。二人は何気なく暮らしているようだが、この年齢でこの生活が出来る事がどれだけ素晴らしいことか。
 介護の手を借りずに自分の力で生活している。体が丈夫だったからかもしれないし、何の病気にもかかっていないからかもしれない。都会の人では考えられない希有な事だ。
 喜美代さんと話していると、しきりに「親に感謝」「ご先祖様に感謝」という言葉が出て来る。この感謝の気持ちが暮らしを支えているのではないか…、そんな気がしてならなかった。
 出来ればあやかりたいものだ。
 
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 煮豆もふっくら柔らかくて美味しかったが、キャラブキも美味しかった。このキャラブキ、豆腐と一緒に食べると何というか、えもいわれぬ味になった。別のものと合わせるとまた違う味になる事を発見したキャラブキだった。煮豆は五目豆に煮直すことでさらに美味しくなった。味の世界も深いなあと今更ながらに思い直した取材だった。
 
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 本当なら大豆を収穫する所から取材するべきだったのだが、それを待つと来年の取材になってしまうので、昨年の秋に脱穀の写真を撮っていた千島さんから写真を提供して頂いた。
 千島さんの写真なくしてはこの絵が出来上がらなかった。この場を借りてお礼申し上げたい。ありがとうございました。
 
 
 
 
 

2016年7月 6日 (水)

尺ヤマメを釣った

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 痛風のリハビリを兼ねて釣りに行った。足が痛かったり、絵を描いていたりと10日間くらい外に出ていなかったので、足慣らしのつもりだった。
 しかし、しかし、苦節40年初めての尺ヤマメが釣れた。31センチの大ヤマメ。もう最高。このうれしさをどう表現していいかわからない。
 
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 川は渇水でとても釣りが出来る状態ではなかった。案の定アタリもない状態で3時間が過ぎた。本当に何でもないポイントでギラリと光る大物が反転した。エルクヘアカディスに反応したのだが、毛鉤をくわえるまではいかなかった。
 もしかしたらまだ出るかもしれない……、その場で30分待った。毛鉤をコーチマンのパラシュートに変えて慎重にキャスト。岩の影でギラリと反転した魚体。合わせるとズシリとした重さとガンガンと首を振る振動が伝わってくる。
「外れるな…、外れるな…」竿を下流に運び、慎重に河原にずり上げる。大ヤマメは河原をビンビンと跳ねる。ロッドの柄が28センチある。当ててみると尻尾が出っ張る。
「尺ヤマメだ!」思わず叫んでしまった。
 
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 まさかこんな日にこんな大物が釣れるとは思わなかった。結局この後に7寸のヤマメと6寸ヤマメが釣れただけで終了。でも、大物が釣れたのでルンルン気分で帰って来た。大物が一尾出れば、ましてや初の尺ヤマメとあれば、この一尾で充分。
 気分良く2時の早上がりで帰路に着いた。
 
 いつかは釣りたいと思っていた尺ヤマメ。こんな簡単に釣れるとは思っていなかったが、釣れる時はこんなものなのかもしれない。
 今年は28センチ、27センチ、26センチとヤマメの大物が釣れていたので、何となく尺も釣れるかもしれないと思っていたのが現実になった。運は引き寄せるもの。念願がかなった。 嬉しい。今日は赤飯だ。
 
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