2018年4月20日 (金)

陸前高田へ行く

R0026272
 
 4月17日・18日・19日と陸前高田へ行ってきた。東日本大震災の時に面影画というボランティアをやって縁が出来、その後も何度も再訪して絆を深めてきた。久し振りに会う人々はみな笑顔で会話は楽しかった。しかし、震災の後遺症は確実に残っていて、歳を経るごとに徐々に大きくなっている。震災から七年、あっという間だったと言うが、大きな人生の曲がり角を曲がっている途中のようだ。米崎町の千葉さんは昨年ご主人を亡くした。ご主人の歌が吹き込まれたCDを毎日聞きながら生活している。
 
R0026279
 
 それにしても大きく変わりつつあるのが陸前高田市の町並みだ。高台にアバッセという複合商業施設が出来、大きな駐車場にたくさんの車が停まっている。防災センターや体育館、病院が新しくなり、小学校や高校の建築が進んでいる。何より道路がどんどん新しくなり、自分が今どこを走っているのかわからなくなるので困った。地元の人も道路がどうなっているのかわからないと笑う。中心街が整備されたことでここに集積されるのか、それとも分散したままになるのか。今後が注目される。
 
Sika
 
 高寿園も氷上神社も懐かしかった。周辺の変わりようが激しいのでまるで別の場所を走っているようだった。たどり着くまで何度も停まったり戻ったりした。
 市内を走り回っていたら山道の交差点で目の前を鹿が走ったので急ブレーキ。見ると順番待ちの鹿が三頭も並んで待っている。こんな近くで野生の鹿を見るのは初めてだったので写真を撮った。開発がどんどん進み、山も削られているので生態系も狂ってきたのかもしれない。
 
R0026285
 
 夕方、竹駒町の鶴亀鮨に行き友人の佐々木夫妻と飲む。久し振りの再会で近況の報告と鹿の話やご朱印帳の話で盛り上がった。美味しい鮨はいつものこと。面影画を描いた吉田さんから差し入れてもらったタラの芽の天ぷらが旨かった。最後はマスター恒例の紙テープナイヤガラで記念写真。マスターも九月の移転に向けて頑張っている。
 美味しい料理と酒を堪能し、ホテルに戻ったらもうグッタリ。そのまま爆睡してしまった。
 
R0026295
 
 翌日、せっかくここまで来たのだからと中尊寺に立ち寄る。中尊寺は桜がちょうど満開ですばらしい景色を満喫することができた。毛越寺にも立ち寄り、平安時代の幽玄の池を鑑賞した。昼過ぎに平泉を出発し、東北道をゆっくり南下、自宅に着いたのは7時半だった。走行距離1200キロのロングドライブ終了。お疲れさまでした。
 
R0026315
 

2018年4月16日 (月)

「やきもち」をアップ

330
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「やきもち」をアップした。取材した倉林糸子さん(87歳)は91歳のご主人傳次さんと二人で暮らしている。畑仕事も普通にやるし、料理も作る。「歳をとったから、何もかもやることがゆっくりだいねぇ…」と言いながら自分のペースでしっかり日常を生活している。
 
R0026132
 
 糸子さんは最近つらいことが重なって元気をなくしていた。それでも、いろいろ話すうちに徐々に笑顔が出てきて、いい写真も撮ることができた。明るく元気でずっといられればそれに越したことはないが、なかなか難しい。それは誰でも同じだ。
 取材の時に気を使うのは、気持ち良く話してもらうことだ。昔話をする時は誰でもいきいきとする。一時でもその時代の自分に返ることが出来るからかもしれない。
 
R0026156
 
 もう65年も前の事だからと恥じらいながらも結婚当時の話を聞くことができた。当時としては珍しい結婚式の写真も見せてもらった。懐かしい時代のことなのだと思う。使う事がなかったが、牛を飼っている写真もあった。揃いの浴衣で踊る仲間との写真もあった。どの写真でも糸子さんは耀いていた。
 
R0026162
 
 水で苦労した話は真剣に聞いた。我慢強い糸子さんが苦労したと言うのだから、本当に大変だったのだと思う。私が子供の時も水で苦労したことを思い出した。当時は水道や井戸がなく、近所の沢からバケツで水を運んでいた。天秤棒でバケツふたつの水を何度となく家まで運んだ。揺れて水がこぼれ、半分くらいになってしまい、泣きたくなった事も思い出した。当時はどの家でもみんなそうだった。井戸が出来、水道が出来、水で苦労することはなくなった。今では当然のように蛇口を回せば水が出る。それがどんなにありがたい事なのか、今の人にはわからない。
 
R0026173
 
 ほんの何十年前の話なのに、まるで遠い昔の話のようだ。それだけ変化の大きい時代なのだと感じる。十年先はどうなるか見当もつかない。だからこそ昔の話を残したい。
 65年前の話を恥じらいながら話してくれた糸子さんにそんな思いが重なった。
 
 
 
 

2018年4月13日 (金)

「十六様の隣で」をアップ

Jyuurokusama
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「十六様の隣で」をアップした。今回の取材は倉林傳次さん(91歳)の元気な畑仕事の予定だったのだが、ご自宅に伺って話を聞くうちに方向が変わった。近所の十六様と呼ばれる日本武(やまとたける)神社の話がとても良かったので、その話を中心にまとめることにした。
 
R0026121
 
 最初にジャガイモの植え付けを見学し、ご夫婦の息の合った農作業ぶりを見させてもらった。広い畑を二人で管理して収穫から出荷までやっている。その元気さにびっくりさせられた。91歳でまだ車を運転し、今年93歳までの運転免許を更新するという警察の書類も見せてもらった。すごいですねと言うと、「この歳まで働けるって事がありがたい事だねえ…十六様のお陰かもしんないねえ…」といたって謙虚な言葉が返ってきた。
 
R0026138
 
 十六様の話はお神楽から始まって十六歌舞伎の話にまで及んだ。お神楽保存会の会長を8年やったし、歌舞伎は立ち上げから参加した。若い人達が継いでくれて、いまだに盛況なのが嬉しいと笑う。十六様の隣で育ち、日々の暮らしで感謝してきた。日本人の慎ましい生き方の典型がここにあるように感じた。
 お願いするものではなく感謝するもの、そんな十六様への想いが傳次さんの言葉のはしはしに感じられて新鮮だった。ああ、昔はみんなこうだったんだなあ…と自らを省みさせられた。
 
R0026115
 
「長く生きてるといいこともあるんだぃね」と玄関の壁に掲げられた三枚の額を見せてくれた。NHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」の収録で、突然津川雅彦が尋ねてきたのだと言う。何の連絡もなしに突然のことだった。十六様の歌舞伎を取材したくて尋ねて来たようだった。その時のしゃしん二枚とサインが額に掲げられている。「我が家の家宝だぃね」と笑う。
 
R0026118
 
 それにしても91歳でこの矍鑠たる様が信じられない。髪の毛などは私よりずっと多い。どしたらこんなに若くいられるのかと聞いたら、「友だちもみんな先に逝っちゃったし、いい事
なんかそんなにないよ」と笑っていた。「長生きも十六様のお陰かねえ」とつぶやいた言葉が耳に残った。
 感謝して生きる。そんな言葉が残った取材だった。
 
 
 
 

2018年4月 9日 (月)

滝桜と花見山

Dcf00001
 
 4月9日、朝三時起きで福島県に向けて出発。目的地は三春の滝桜。今日が満開との予想で計画したものが本当に満開ですばらしい桜を見ることが出来た。
 樹齢千年以上というエドヒガン系のベニシダレザクラ。幹回りも枝振りも、何より満開の花がすばらしかった。巨大さもそうだが、歴史の重みを感じる佇まいがいい。一本だけそこにある存在感が圧倒的だった。枝垂れた花が風にゆれる風情も例えようのない美しさだ。
 
Dcf00003
 
 満開の時期に合わせて全国から見に来る人がいる。平日だというのに、駐車場は朝6時で半分埋まり、南は鹿児島、北は旭川のナンバーが並んでいた。もちろん東京ナンバー・横浜ナンバーは普通に停まっている。この桜の人気度がわかるナンバーの顔ぶれだった。
 滝桜の周囲を巡り、ゆっくりと観賞する。朝日が上がるにつれ見え方が変わってくる。光の角度によって小さな密生した花びらが耀くように見える。風で枝垂れが揺れるとそれこそ滝から光った水が流れ落ちるように見える。すばらしい桜だった。
 
Dcf00004
 
 朝一番で滝桜を見て、まだ時間があるので福島飯坂まで走り、「花見山」に向かった。こちらは福島市にある全山花木の山。テレビニュースで満開と伝えていた山だ。阿武隈親水公園の駐車場に車を停め、シャトルバスで花見山に向かう。
 花見山はもともとは花木生産農家の山を観光用に作り上げたもの。里の畑に菜の花が咲き乱れ、レンギョウ・ボケ・ハナモモなどが至る所で咲き乱れている。その中心にあるのが花見山で、約一時間のトレッキングコースが作られている。
 山を登って行く時の遠景が素晴らしかった。ヤマザクラやレンギョウが向山を彩っている。頭上にはヒガンザクラやソメイヨシノが咲き乱れ、そこかしこでウグイスが鳴いている。写真家の秋山庄太郎が「福島に桃源郷あり」と通った場所でもある。
 
Dcf00012
 
Dcf00013
 
 山を一周して下に下りても去りがたく、ベンチに座って花の風景を楽しむ。まさに山里春色の絶景だ。こんな景色を見ることが出来ると、桜を追いかけて九州から北海道まで車で走る人の気持ちがわかるような気がした。
 三色団子を食べながら花見山を眺める至福。少し冷たい風だったが、これ以上ない豊かな時間だった。
 
Dcf00016
 

2018年3月30日 (金)

元気な老夫婦を取材

R0026123
 
 3月29日、小鹿野町・般若(はんにゃ)に元気な老夫婦を取材した。取材したのは倉林傳次さん(91歳)と糸子さん(87歳)のご夫婦で、畑仕事をする様子や昔話、昔作った料理などを見させていただいた。
 傳次さんの家は十六様と呼ばれる日本武(ヤマトタケル)神社のすぐそばにあり、子供の頃からお神楽の演者として活躍してきた。昭和20年から十六歌舞伎の興行に関わり、中心的な活動をしてきた。まとめ役として、また演者として十六歌舞伎を支えてきた人だった。
 
R0026125
 
 二人とも矍鑠として腰も曲がっておらず、普通に畑仕事をしている。この日はジャガイモのダンシャクを植え付けていた。サクを切り、種芋を置いて肥料を入れ、埋め直す。その上に黒マルチをするという。今年は暖かいので作業の時期も早いそうだ。
 畑の作業を途中で切り上げてもらい、家に戻ってお茶を飲みながら昔の話を聞いた。昭和29年のご祝儀の話から始まり、水で苦労した話、神蔵の話、歌舞伎の話などなど話が尽きなかった。
 
R0026138
 
 糸子さんがお昼用に昔作ったというやきもちを作ってくれるというので、その過程を取材した。「昔はネギでも入ればごちそうだったけどね…」と笑いながら今風なやきもちを作ってくれた。「孫が好きでね」と手早く混ぜる材料は冷えたご飯・干しアミエビ・キャベツの千切り・刻みネギ・しゃくし菜の油炒め・手前味噌を小麦粉で練るようにこねる。
 フライパンに油を引いて種を丸くなるように広げるとジャーっという音が立ち、いい香りが立ち上がる。じっくり焼いてひっくり返す。いい焼き色だ。
 
R0026156
 
R0026160
 
R0026176
 
 お昼はごちそうだった。焼きたてのやきもち、こんにゃくの煮物、白菜古漬けの油炒め、しゃくし菜の油炒め、かやくご飯がズラリと並んだ。「こんなもんだけど食べてくんない」という言葉に誘われるように箸が伸びる。こんなごちそうは本当に嬉しい。
 食べながらも傳次さんの話が続く。NHKテレビの釣瓶の家族に乾杯という番組で、津川雅彦が突然訪ねて来た時の話だ。その時の写真とサインが玄関の上に掲げられている。「うちの家宝だぃねぇ」と笑顔がはずむ。
 93歳まで車を運転できる免許の更新が出来そうだと書類を見せてくれた。普通に話していたが、考えてみるとすごいことだ。こんな元気な91歳は見た事がない。ご夫婦二人とも元気で何の不自由もなく生活できている。すばらしいご夫婦だった。
 
 
 
 
 

2018年3月28日 (水)

椿山荘ー神田川の花見

R0026075
 
 3月27日、椿山荘で花見ランチをして、神田川沿いの満開の桜を楽しんだ。カミさんの誕生日ということで、少し違う雰囲気で花見をしようと花見ランチ。寿司ランチは量が少なくて良かった。庭園の桜を見ながら食べる「花見ランチ」はグーグル検索で予約したもの。便利な時代になったものだ。
 
R0026080
 
 ランチの前に庭園を散策したが、都会の真ん中にあれだけのスペースの緑があることに驚かされた。多くは植栽された緑だが、中にはもともとの植生も見えて楽しかった。ケヤキやクスノキ、クヌギやコナラ、シラカシ、アカマツ、ムクノキなどの巨木が天高く育っている様は見事だった。紅葉や新緑用に作られた植生は仕方ないが、見方によっては見事なものだと思う。
 
R0026085
 
R0026087
 
 様々な木が芽を出し始めていた。新芽の出る頃を春紅葉という。木によって芽の色が違うのが分かる時期だけの楽しみ方だ。秩父などの山々に行くと一週間くらいだけ見られる春の楽しみの一つだ。
 コナラやクヌギが白く膨らみ、カツラやネムノキは赤い芽を出す。一週間もすると全部新緑の緑に変わる。椿山荘の広葉樹はちょうど春紅葉の時期だった。桜の花と同様、今年は春紅葉も早い。あっという間に新緑になってしまいそうだ。
 
R0026092
 
 ランチを終えて、係の人から教えてもらった神田川沿いの桜を見に行った。椿山荘の庭園から外に出ると、そこは桜満開の神田川だった。人も少なく、見事な桜を満喫出来た。穴場の花見場所かもしれない。
 神田川沿いに桜を観賞しながら江戸川橋駅方面に歩く。江戸川公園に入ると大勢の人が花見を楽しんでいて、一気に宴会ムードになった。公園の奥には人がいなかったのに、公園内はシートを敷いて宴会の人々がいっぱい。これはこれで花見感満載でいいものだ。それにしても川沿いの桜はいい。水と桜の花はよく似合う。
 
R0026098
 

2018年3月26日 (月)

アジの干物・花見・テニス

R0026037
 
 土曜日、秩父から帰ったらJICKYさんから大きなアジが14匹とイシモチが一匹届いた。丸々したアジをどう食べようかと相談したら干物にすればいいと教えてもらったのでやってみた。
 アジ4尾、イシモチ1尾は刺身となめろうで酒の肴になった。(さばくのに夢中で写真なし)残りのアジを開いて漬け汁(水1リットル・塩80グラム・酒100cc・みりん20cc)に一時間半浸けて一旦出して乾かす。この時に竹串とビニールヒモを使ってハンガーにぶら下げた。専用の乾燥ネットがないのでハンガーを使ってやってみた。
 
R0026034
 
 日曜朝、天気が良いので朝からベランダに干す。ハンガーの周囲を農業用のネットで覆って烏よけにする。5時間干したら干物が出来上がった。さっそく焼いて、昼食は豪華なアジ干物定食風になった。ホクホクふわふわの身がじつに旨い干物だった。漬け汁の味も丁度良い具合に味がついていた。これなら人にあげても喜ばれそうだ。
 
R0026030
 
 午後はテニス。3時開始なので、少し早めに出かけて会場の小豆沢公園で花見としゃれこんだ。ソメイヨシノが満開でビールと唐揚げ棒を持って花の下で座り込む。野球をやっている音が響いている公園でゆっくり桜を見るのもいい。遠くから太鼓の練習をしている音が聞こえてきたり、子供たちのはしゃぐ声が聞こえたり、楽しい時間だった。
 
R0026053
 
R0026050
 
 テニスの前にビールを飲んだので少し調子が狂ったが、快適な環境でのテニスは最高だった。寒くも暑くもない季節。ましてや満開の桜の中で走り回るのは楽しい。サーブも少しずつ良くなっているし、朝のジョギングのおかげで足も楽だった。4人で二時間というのは丁度良い時間かもしれない。写真は加藤さんと。
 
R0026056
 

2018年3月25日 (日)

絵を届けて防災学習センターへ

R0026008
 
 3月24日、小鹿野町・藤倉の根岸左喜子さん(86歳)に「こんにゃく」の絵とファイルを届けに行った。左喜子さんは絵をとても喜んでくれた。相変わらず台所で料理の下準備中だった。聞けばお彼岸で娘さんがやってくるのだという。ここで採れる野菜で作った料理が食べたいとリクエストがあるそうだ。
 
R0026010
 
 この日のお茶請けはお得意の手作りこんんやく、ピリ辛のきんぴら、コチュジャンで味付けた干し大根、フキノトウと麩の甘酢の4品。どれもお茶請けに最高の旨さだった。特にこんにゃくは絶品で、お土産にもいっぱい頂いた。本当にありがたいことだ。
 近くの酒井佐恵子さんに借りた本(甲源一刀流)を返しに行く。お茶を頂きながら山の畑の話や山神社の話で盛り上がる。
 
 午前中に時間があったので実家のお墓参りに行く、兄と二人でお墓を掃除してお線香を上げる。梅の花がいっぱい咲いているが桜はまだ芽が固い。ここで桜が満開になるのは4月中旬だという。その時には兄弟・従兄弟・子供たちが集まって花見の宴を催す。今年も参加出来ればいいのだが、まだ先の予定がわからない。
 
 昼前に実家を出る。今日は鴻巣の埼玉県防災学習センターに行かなければならない。先日県議会議員の岩崎さんと県防災部長の槍田(うつぎだ)さんから電話があり、面影画のパネル展をしたいという話だった。その会場が防災学習センターになるという事で現場を見ておかなければならなかった。
 140号から17号と幹線道路を走り、午後2時に到着した。3月21日にリニューアルオープンしたという建物はピカピカでとてもきれいだった。ここは地震体験や煙体験・消火体験・暴風体験などができる防災学習センターだ。書籍や資料も多く展示してあり、大人でも楽しめる。新しい展示は様々な工夫が施されており興味深いが、子供向けの内容なので大人には少し冗長に写る。ただ、県内のハザードマップが詳細に見られたのは良かった。タッチパネル式の展示は新鮮だった。
 
R0026017
 
R0026024
 
R0026023
 
 展示可能なスペースと方法を確認し、係の人に名刺を渡して防災学習センターを後にした。東日本大震災を忘れないために定期的に企画展を行っている。面影画パネル展もその一つとして企画したいとのこと。海無し県の埼玉だが、地震防災という観点から忘れてはいけない教訓だ。少しでも役に立てれば嬉しい。パネル展がいつになるのかはまだわからない。
 
 
 
 

2018年3月22日 (木)

三峰山ロープウェイをアップ

312
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「三峰山ロープウェイ」をアップした。取材をして文章を書き、絵を描いてまとめるのだが、今回は書けなかった事が多かった。
 矢須唯雄さん(78歳)の話は理路整然としていて、過不足なく三峰山ロープウェイの話が引き出せた。あまりに多くの情報があると、それをどう選択して書くかが問題になる。限りあるスペースにどの話を書くのが一番良いかを悩む事になる。結果、どうしても正確な情報が優先され、情緒的な部分が削られる。
 
R0025942
 
 自宅での話を終えて、昔の駅があった場所まで歩いた。徒歩10分くらいの距離だった。唯雄さんは40年間この近い職場に通っていた。当然、賑やかだった大輪と一気にさびれてしまった大輪を見ている。見ているというよりは現場に住んでいる。
 想像するに、実感としてものすごく落ち込む状態だったのではないか。自分の職場の沈滞が地元の沈滞に重なっていた。地元だからと言ってしまえば当たり前の話だが、こういう経験をしている人は少ない。夢を持って就職し、順調に昇進し、最後は駅長にまでなった。しかし、世の中の流れは無常にも職場の廃止へと向かっている。そんな揺れ動く心象を文章にしたかったようにも思うが、当たり障りのない文章になってしまった。
 
R0025947
 
 こうしてふり返って見ると、思い出すのは炬燵で聞いた職場の話ではなくて、現場で聞いた話のあれこれだ。「ここに駅があってねえ…」から始まり、シャクナゲを植えたけど見に来る人がいない話。「表参道は昔はもっと急でジグザグでねえ…、そこを駕籠を担いで登ったんだよ」「あの正面の杉が途切れている直線が線路の跡だぃね、あんだけ木が伸びてちゃ引っかかっちゃうよね」「観光的にもロープウェイは残して欲しかったねえ…」
 
R0025960
 
 唯雄さんのおかげで三峰山ロープウェイがどんなものだったのかを知ることが出来た。その昔、一度だけ利用したことがあった。高校を卒業した年に雲取山登山に向かうときにロープウェイを利用した。朝早く一気に山頂に到達するそのスピードに驚かされたものだった。今でも充分に魅力ある観光資源だと思うし、設置されれば多くの観光客が利用するのではないだろうか。
 三峰山がパワースポットとして見直されている今、もしロープウェイがあったなら大きな魅力にもなるだろうに…などとつい思ってしまう。それは唯雄さんの最後のつぶやきに重なっている。大輪は奥秩父観光の光と影を背負っている。
 
R0025963
 

2018年3月15日 (木)

こんにゃくをアップ

Photo
 
 ホームページの山里の記憶コーナーに「こんにゃく」をアップした。こんにゃく作りは人によって微妙に違うので、出来るだけ忠実に作り方を記録するようにした。名人の味のポイントはどこにあるのかを見極めないと取材の意味がない。
 
R0025852
 
 左喜子さんのこんにゃくは芯まで味が浸みるのが特徴だった。細かい穴が全体に空いている状態になっているということだ。作る前に聞いたところ、アクにソーダを使うのがポイントだと言われた。生芋をミキサーにかける時間もポイントだと言っていた。左喜子さんはミキサーを約2分間回すことにしている。茹でる時間もあまり長くしないようにしている。その見極めがポイントなのだと思う。
 食用石灰だけを使って、ミキサーに五分かけ、長い時間茹でると、ツルツルと固い売っているようなこんにゃくになるという。
 
R0025865
 
 そんな視点を持って始まった取材だったが、この取材で驚かされたのは左喜子さんの86歳とは思えない機敏な動きと段取りの良さだった。いつも3キロの生芋からこんにゃくを作っている左喜子さん。道具はその為だけに揃って準備されている。
 皮を剥くピーラーやナイフ、大きなボウル、大きな鉄瓶、大鍋、詰める箱型すべてが3キロの生芋の量に合わせてある。いつも同じだからいつも同じように出来上がる。旨いこんにゃくがいつでも出来る訳は専用の道具にもあるのではないかと思われた。
 
R0025894
 
R0025900
 
 頂いてきたこんにゃく3丁を自宅で調理した。三角に切って水に晒し、塩をひとつまみ入れた水で煮立ててアクを抜き、左喜子さんが言う通りに酒とダシの素だけで煮てみた。
 ほんのり赤みのある柔らかいこんにゃく煮が出来上がった。細かい穴が多いのか中まで味が浸み込んで旨い煮物になった。こんにゃくだけで煮たのだが、他の野菜や練り物などと煮るともっと旨くなるだろうと思った。
 
 
 
 
 

«甲源一刀流・逸見道場